元子爵令嬢はやっぱり踊れない
「さて次に…」
国王はそう言うと、ちらりと気絶しているシエナに目を向ける。近くにいた女騎士はその視線に自信たっぷりに頷くと、何処からともなく、水がたっぷり入ったバケツを取り出して、シエナに向かってぶち撒け…
ーーようとしたので、流石に謁見の間を水浸しにするのはいかがなものかと、近くにいた文官が慌てて制止した。
そこに騎士団長が急いで近づき、女騎士の耳を掴み、「この神聖な謁見の間で水を撒くとはどういう了見だ!しかも陛下の御前だぞ!!」と顔を真っ赤にして女騎士に向かって叫んで耳を離し、「何でお前はそうガサツで、やる事なす事いっつもいーっつも!全部!!雑なんだ!」と嘆き、彼女の頭にゲンコツを一つ落として叱り付けている。
ちなみに国王は流石に水を掛けて起こそうとするとは思っておらず、目をまん丸にしてその光景を見ていた。
けれど起きて貰わねば話は進まない。
しょんぼりする女騎士が可哀想になったクリスティーナは彼女に近づいて、その手にそっと鞭を手渡した。
女騎士はクリスティーナと鞭を交互に見て、にっこりと笑って頷いたクリスティーナに満面の笑みを向け、嬉しそうに鞭を握り込んだ。国王と騎士団長を交互に見れば二人が頷いたので、さらに目を輝かせて容赦なくシエナの尻に向かって鞭を振り下ろした。
それと同時にその場にはピシィッと小気味良い音が鳴り、シエナのくぐもった悲鳴が響いた。
実は、女騎士への説教が終わった頃にはシエナは目を覚ましていて、クリスティーナはもちろんそれに気が付いていた。
けれど、しょんぼりする女騎士の元気が出るならと、鞭を使わせてあげる事にしたのだ。なんせ彼女は先ほどから鞭を羨ましそうに見ていた。貸してあげたらきっと元気になるだろうと思ったのは正解だったようだ。
いま、女騎士はとても明るい笑顔で楽しそうにぴしりぴしりと空を切って音を鳴らし、その音を聞く度に五人の体が小刻みに震えている。
そろそろ不敬とならないだろうかと心配になるくらいやっている。するとまたも騎士団長のゲンコツが振り下ろされ、頭を押さえて蹲った。
そこまでの一連を見ていた国王は「いろいろ触れたら負け、触れたら負け」と自分に言い聞かせて遠い目をしていた。
一連が落ち着いたところで改めて向き合えば、シエナが拘束はそのままに、立たされている。
「…次はシエナだ。いいか、先ほども言った通り、証拠がある。嘘を申せば罪はさらに重くなる。余計な発言はせず、質問に事実を返せ。」
そう言うと、シエナの猿轡がついに外された。
その瞬間飛び出すには意味不明な叫び声。即座に猿轡が嵌められ、尻が打たれる。
また外す。叫ぶ。付ける。叩かれる。外す。叫ぶ。付ける。叩かれる…これを三回繰り返したところで国王は大きなため息を吐いた。
「お前さん…鋼の精神過ぎないか?…実は心臓に毛がびっしり生えてるだろ…。」
呆れたような呟きになおも何かを訴えようとするシエナの姿に、国王がついに諦めた。
「ああ…もう良い良い。面倒くさいからチャチャっと片付けよう。文官よ、まとめておくれ。」
「御意。
シエナは妻帯者及び婚約者がいる人物に誘惑を仕掛け、その相手と積極的に閨事を行いました。これにより貴族社会に秩序を乱し、政略結婚の益を損なうなどの社会的な混乱を引き起こした。
また、王族や高位貴族に対して媚薬を盛りました。さらに気に食わない令嬢を呼び出し、睡眠剤を飲ませ、破落戸に襲わせ、さらに脅迫を行っていました。また、気に入ったものの自身に靡かない男性に対しても睡眠薬と媚薬を盛り、既成事実を作っていました。
…あと、隣国へ王族に関する情報を洩らした可能性があります。」
「もう内乱罪じゃん…。そんな可愛い顔して良くもまあこれだけやらかしたな…。まったく…息子の女を見る目がなさすぎて本当に情けなさすぎて涙が出そう。」
流石に国王も疲れが出たのか思っている事がついダダ漏れになってしまった。出た後にまずいと思ったものの、出たものは仕方ないと開き直ることにした。
「シエナ、貴様は監獄塔に送る。もう二度と日の光を浴びることはできない。」
監獄塔。救いようのない悪人を終生閉じ込めるその場所は海に浮かぶ孤島にあり、脱獄は叶わない。その閉塞感もさることながら、いろいろと恐ろしい場所だと有名だ。外界から完全に隔たれたそこにあるのはただの恐怖。
そんな場所に入れられる。そう告げられたシエナは真っ青な顔をして周囲を見渡す。けれど誰も彼もが冷たい目でこちらを見ている。誰も擁護してくれない。
不満を訴えようにも猿轡が邪魔で何も言えない。
ガックリと膝をつき、首を横に振り続けていた。
時間はかかったのにあっさりとシエナの断罪は終了した。「ん゛」しか言っていない彼女が次に意味のある言葉を吐き出せるのはいつになるのか。
「はい、次。」
とりあえずここではない事は確かである。




