悪い大人が踊る
「陛下、私はこれで結構ですわ。ありがとうございました。」
クリスティーナはそういうと、美しいカーテシーをして下がっていく。
令嬢教育を受けた今、四人はその誰よりも美しいカーテシーがどれほど難しいものなのかを理解している。あれを身に着けるのに一体どれほど訓練をしたのか。
「あいわかった。まことすまなんだな…。
さて皆の衆。裁定の時間だ。ここから先も、真摯に受け答えをするように。調査はしておるからな。事実と異なることを申せば、罰はさらに重いものになる。わかったな?」
国王のその言葉に四人は男性的な臣従礼をとりながらもその間には緊張が走る。一体どんな裁きが下るのだろうか。
ちなみにシエナは、あまりの騒がしさに相変わらず猿轡をはめたまま、いつの間にか拘束され転がされている。
「まあ…淑女にあるまじき光景ね。」
そんな、責める声が聞こえてきた。
四人は思う。声の主がミシェルであることは分かっている。つまり「カーテシーでやり直せ」、そういう事だ。逆らってはならない。全員で素直にカーテシーでやり直す。身体を起こせば満足そうに頷きながら「70点」と呟くミシェルと、目が死んでいる国王がそこにいた。
「70点か…まあまあだな…」なんて思うあたり、毒されていることは当人たちがよくわかっている。
「…さて、まずはジョージから聞いていこうか。始めろ。」
つくづく色んなことを無かったことにし続ける国王がそう言うと、近くに控えていた文官に声をかける。文官は前に進み出て、ジョージに問いかけた。
「お前は騎士団の取り調べで、そこのシエナに頼まれ、ある薬を渡したと供述している。何の薬か、改めて述べろ。」
「…はい。媚薬と睡眠薬です。」
「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛っ!!」
シエナが唸り、陸に打ち上げられた魚のように身体をビタンビタンと打ち付ける。すると、すぐに女騎士が近寄って、シエナの首に剣を突きつけた。その鋭い切っ先に青ざめたシエナは黙りこむ。
「それをシエナが誰に使おうとしていたか、お前は知っていたか?」
「…自分との閨で使用しました。
それ以外に使っていたかは分かりませんが、使う量が明らかに渡した量より少ないので残りをどうしたか聞いてみましたが、はっきりとは教えてもらえませんでした。ただ…殿下とシエナの茶会に同席した際、殿下がシエナの入れた茶をのんでしばらくしてから…その…発じ…ええと…少し興奮しているように見えた事がありました。そのあとはいつも通り殿下が馬車でシエナを連れ去ったのでわかりません…。」
その言葉にジルベルトはシエナとジョージを交互に凝視した。
実はシエナの純潔(だと思いこんでいた)を奪った後、王族として不味いことをしたという自覚があった。だから次にするのは婚姻を結んだ後…最低でも婚約者を切り替えられた時にしようと思っていたのだが、どうにもシエナと茶をして昂ってしまった事があった。結局我慢できずに再び王城の自室に連れ込み事を成した。それ以降はなし崩しに事に及んでいたが、それでも悩む度になんとなく昂ってしまってとずるずるとしていた。アレは媚薬を盛られていたからだったのかと驚きつつも納得した。
そんなジルベルトの驚きをよそにジョージは陳述を続ける。
「睡眠薬は自分で使うと聞いていましたが、本当かは分かりません。」
「そうか。ではその薬の仕入れはどこで行った?」
「…父の商会です。商会の取引先で、この国では使用されていない薬を取り扱っているところがありますので、そこから購入しました。」
「その取引は、誰が交渉した?」
「…父です。」
「おいっ!貴様何を言っている!嘘を言うんじゃない!!」
「黙れ。今はジョージに聞いている。許可もなく王の前で口を開くとは、不敬罪に処されたいか?」
「…ぐっ!」
ジョージの父は顔を真っ赤にしてジョージをにらみつけている。ジョージはその顔を見ても何の感情も浮かばないようで、静かに父を見返し、やがて何かを吹っ切ったように目を逸らした。
「では続けよう。その薬を取り寄せるにあたって、お前は父にその理由をどこまで話した?」
「特には…。ですが何故か父は僕が誰かから頼まれた事を知っていたように思いました。
あと…量を頼んだものより多めに仕入れていたようです。」
「なるほど。
睡眠薬と媚薬を余分に購入していた、と。その用途を知っているか?」
「…父は、自分の気に入った女性に薬を盛って、自室に連れ込んで手を付けていました。恐らくそれに利用していたと思われます。被害に遭った女性を脅し続けて体の関係を持ち続けたり、お金を渡して黙らせていました。」
「ほう…。」
「でっ、でたらめを言うんじゃない!!ひっ…!」
ギロリと国王から視線を向けられたジョージの父はなおも顔を真っ赤にしてジョージを睨みつつ黙り込んだ。
「陛下、一つお耳に入れたい情報がございます。よろしいでしょうか?」
唐突にその言葉を差し込んだのは宰相であるジョルジュ。ハウゼン公爵家の一同は、その行動に驚いていないところを見ると、事前に知っていたようだ。
「ジョルジュ、なんだ?」
「ジョージの父は、シエナとも関係がありました。こちらが新たな報告書です。」
国王と文官はジョルジュから手渡された冊子に顔を引き攣らせ、そしてつい最近あの装丁の冊子を見た覚えがある五人はまさかと言う顔をする。まさか、あれもまた、あの詳細な挿絵付きの艶本風報告書なんだろうか。だとしたら内容はおっさんと若い娘の閨の様子だろうが、そんなもの全くもってみたくもない。何せ、ジョルジュのような美中年ではなく、毛髪がさみしく、腹が前に突き出た美とは程遠いおっさんなのだ。
国王と文官は致し方ないと、なんとも嫌そうな顔を隠さずその冊子を受け取り、薄ら笑いを浮かべるジョルジュと交互に見る。
とはいえ、これもまた目を通さねば話は進まない。えいやと覚悟を決めて冊子を開けば真っ先に、もはやグロいと言って過言ではない挿絵があった。観察する側ももうこれ辛いだろうよと思うレベルだと思うが、それでも先に受け取った冊子の挿絵よりは雑なことがわかる。
「開いてすぐこれはちょっと無理なんだけど…。」
思わず弱音をこぼした国王に、周囲の人々は興味津々の様子だ。
すると、その彼らの近くにいつの間にかマリーとエリンがいて、小冊子を配り始めた。何も知らずに受け取った面々が開くと、国王が見たと思われるものと同じ挿絵が目に飛び込み、思わずおえっと嘔吐いた。
なぜ自分たちまでこんな目にという声が聞こえてきそうだが、ジョシュアが、「製造責任だよねー。連帯責任だよー」と小声で呟いたのを聞いて黙り込む。
その冊子はもちろん、四人組にも渡されたのだが、先のことを思えば、絶対に開きたくない。けれども、ミシェルから何か圧を感じる。どうしても開かなくてはならないのか…。諦めて開けば他の出席者と同じく嘔吐いた。
肝心のジョージの父は、まさか自分のそんな絵が用意されているとはつゆ知らず、怪訝な顔を周囲に見せていたが、彼の目の前にもついにその挿絵が広げられた。みるみる目を見開いて、顔を真っ赤にしてうつむいた父を見て、ジョージは気持ち悪いとしか思えなかったし、それと繋がったシエナとまた繋がった自分に気持ち悪さが止まらない。
そんな折、四人はふと気づいてしまう。クリスティーナはどんな様子なのか?
ちらりとそちらに目をやれば、さすがに冊子は手にしておらず、なぜかほっとして詰まった息を吐きだした。
そんな視線に気づいたクリスティーナは四人に顔を向け、音を出さずに口を開く。何を言っているのだろうかと何とか読み取ろうと目を凝らして読み取った言葉に四人、いや、三人は終わっていたものがさらに終わった…と思い、ついがっくりと膝をついた。
そんな彼らにもまた、怪訝な目が一瞬向けられたが、何しろ、ジョージの父の挿絵が衝撃的過ぎて、すぐに関心は失われた。
けれども、彼らをみて、もう一人の人物の存在を思い出した参加者がシエナの様子を伺い見れば、彼女もまた挿絵を見せられたらしく、白目をむき、泡を吹いて気絶していた。
それをみて何となく胸がすく思いを抱いて、気を取り直して視線を国王に戻していった。
「あー…。とんでもなく気持ち悪いものを見せられてちょっと記憶が飛びかけたが、話を続けよう。続けてくれ。」
「…はい…。
ジョージが目撃したシエナと殿下の様子から、殿下に媚薬が盛られていた可能性は高い状況です。
そして閣下からの調査報告書によればスペンサー商会の会頭は、シエナと愛人関係にありました。
会頭は愛人関係にあったシエナと、シエナに夢中のジョージを隠れ蓑にして薬を余分に仕入れ、自分の性癖を満たすことや、シエナが殿下を籠絡する事によって利益を得ようとしていたと書かれています。
つまり、王族に薬を盛る事を知っており、その協力者であったと言うことで、不敬罪と国家反逆罪が適用されます。
また婦女子への違法な投薬及び性的暴行が明らかになりました。」
「ちょっ!ちょっと待ってください!私は反逆なんて…!」
「ふん。王族に薬を盛ったんだ。不敬罪と国家反逆罪は免れん。
さらに救いようがないのが、婦女暴行だ。これも看過することはできぬ。
騎士団ではすでにお前のこの罪に関する情報収集と検証は終わっている。余罪もありそうだからまだ調査はするがな。
――連れていけ。」
その腕一つでこの国一番の商会にのし上がった会頭は両脇を騎士に抱えられ、何かを騒ぎながら運ばれていく。自宅はすでに騎士団の調査が入っているだろう。彼が次に日の目を見るときは処刑台か、それとも国内に複数ある鉱山のうち、一番過酷な鉱山の奴隷として送られる時かのいずれかだろう。
「さて…ジョージ。貴様も、王族に薬が盛られている可能性にうっすら勘づきながら放置していた。普通に使えば命を失うほどの薬ではなかったとしても、その盛られる量が過分であれば、命が失われていたり、依存症になっていた可能性もあった。これは暗殺未遂と言っても過言ではない。婦女暴行も黙っておったしな…。直接の関与は無く、父に良いようにされていた不遇があるとはいえ、看過はできん。
さらに、公爵令嬢であるクリスティーナ嬢の名誉を著しく棄損した。
若く経験が乏しいと言っても、成人した身で思考を停止させていたことは問題だ。」
「…はい…。」
「とはいえ、クリスティーナ嬢は先の仕置によって十分やり返したからと、貶められた分の処罰は要らぬと言っておる。
よって、十年間の鉱山奴隷を申し付ける。場所は後で知らせる。刑期が終わった後も監視をつけさせてもらう。」
国王が告げたその言葉に、思わぬ厚情を感じ取り、涙が流れる。
「陛下のご厚情に誠に感謝いたします。ありがとうございます…っ!
クリスティーナ嬢、この度は大変申し訳ございませんでした。この御恩は忘れません…!」
思いがけず、悪い大人による重たい犯罪が、思いもよらない所から出てきたが、まずは一人片付いた。
最後にカーテシーをしたジョージはいた場所から後ろに一歩下がって俯いた。