踊るまで待機
大騒ぎの夜会から一夜明け、今夜も王宮で夜会が開催される。
社交シーズン幕開けの初日は毎回王宮で開催されるが、今回は翌日も王宮で開催される予定となっていた。
本来なら昨日の夜会で重要な発表がされる予定だったのだが、アホな事件のせいでその発表は今日行われることとなった。
そういうわけで、関係者全員が忙しいので、昨日の愚か者たちに構ってあげられない。そのため今日も彼らは牢屋にお泊まりだ。
そんな事情を説明してくれる人は誰もいない…と言うか誰もが「知るかほっとけ」という心情である為、説明なぞされるわけもない。牢番にいつ牢から出られるのかと聞いてみても、返ってくる反応は無表情と無言ばかり。
彼らは、自分たちは何故出して貰えないのか、いつになったら出して貰えるのか、一体どんなお仕置きが待っているのかと言った具合に、不安でいっぱいの一日を過ごすことになった。たっぷり震えて頂きたいところだ。
さて、それはさて置き。
朝、クリスティーナが目覚めると家の中がなんだか騒ついている。何事かと首を傾げながら侍女を呼ぶと、幼い頃から側に付いてくれているニーナが紅茶を乗せたカートと共に入ってきた。
ニーナはハウゼン公爵家を寄親としている男爵家の三女で、十歳で行儀見習いを兼ねたメイドとしてやってきたのだが、当時三歳のクリスティーナに一目惚れをして侍女になりたいと心に決めた。雑用を積極的にこなすことで使える人間だぞと示し、ひたすらにお嬢様愛を語り、精一杯アピールした。
たまたまそれに気づいた公爵夫人が執事長とメイド長からニーナについて聞くと、器量と手際が良いことが確認できた。夫である公爵と相談した上で、経験を重ね、侍女として申し分ない働きができるようになれば侍女とする事を約束して、まずはクリスティーナの世話の下働きから始めることを提案した。
そうしてお世話をしながら様々なスキルを身につけるための努力を続け、晴れてクリスティーナの侍女に収まったのは十二歳のこと。クリスティーナの婚約が調った時に、クリスティーナが懐いているニーナが、これからの日々の心の支えとなれるよう、予定より早めに据える事にしたのだ。もちろんニーナの実力を認めた結果でもある。
あの日からずっとクリスティーナの側で、あのアホ共との攻防戦という名の調教の様子も含めて色々と目にして、時には手伝い、支え続けてきた。
あそこから主人が解放されたと知った日は喜びで号泣して、公爵家の面々と執事長、メイド長をドン引きさせた。
「お嬢様、おはようございます。ご気分はいかがですか?」
「ええ、問題ないわ。ありがとう。
何だか家の中が騒がしいようだけど、何かあったの?」
「昨夜、ご当主様宛に隣国エンデバーク 第三王子殿下、テオドール・ルーク・フォン・エンデバーク様から先触れがございました。本日昼前にこちらへいらっしゃるそうです。ご都合が合えばお嬢様にも同席頂きたいとのことですが、如何致しますか?」
「テオドール様が…?一体何の御用かしら…。
夜会の準備には間に合うかしら?」
「はい。軽食を取った後、マッサージをさせて頂きます。ご面談された後に身支度とさせて頂ければ間に合うかと…。」
「そう…。ならお会いするわ。お父様にそう伝えて。あと、もしご来訪の理由をご存知なら教えて頂きたいとも。」
「かしこまりました。では軽食を先に運ばせます。旦那様への伝言を伝えて参ります。」
「ええ、お願いね。」
「失礼致します。」
ニーナと入れ替わりに運ばれてきた軽食を食べ終え、供された紅茶を飲み始めた頃にニーナが戻ってきた。
「お嬢様、ご来訪の理由は明らかにされてないとのことでした。ただ旦那様のお考えでは昨夜の夜会の件に関連するものではないか、との事でございました。」
「そうなの…。まあ昨日の今日だものね、そうよねえ、それしかないわよねぇ。お会いするのは本当に久しぶりだわ。」
「ええ、そうでございますね。
お食事がお済みのようですので、少し休憩された後にマッサージ致します。昨日以上にぴっかぴっかに致しましょう。
準備のため、一度下がらせて頂きます。」
「…え、ええ。よろしくね。」
心なしか目をギラギラさせているように見えるニーナは、手を怪しげに動かしながら部屋を出て行った。
これは大変な事になりそうだとため息を一つ吐きだすと、今朝方届いた数通の手紙に目を通し、返事を書いていく。
「…マッサージの時間が無くなるくらいの時間まで寝ておくべきだったかしら。」