使用人たちは輪舞する
そんなわけで、彼らは何日も何日も同じ事を繰り返した。
就寝は二十四時。また四時に起きてそれを繰り返す。
朝は鍛錬、昼間は淑女教育、食事は日替わりで他国のマナーと言語、夜は歴史などの勉強。
元々の体力の違いからこなすべき内容に多少の差はつけたが、それでもハンナの求めるレベルには程遠く、心が折れていく。
シエナへの執着を完全に消し去るのには三日もかからなかった。
反抗的なシエナのせいで受ける懲罰は積み重なり、不満は溜まりに溜まり、シエナに向けられる視線はさらに冷たく、叱責の言葉も出るようになった。
シエナはそれに焦り、さらに愚行を重ね、呆れられ…悪循環から抜け出すことは終ぞ出来なかった。
「これを本当にクリスティーナがやっていたのか…?」
この日、あまりの大変さにジルベルトはついこんな事を漏らしてしまった。つい漏れ出た言葉に顔を青ざめさせ、ハンナを見れば、そこにはやっぱり冷え切った目があった。けれど今までとちょっと違ったのはすぐに懲罰が追加されず、ハンナの口が開いたことだった。
「もちろん最初からこの量をやっていた訳ではありません。お嬢様は毎日毎日、少しずつ積み重ね、慣れたら次、さらにその次へとその量を増やしていかれました。
殿下との婚約を解消される直前には、殿下方がいまやっている事を半分の時間で済ませ、新たな勉強と復習をして…これの比ではない量をこなしておられました。
それだけの事を継続することがどれほど大変か、分かりますか?
王子の婚約者になった時から、淑女教育に王妃教育が追加されました。
不敬を覚悟で申し上げますが、陛下の我儘で王妃の座に着かれた正妃様はこの王妃教育を真面にこなす事は出来なかったのです。だからこそ、それを支える側妃様の存在なのですが…。元々、側妃という制度を使われることすら近代ではなかった事で、それも世継ぎを得るためならまだしも、正妃様の代わりに政を担うためにと言う理由は、本来ならあり得ないお話なのです。
殿下は何を思ってそこの尻軽娘を妻に望んだのかは知りませんが、どう考えても彼女が王妃も、高位貴族の妻も務まらないことは明らかです。
王宮や貴族、民が望む次代は、側妃を持たず、確実に政務と外交を熟せられる、まさに王族として相応しい姿を全うできるもの。
そこで王宮はどちらの王子が王となろうとも問題がないよう王太子を定めずに、どちらの王子に対しても王としての教育を施し、その配偶者となる令嬢には王妃教育をする事にしました。
…しかし、お嬢様が婚約した王子殿下は力不足どころかアホの権化。間違いなくお嬢様の足を引っ張っていました。」
「え、ちょっとアホの権化とか言葉の選択が主人に似すぎじゃない?ちょっとさすがに酷くない?」
思わず口を挟んだジルベルトはハンナのギロっという視線に肩をすくめ、口を両手で押さえ込む。ふんと鼻を鳴らしたハンナは話を続けた。
「そこで王宮は王妃教育で結果を出しつつあった優秀なお嬢様に目をつけ、王子が本来担うべき役割…王としての役割を担うことを期待しました。
その結果、お嬢様には過去の王妃には有り得ないほどの重荷がその小さな肩に乗せられる事になったのです。
…幾度も幾度も倒れられました。
それでもお嬢様は続けられました。婚約者である貴方が渋々やってきた見舞いで心ない言葉を投げつけられても、ただただ『婚約者に期待などしていないのだから別に構わない』と仰るだけで、ひたすらにご自身の為すべきことを為しておられました。
あなた方がいまされている事は、あの尊きお方がされていた事の足元にも及びません。
お嬢様が解放された日、当家の使用人全員が祝福しました。これでお嬢様は幸せになれるのだと。
お嬢様はこれ以上、あなた方に関わる事を望んでおりません。私たち使用人一同もまたそれを望みません。あなた方が愚かにもお嬢様にもう一度愚行を犯さないよう、ここで徹底的に躾けさせて頂きます。」
そういうと鞭を取り出し、許可もなく発言した事への懲罰として、全員の尻に二度ずつ鞭を打ち込んだ。
「ところでこのお仕置き中に起きた事はすべて記録されております。あなた方の愚行も何もかも。牢での行動もね。」
「ど、どうやって…?そんな記録しているような人物見かけた事がないぞ…?」
「ああ。そういえば未だご紹介しておりませんでしたね。マリー、出てきなさい。」
きょろきょろ周りを見ても姿は見えず、困惑していると、天井が突然かぱっと開き、メイド姿の女が出てきた。
「いつの間にそんな穴が…。」
「ハウゼン公爵家使用人のマリーと申します。私に入れない場所はございません。
信じられないようでしたら、そこの娼婦と皆様方…ああクラウス様はヤってないのでありませんが、それぞれの濡れ場について徹頭徹尾解説致しますが。」
その言葉にギョッとする。
そしてクラウスは地味に抉られて涙が一粒溢れ落ちた。
「マリー、言葉の使い方が下品です。」
「つい…。申し訳ありません。
ええと、まずは王子殿下とシエナ嬢の濡れ場ですが、初めての褥は六か月前、王子殿下の私室です。
『二人は男の部屋に入った途端、我慢できない様子で互いの服を脱がしあい、深い口づけをしながらベットに倒れ込んだ。男は荒い息づかいで女の体をま…』」
「ちょちょちょまって!待って!分かった!分かったから!!だから止めて!!なにそれ、艶本!?
って言うか王族の私室に入れちゃうって王宮の警備どうなってんの!?まずくない!?」
「畏まりました。残念です。全部記録しておりますのに。王宮の警備なぞ…うふふ…。
それにしても、何度読んでも思いますが、この女側のこなれた感じでよくもまあ処女だと信じられましたね。最初から気持ちいいとかないし。痛いだけだし。っていうか処女の恥じらいどこ行った。ほんと萌えないわー。
大体、童貞が女を、それも処女を気持ち良くなんてできるわけないし。どう考えても気持ちいいフリだし。フリが出来るあたり経験者なんですけどー。
気づかずに調子に乗ったのは童貞だからですかね?『俺、処女を気持ちよくできちゃうんだぜ』とか思っちゃってたんですかね?バカじゃん。気持ちわるっ。
破瓜の血に見せかけたものはコッソリそこの娘が持ち込んだものをシーツに付けてましたし。王族の癖に騙されやすいとかほんっと不味いでしょ。」
「マリー?」
「失礼致しました。
この機会にこの報告書の出来を知って頂きたかったのですが、最後までお聞き頂けず残念です。まあ、議会ではお役立て頂けたようですので、構いませんが。」
「出したの!?出しちゃったの!?」
「はい、ご安心ください。
議会には徹頭徹尾詳細に描写した挿絵付の艶本風のものと、簡易版の両方を提出しております。」
「全く安心できないよ!それに挿絵!?挿絵って何!?」
「こちらが見本です。ちなみに皆様分ご用意しております。毎回の閨でのご様子は全て記録してございます。」
差し出された冊子…と言うより本を奪うように取ると、中身を確認する。正しく詳細に書かれたそれに真っ赤になって膝をつく。ふと隣に落ちた他の本を手に取り、顔を青くして完全に崩れ落ちた。
自身の描写がないクラウスだけは、彼らの手から離れたものを手に取ると中を改め、その刺激の強さにへなへなと尻をつく。ちなみにシエナは全てをチラ見して泣きながら何かを叫び、ひっそりと猿轡が施された。
「ねえ…これ…まさかクリスティーナも…?」
「なんて言うことを仰るんですか!お嬢様にこんな破廉恥で汚らしいものを見せられるわけが無いでしょう!!なんと汚らわしい事を考えるのか…!」
見られていなかったことにほっとする反面、汚いと言われたことに落ち込む。
「お嬢様にお渡ししたのは、皆様方があの夜会の日に意気揚々と会場入りし、お嬢様にコテンパンにされた時のことを、その準備の段階を含めて微に入り細を穿つ報告に挿絵を入れた物です。
なお、お嬢様があの会場で熱望された王子殿下のひっど…面白いお顔は全て描いており、それを拡大したものを額縁に入れ、国王陛下に献上してございますっ!」
「まさかこれっ!?やめてっ!やめろおお!!」
新たに渡された冊子をめくっていたジルベルトが顔を真っ赤にして泣き出した。そのまま顔を両手で覆ってその場にしゃがみ込む。
「あら…陛下と同じ反応…やっぱり親子ですね。
ちなみに正妃様は爆笑されてました。書籍化することをお勧め頂いたので、あれを元にした小説を現在執筆しております。」
「ははうぇぇ…。」
「マリーは最近人気の作家ですから、きっと多くの方にお読み頂ける作品になりましょう。マリッサ・シェルダン、聞いた事はございますでしょう?正妃様と側妃様もお好きだったようですわ。
楽しみですわ…!お嬢様のあの日の勇姿が皆に知れ渡るのです!」
「マリッサって、あの新進気鋭の大人気作家じゃないか…。うう…やめて…やめてぇ…。」
「ちなみに既婚者です。お察しの通り艶展開も書けます。あなた方面白いのでネタ下さい。
あと挿絵担当は同じく公爵家の使用人で私の従姉妹です。本日は居りませんが。」
大人気作家によって書籍になる…その言葉は全員の心に衝撃を与えた。しかもあの閨での出来事もいつか組み込まれるかも知れない。何という辱めなのか。あの時ならいざ知らず、正気にさせられた今、アレが恥でしか無いことを理解している。過去は変えられぬ…それをしみじみと理解させられる。
「ああ、そうですわ。良い機会です。教えて差し上げましょう。
お嬢様は幼い頃に想い合った隣国の王子殿下と婚約を結ばれました。国王陛下も祝福されました。
隣国の王家なら、お嬢様にかかる災難を振り払ってくれる事でしょう。もっとも、あの王子殿下がお嬢様の手を煩わせることは赦さないでしょうけれども。」
ほほほと上品に笑うハンナの声が、勝利の声に聞こえてならない。
その後は気を取り直していつも通り、お仕置きを粛々と受けていたが、時々思い出したように挿絵を見せられる。
全員が羞恥に悶える一日はなかなか終わらない。
ちなみに夜に課せられた学習時間には女性は何かあったらまずいだろうと、男性の使用人が二人派遣されている。さらに、初日のあまりの懲罰の多さにハンナが辟易し、懲罰要員として二名が一緒に登城してくるようになった。交代制で使用人がやってくるあたり、公爵家の本気が垣間見える。
ついでに言うと、毎度文句ばかりで騒がしくするシエナを黙らせるための猿轡はもはや欠かせない品だ。
この日以降、新たな公爵家の使用人が登場する度に彼らは怯える事になった。




