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優雅に踊ってくださいまし  作者: きつね
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令嬢はお疲れだから踊りたくない

「疲れた…。」


ノリノリのニーナをはじめとする侍女集団によってもみくちゃにされた後、クリスティーナはテオドールを迎えるための準備を終え、ソファに座っていた。


「今日もお美しゅうございました…。」


なぜか恍惚とした表情のニーナに若干の恐怖と不安を覚える。

ニーナはいつも自分に大層尽くしてくれるが、もう少し肩の力を抜いてほしい…と考えたところで、これ以上抜かれたら自分が大変なことになると気付いて、余計なことは何も言うまいと、ただ「ありがとう」とだけ返した。


テオドールの訪いまでにはまだ時間があったため、ただ待つだけなのもなんだし、東屋で本でも読むかと思い立ち、ニーナに書架によってから東屋に向かうこと、そしてそこで飲むための茶の準備を頼んだ。


書架には歴代の公爵家当主たちが収集した本が所狭しと並んでおり、紙とインクの独特な匂いが立ち込めている。ここにある書物には相当な価値を持つ貴重な物から、本と言う価値以上の価値がつかないものまで様々なものが納められている。その内容も、経済や歴史、地理、医術、図鑑などの真面目なものから、何故か恋愛小説や美容関係、世界のおすすめグルメなんかもあって、何とも雑多なのである。


幼い頃のクリスティーナは、徐々に増えてきていた淑女教育の僅かな隙間の時間に、兄と共に領地の原っぱを駆けるのが好きだった。時には家族全員で野原に座り、景色を見ながら食事を摂った事もある。

だが、ジルベルトとの婚約が決まると、なかなか領地には戻れなくなった。


最初はあの原っぱが恋しくて仕方なかった。

どこまでも広がる青空と、色鮮やかな緑色の原っぱ。季節が巡れば白にも茶にもなるが、どんな時でも兄と駆けずり回った。

あの地が恋しくて、王都が窮屈で仕方がなかった。


けれど、自分が会いに行けない分、王都に顔を出してくれる親戚がいた。忍んでやってきた彼に連れられてこっそり街を歩いたりして、彼がいる間は本当に賑やかで楽しかった。


彼とは書架で過ごすことも結構あった。

いつもは賑やかな彼が、書架では大人しくてちょっと可笑しいと笑いが込み上げもしたが、そこで過ごした時間はとても穏やかだった。本を読んでもらい、本の中身について話し、共に勉強した。少し年上の彼が薦める本をちょっと背伸びして読んでみたこともあった。


じきに王妃教育が本格化し、まだ幼いと言える年齢ではあるが、昔馴染みで親戚とは言え、婚約者以外の男性と過ごすのは好ましくないと話が出るようになった。その頃には彼も本来の役目を果たす必要が出てきたために、徐々に来られる頻度が減り、終には王都に訪れる事は無くなった。


そもそも、あんなに気軽に来ていい立場では無かったはずなのに、幼いクリスティーナを慮って最後まで無理をしてでもやって来てくれていたのだと気づいた時にはもう遅くて、彼に会いたくて、彼が恋しくて、自身の全く好ましく思えない婚約者の存在が辛くて、彼と共に居られないことに涙が出た。

だから、彼と過ごすことの多かった王都の屋敷の書架には、大切な思い出がいっぱい詰まっていて、ここが大好きな場所になった。


慣れない王妃教育に心が疲れた時は癒しを求めてここで過ごした。そのうち、忙しすぎて立ち寄る時間がどんどん失われ、しばらく訪れることはできなかったのだが、ジルベルトとの婚約が解消されたその日、久しぶりにここの扉を開けた。

それまでと同様、変わることのない風景と匂いがクリスティーナを包み、あの日々に想いを馳せ、変わらぬ居心地の良さに安心した記憶がある。


その多くの本の中から、一冊の本を探し出した。

今の年齢にはそぐわない、ただただ楽しんで読むためのもの。とにかく今は何も考えず、幼き日に見た夢に想いを馳せたかったのだ。


そうして他にも数冊選び、東屋へ向かった。お気に入りの場所に腰を下ろすとすぐにニーナが茶を差し出した。その傍に本を読みながらでもつまめる程度の軽食が共に置かれた。


「まあ。おいしそう。それに食べやすそうね。ありがとうって料理長に伝えておいてくれる?」


「かしこまりました。ドイルも喜びます。」


そこからしばらく本を読みふける。時折頬をなでる風を感じながらページを手繰り、本の世界に飛び込んでいく。


ふと、周囲の気配が最初と変わったように感じて顔を上げると、目の前にはテオドールが座っていた。


「やっと気づいた?」


「テオドール殿下…。気づかず申し訳ありません。お声をかけてくだされば宜しかったのに…。」


テオドールの前に茶が置かれているところを見る限り、しばらく経っているようだった。


「久しぶりに会うはとこなんだ。無礼講で結構だよ。侍女にも声をかけなくて良いって言ったんだ。

そんな事より前みたくテオって呼んでよ。」


「そうは言いましても…。」


「もうあのうつけ(ジルベルト)とは婚約が解消されているんだろう。なら気を使う必要もない。なんせはとこだし、ここは私的な場だ。」


「わかったわ。テオ兄さま。お久しぶりね。」


満足げににっこりと笑ったテオドールは、「そうだな」という返答とともに、クリスティーナの手元にある本に目をやる。


「懐かしいなあ、その本。幼いころの君はその本が大好きだった。いつも会うたびに読んでくれとせがまれたっけ。我が国に訪れるときですら持ち込んできたほどの、お気に入りのものだった。」


「ええ。久しぶりに書架に入ったら目に入って。テオ兄さまがいらっしゃることを知ったからかしら。読みたくなってしまったのよ。」


「その本は私たちの長い歴史を見ていたからね。ティナ、お疲れ様。長年ご苦労だったね。」


思いがけない労りの言葉に驚いて、涙腺がうるっと…


「いやあ、昨日のクリスティーナは格好良かったなあ。最後のヤツなんて痺れたね。」


したのに脱力した。


「にいさま…」


つい胡乱な目をして見ていると…


「まあ愚か者共を絞め殺したくもなったけどね。」


不穏すぎて凝視した。


「我らのクリスティーナをあれだけ苦しめたんだ。相応の仕置きをしてやらないといけないと思わない?」


「兄さま達が出てくるとややこしくなるので大人しくしていてくださいね。」


「クリスティーナだけ楽しむ気かい?」


「楽しむも何も…ちょっとした仕返しをするだけですわ。あとは大笑いしてスッキリしたら、私が手を出せる範囲はお終いですもの。その後は放置するつもりですよ。怒りを持続するのも疲れますでしょう。さっさとやり返してすっきりしたら、忘れるのが一番ですわ。

それに、最終的に刑を決め、与えられるのは国王と議会だけですからね。陛下がどうなさるか見ものですが、今回の件は正妃様もお怒りのようですし…間違いなく普通のままではいられないと思いますよ。」


「これで普通のままでいられたらこの国に進軍するよ。

まあ、昨日の件はいろいろと不味いと思った輩も多かっただろうね。心当たりのありそうな連中は面白い顔してたなあ。」


「兄さま…」


つい額を押さえてしまったクリスティーナの顔を覗き込んだテオドールはニコッとして顔を上げさせる。


「そんなことよりクリスティーナはこれからどうするんだい?この国の王家にまた取り込まれないよう対策はしているのだろう?」


「ええ。陛下との取引は、というか、解消の際の条件に組み込んでいますから。未練はあるようでしたが、夜会での引導渡し(おまけ)で対処しました。」


「そっか。じゃあ最低限しばらくの自由は保証されてるんだね。さすがだ。

…その本の主人公みたいになりたい?」


意外な一言に驚いてテオドールを見つめれば、優しい目でこちらを見ていて、また驚く。


「君はお転婆さんだったからね。キラキラした瞳で自分もこうしたいと言っていたのを昨日のように思い出すよ。」


「…公爵家の娘としてそれは許されないでしょうね。あの頃のように夢を見る事はなくなりましたわ。」


「普通ならそうかもしれない。けれどね、私は愛しい君の夢を叶えるためにやってきたんだよ。」


テオドールはそう言うとニヤリと笑ってクリスティーナの手を取って握り込んだ。


「テオ兄さま?」


「私の愛しいクリスティーナ。ようやく解放された君を私が放っておく訳がないだろう?

さあ、そろそろ叔父上のところへ行こう。実は君を呼びにきたんだ。

新たな望まぬ枷を付けられる前に君がしたい事を話し合ってしまおうね。」


ニッコリと笑ったテオドールは指先に優しいキスをして、立ち上がった。クリスティーナの握り込まれたままの手もそれにつられるように引かれ、クリスティーナも自然と立ち上がる事になった。


「君が幼い頃に見た夢は、全て私が叶える。」


テオドールがぽつりとこぼした一言は、ちょうど吹き込んだ風の音のせいで、クリスティーナの耳には届かなかった。

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