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優雅に踊ってくださいまし  作者: きつね
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元女家庭教師は乱舞する

「ハウゼン公爵家 クリスティーナお嬢様付きの侍女、ハンナ・ガルニエでございます。

クリスティーナお嬢様からお預かりした皆さまへの教育計画書(お仕置き計画書)に基づき、私が教育(お仕置き)を実行させて頂きます。

過程で何かしらの拒否をなされた場合、国からの処分内容が即時確定され、執行されます。途中での断念となりますので、非常に厳しい罰則が課される事になります。あしからず。」


お仕置き初日、牢屋から出されて連れてこられた先で待機することしばらく、その部屋に現れた人物は全員を見渡して開口一番こう告げた。


このハンナについて、ジョージとシエナを除いた三人はよく知っていた。そして三人は、お仕置き計画を立てたのがクリスティーナである事にまず震え、さらにここにハンナがいることはどう言う事であるかと先を想像して顔を青褪めさせた。

ジョージとシエナはハンナの正体を知らないため、ただの侍女(使用人)ごときがなんだと言うのだと、睨み付けていた。


さて、ハウゼン公爵家は優秀な人物を多く輩出してきたが、そこに勤めるものもまた優秀な人物が多いことは貴族の中では割と有名だ。

彼の家に勤めるためにはまず信頼できる素性かどうかはもちろんのこと、能力・知力・体力・性格を総合して評価される。使用人の面談は信頼の厚い家令と侍女頭が行い、配属先によっては公爵や公爵夫人が選定の場に顔を見せることがあるという。

素性と言う面でどうしても貴族が多くなりがちだが、信頼できる優秀な人物であれば平民でも採用される。平民の場合、そのほとんどがクリスティーナも通った学院を卒業したものだという。


厳しい選抜を潜り抜けた優秀な人物が集まるあの屋敷の中でも、特に優秀な使用人が一家の誰かに専属として付くことになる。

クリスティーナにも当然優秀な人物が専任として五名付いている。あの変態侍女(ニーナ)はその内の一人だ。


現在、クリスティーナの侍女のうち、ニーナともう一名がクリスティーナとともに領地に行き、残る三名は王都にいる。残ったのはクリスティーナのための些事を片付けることの他に、お仕置き執行人役を勤めるためだ。


幼少期からクリスティーナの苦労を見てきた侍女たちは全員が三人に対して非常に怒っていた。それはもう呪いでも飛ばしてやろうと実際に準備をしていたくらいには激怒していた。生憎と主人であるクリスティーナに見つかり、さすがにそれは罪になるから駄目だと諭されたため断念したが、チャンスがあればヤってやると虎視眈々と狙っていた。

が、婚約が解消された時点で腹は煮えくりかえってはいるが、「アホはアホなのだから考えてもどうにもなるまい、機会があればチクチクやってやろう」程度に落ち着いていた。

そこにきてあの事件が起きたことで忌々しい気持ちが再燃し、アホ組に二人が追加されたことを呪い、五人をいかに速やかに証拠を残さず処分するかを真剣に考えた。そして結局、彼女たちは手っ取り早く暗殺の準備を進めた。


そんな彼女たちを慌てて止めたクリスティーナは、それでもなお怒りが収まらない様子の彼女達を見かねて、合法的に仕返しができるお仕置き執行人の役目を彼女たちに担ってもらうことに決めた。そうして国王を含めた関係者に根回しをし、あらゆる許可を取った。


そして初日である本日、侍女の一人であるハンナが登城し、五人と顔を合わせたというのが冒頭のやり取りである。

このハンナはクリスティーナ付きの侍女たちの中でも年嵩な事もあり、普段は個性的な侍女たちのまとめ役を買って出てくれている。


彼女自身は高位貴族の令嬢でありながら教育に目覚め、周囲からの結婚圧力を薙ぎ払って教育道に傾倒した異色の人物だ。彼女は比較的常識人だが、躾が半端なく厳しい。

過去に令嬢たちの女家庭教師(ガヴァネス)としていくつかの家で勤めたが、そのあまりの厳しさについていけず、逃げ出す令嬢が後を絶たなかったという。しかし、教育に耐え切った数人の生徒は全員が社交界を代表する華となったため、彼女に躾を頼もうとした家は多かった。


そんなわけで、請われては務めて令嬢が逃げ、と繰り返していた。

そんなある日、ハウゼン公爵家に請われて行った先で、彼女は自分の理想(クリスティーナ)に出会ってしまった。

クリスティーナの美貌と言うよりは、教えたことをクリスティーナが自分のモノにして行く過程に感激し、未来を想像してしまった。

それ故、教える側というよりは支える側として成長の過程を見守り、時に助けとなれるよう側に侍りたいと公爵に申し出た。そう、彼女は侍女としてクリスティーナの令嬢人生に関わることにしたのだ。


ハンナに教えを乞いたい家は嘆いたが、食い気味に「私の理想はクリスティーナ様以外にいません。」と少し血走った目で返されてしまえばあきらめざるを得なかった。ホッと安堵の息を吐いたのは令嬢たちだけだった。


そんな彼女を、ジルベルトは知っていた。ジルベルトを通して、クラウスとダグラスもまた知っていた。

なぜなら、ハンナがクリスティーナの元にいる事を知った彼らの両親が、ハウゼン公爵家に息子の教育のために僅かな時間で良いからと何度も頼み込んでしばらく借り受けたことがある、という関係だ。

最初こそハンナを舐め腐っていたが、次第にその厳しさに恐怖して、結局彼らも多くの令嬢同様逃げ出したのだった。


「さて。先に申し上げておきますが、国王陛下より皆様に対しては爵位を一切気にする必要はない旨、ご許可を賜っており、いかな事も私の判断に任されております。

また、何方かが粗相をすれば連帯責任が発生致します。皆様の刑の執行前に、紳士淑女として振る舞えるよう徹底的に指導させていただきます。」


衝撃が走ったのはやっぱり三人だけ。そして連帯責任の言葉に、彼らは横目でジョージとシエナを見る。

ジョージはきょとんとしているが、シエナは今にもかみつきそうな顔をしている。

これはまずい、まずいぞと思い、発言の許可をもらった上でシエナを諭そうと考えたジルベルトが挙手をしようとしたところで、空気を一切読まないシエナが案の定暴言を吐いた。


「何なの、このオバサン。いきなり来てえっらそーに。ジルベルト様!はっきりこのオバサンに言ってやってください!!未来の国王と王妃になんて言う口を利くのかって……ぃっ!?」


いつの間にかハンナの手に握られていた鞭がぴしりとシエナの手を打った。あまりの痛さに悶絶してうずくまったシエナだったが勢いよく立ち上がると、涙目でハンナをにらみつけ、「なにすんのよっ!」と叫んだ。


ハンナは無言で尻を鞭で二度たたき、シエナはその衝撃にへたり込んだ。そんなシエナに冷たい視線を向けたハンナは冷ややかにこう告げる。


「貴女は淑女と言うものが全く理解できていないようです。特別な指導も必要になりそうですね。

さて、殿下方。連帯責任です。あなた方も背を向けてそこにお立ちなさい。」


幼少期にズボンをひん剥かれ、お尻を叩かれるという屈辱をすでに味わっていた三人は、逆らってもいいことはないということを良く知っていた。素直に壁際に立ち、ハンナに背を向けて衝撃に備える。ジョージは戸惑いつつも、三人を見習って壁際に立つ。ハンナは容赦なく四人の尻を鞭で三度ずつ打っていった。

終わった後、目尻に涙を溜めながらも、流石にズボンは脱がされなかったことに思わず安堵した。


「よろしいですか。これから受ける教育を全てこなすまでの間、何方かが粗相をなされば、連帯責任として、同じ懲罰を受けて頂きます。ご覚悟ください。」


三人は逃げたくて堪らなかった。何せあの鞭はとんでもないほど痛い。

ハンナは基本的にはマナー教師であるためマナーから外れた行動をすれば懲罰が発生するだろう。王族・高位貴族として教育を受けてきた自分たちと違って、ただの子爵令嬢であるシエナは高等なことは身につけていない。そのうえ、ジョージは平民だ。つまり、この二人がしっかりと対応できない限り、自分たちも一緒に鞭で打たれることになる。


「む…鞭は…要らないんじゃないかな…?」


「王城の教育係は私たちのお嬢様に鞭を振りました。王城ではコレが当たり前なのでしょう?ならば容赦する必要はございません。」


ジルベルトは勇気を出して言ってみたが、まさかの回答に絶句した。クリスティーナが鞭で叩かれるような事をするとは思えなかった。自分たちは色々やらかしても叩かれた事はなかった。どう言う事なんだ?と混乱すればハンナの目はどんどん冷えていく。


「王城の、教師は、機嫌が、悪ければ、鞭を、振るっても、構わない、のでございましょう?

まあ約一名の事ですが。殿下が授業から逃げ出した日の機嫌は最悪だったようですよ。

ご安心を。私が鞭を振るうのは粗相をなさった時のみです。王城の教育係に比べれば優しいものでしょう?」


更なる事実に三人は脂汗の浮かぶ顔でハンナを凝視した。

ハンナは鞭を自分の反対の手に軽くピシッと打つと無情にもこう告げる。


「ではお勉強の時間です。

ご安心ください。これからお受けいただくのは、我がお嬢様が三歳から受けてきた淑女教育。大丈夫、三歳児が行ってきたのです。成人しているあなた方なら、簡単でございましょう?ほほほ。

あのお方と同等は愚民には無理でございましょう。ですので、あの方と同じとは言わずとも、私が考える普通のご令嬢程度にはなれるよう尽力いたしますわ。」


「お…俺たちは男だ…ぞ…。」


「だから、それがどうされましたか。淑女の動きを理解せねば、真の紳士とは言えません。淑女が如何に大変なものか、とくとご体感くださいませ。」


果敢にもハンナに挑んだダグラスだったがサクッと切り捨てられて散っていった。淑女教育を受けるしかないらしい。


「ですが、確かに紳士教育も必要ですわね?」


紳士教育とは何だと疑問に思いながらも、それは薮蛇な気がして全員で首をぶんぶん振って断った。


そうしている間にジルベルトは思い出す。五歳のクリスティーナの姿勢はすでに完成されていた。五歳児をあそこまで至らしめる躾とは一体どれほど恐ろしいのか。過去にほんの少し受けただけの教育を思い浮かべてゾッとする。

今の自分は五歳のクリスティーナのレベルに到達しているかと言われれば自信はない。いや、王族として生きてきた自分ですらアレに及ばないことはわかっている。側近たちと言えばさらにそれに及ばない。しかも共に学ぶのは出来の悪い事で有名な低位貴族と平民。


――終わった時、起き上がれるかな…。



それは現実のものとなった。そこからはもう、まさしく地獄だった。

立っているだけで、座っているだけで指摘が飛ぶ。すぐに立たされ同じ行動を何度もとらされる。もちろん姿勢を崩すことは一切許されない。

さすがに指摘されるたびに鞭で打たれることはなかったが、立ち座りを繰り返すだけでも筋肉がやられていく。

高位の教育を受けたはずの人間ですらこうなのに、低位貴族と平民の二人がそう簡単に合格できるわけがない。途中で立つこともできなくなったシエナを見て、ハンナは大きなため息をつく。


「まったくこの程度でだらけるとは。飲み込みも悪い。よくもまあこれを王族の妻として迎えようと考えられましたわね?

仕方ありませんわ。ここからは正しい姿勢での学習に切り替えます。まだカーテシーすら出来ていないと言うのに。

まあせっかくですから、王族とは何か、貴族とは何か。基礎的なことから始めさせて頂きましょう。姿勢を崩したら鞭です。お気をつけあそばせ。」



やっと座れるかと思えば姿勢を崩すことは許されない。男四人は目が死んでいるが、シエナは早くも怒りの限界を迎えていた。


「ようやく座れるっていうのにっ…ぃっ!」


シエナが叫びだし、すぐにバシっ!という音が響く。


「誰が、口を開いていいと言いましたか?」


「横暴よ…つっ!」


「誰が、口を開いていいと言いましたか?」


シエナが口を開くたびに鞭が飛び、ハンナは無言で見ている。


「ああ。そうそう。

貴方が妊娠していないことを私は存じ上げておりますよ。望まれぬ命がそこになかったことに安堵いたしました。まったく嘘つきで妄想が激しいとはとんでもない不良物件ですわね。」


唐突な暴露がなされて呆気にとられた四人だったが、何かを叫ぶシエナは止まらず、なおも鞭が飛ぶ。ようやくシエナが口を閉じた時にはすで十五回鞭が飛んでいた。


「では連帯責任です。そちらの壁に背を向けお立ちなさい。」


無言でその指示に従い、壁際に立つと順番に十五回鞭が尻に振るわれる。


「まったく物覚えが悪いこと。

よろしいですか。あなた方が今されていることは、三歳のお嬢様が体験されたことです。まあお嬢様は出来が非常によろしかったので、私は鞭で打つ必要はございませんでしたが。

なぜお嬢様があのように厳しい躾を受けねばならなかったかと言えば、第一王子殿下へ嫁ぐ可能性が高かったからでございます。次期王妃の可能性がある以上、幼少から厳しい訓練を行わねばならなかったのです。


――あのお嬢様の大変なご苦労を水の泡にし、歯を食いしばって数多の学を修めたあの方を貶めたあなた方を、ハウゼン公爵家に勤める使用人一同、許すことはございません。お覚悟なさいまし。」



こうして初日は基礎中の基礎をずっと繰り返した。反抗的で出来の悪いシエナのせいで何度も鞭で打たれることになり、その日が終わったころにはシエナへ向ける視線が厳しいものになっていたことに全員が気づいていた。


牢に戻されたジルベルトは泣きじゃくり、クラウスは茫然とし、ダグラスは淑女教育に打ち勝とうと筋トレに勤しんだ。

ジョージは貴族って怖いとぶるぶる震え、シエナは何かを叫び続けて最後には猿轡が施された。



全員に共通していたのは、明日はどうなっちゃうんだろうという思い。明日のわが身を想像して震えていた。

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