獲物は牢屋から踊ってる
その日、謁見の間には先日の騒ぎの関係者がそろっていた。
国王と正妃、側妃、王太子となったギルバート。
ハウゼン公爵家からは現当主である父と母、先代当主の祖父母、そしてクリスティーナ、その婚約者であるテオドールが出席した。
問題児側は、元側近候補のクラウス、ダグラスのそれぞれの両親と次期当主。シエナのところからは父と姉、そして新たにドミナント子爵家の当主となったシエナの従兄がそろった。スペンサー商会からはジョージの父のみがこの場に来ている。
それ以外には議会に籍を置く重臣たちと文官たち。決着を着ける為に必要な人員が揃った。
「テオドール殿、このような場に付き合わせてしまってすまないな。」
「いえ。我が愛しの婚約者に関わる事です。
彼女がこれからを心安らかに過ごすために必要なこの場にいることは、婚約者としても当然なこと。どうぞお気になさらず。」
「そうか…。愚息と違って本当に素晴らしい婚約者だ。クリスティーナ嬢は幸せになれそうで安心した。
さて、クリスティーナ嬢がいろいろと計画を立てて実行してくれた。予定よりは遅くなったが、各々の処罰を議会も確定させた。本日この場でその沙汰を発表しようと思う。」
五人組のそれぞれの関係者の表情は様々だ。今も彼らへの怒りを感じている者、悲しそうな者、我関せずといった顔の者。それぞれが思うところはあるのだろうが、結果は定まった。そのまま何があっても受け入れるほかない。
「では愚か者たちに入ってもらおうか。」
国王がそう言えば、衛兵たちが彼らを室内に入れようと扉に向かう。
開いた扉から現れたのはなぜか女性が五人。
社交界に居れば人気を博すだろうと思えるほどの美女が二人と、背が高く妙に恰幅の良い美女、可愛らしいけどなんだか薄汚い感じの女性に、美人なはずだけど何となく普通な感じがする女性。
可愛らしい女性は言わずもがなシエナだが、後の四人に驚きを隠せない。
この場に入れるのはアレらだけ。となれば例の四人なわけだが、何故そんな格好をしているのか、いかんせん誰しもが微妙な気持ちにさせられる光景だった。
――なんでこんなことに?
そう思っているのはクリスティーナだけでなく、この場にいる全員が驚愕と疑問と…なんだか複雑な顔をしている。
他の出席者は思わずクリスティーナを見る。しかしクリスティーナは自分の与り知らぬところで起きたこの珍事に、自分が関わっていないことをよく知っている。自分がやったのは姿勢を正し、令嬢の苦労をわからせる為に渡したコルセットと淑女教育だ。
出席者からの視線を受けたクリスティーナは思わず、淑女にあるまじきほどの速度を以てして首を全力で横に振って否定した。
しかし全員、その過程で気づいてしまった。
ただ一人、クリスティーナの近くに立つ人間が、満足げな表情を浮かべていたのだ。
そう。言わずもがなミシェルだ。
ミシェルはあのコルセットが届いた翌日、ハンナとともに彼らに対峙した。
そうして彼らにコルセットを付けさせ、レッスンを自ら行った。そこで思ったのは、せっかく淑女教育をしているのだ。その成果を見せずにどうする!という建前のもと、面白そうだからと全員に内緒で女装をさせるという悪戯を思いついた。
悪戯の餌食となった愚かな四人は、今日、牢屋に届けられたドレスに目を見開いて、久しぶりに泣いた。ここ最近、泣くことも許されていなかったが、こうも辱めを受けねばならぬのかと泣きに泣いた。
とはいえ、彼らに女装させるために、ハウゼン公爵家から派遣されてきた、ここ最近で見慣れた侍女たちがそこに揃っている。しかも彼女たちの手には化粧道具が握られていた。その上、なんだか目がギラギラしている。いつも以上の気迫に戦慄が走る。
――ああ…逃げられない。
それを悟った瞬間、侍女たちは無言で彼らの手を掴んだ。
衣服を剥ぎ取られ、コルセットをいつも以上にキツく絞められる。抵抗したくとも、相手は女性だ。流石に殴るわけにはいかなかった。
彼らの嘆きのうめき声は牢屋に響き、それを遠目に観察していた看守たちは、何とも恐ろしいものを見たという表情で、震えながら彼らの不運を見守った。
そして同じく他の牢屋に入れられていた罪人たちは何が起きているかは分からないけれど聞こえてくる悲痛な声と、常とは違う看守の様子に、何が起きているのかと震えていた。
後に、看守に勇気を出して問いかけた囚人がいた。
彼らは一様に「女は恐ろしい」と、繰り返すだけだった。
かくして、完成した彼らの内、二名は非常に美しかった。もともと顔面偏差値が抜群に高い彼らの中でも、この二人は長身でも細身だ。女装がなんとも映える。
一方で、体格の良い騎士団長の息子は…、顔だけ見れば美しいが体の大きさが何かが違うことを訴えてくる。
ジョージも元は良く、一応美人に仕上がっているのだが何故か良くも悪くも普通だった。
ちなみにシエナは投獄されてから着せられた質素な衣服と猿轡が嵌められたまま引き出された。彼女が何の装いもされていないのは、ミシェルが彼女に関わる価値を見いだせず、興味が湧かなかった為に忘れられていたらしい。
シエナが女装した男衆を見たとき、その美しさと纏う異様さに、自分を笑いに来た令嬢かと勘違いして、「誰だお前ら」と食ってかかった。
彼女らの正体が明らかになれば、「お前らばかり綺麗なドレスでズルイ」と騒ぎ立て、周囲をげんなりさせた。
そうして、あまりの煩さに彼女専用と化した猿轡が嵌められ、相変わらずのスタイルのまま、謁見の間に放り込まれたのだった。
「ちゃーんと綺麗になったわねっ。ふふ。さすが我が家の侍女は優秀だわ~。」
一人満足げなミシェルがご機嫌でそういえば、やっぱりお前なのかというため息があちこちで溢れた。国王はもはや不敬に問う気力も湧かないくらい呆れていたし、無駄であることを知っていた。
そうして過去に類を見ない、極めて異例で異様な謁見の間が完成した。




