開演
「…は?」
豪奢な衣装を纏った紳士淑女が集まる会場の中心に、ちょっと間抜けな感じのする音が響いたのは、夜会が始まってしばらくした頃。
その音の発生源に目をやれば、ここ最近、醜聞と言える程の話題に事欠かない男女が集まっている。
一人の女性を前に、まるで自らに全ての正義があるのだと言わんばかりの傲慢な印象を漂わす四名の青年と一人の女性。
彼らの中心にいる金髪と澄んだ青空色の瞳を持った見目麗しい青年はこの国の王妃の実子である第一王子ジルベルトだ。その傍らに涙目でぴったりと寄り添うのは、ドミナント子爵家の次女だと言う愛らしい顔つきの少女、シエナだ。
彼女もまた成年しているはずで、本来ならば女性と言うべき年齢のはずだが、その見た目と言動の幼さが目立つせいか女性と評するには無理がある。そのためこの王家が主催する夜会には少し…いや、かなりの違和感を放つ存在である。
この二名を中心にして両脇に立つ青年たちは外務大臣の嫡男クライス・シルベスタ、騎士団長の嫡男ダグラス・フォード、スペンサー商会の次男ジョージだ。
彼らはそれぞれがタイプは違うが見目の良い青年達だ。
前者二名は幼少の頃から第一王子の側近候補として侍り、家の期待を背負っていた。
スペンサー商会は、ここ数年で多大な業績を残した話題の商家で、次男であるジョージは家を継ぐ立場ではないが、嫡男を支えるべくそれなりの教育を受けていた。王子とその側近候補とは王立学園に入ってからの付き合いだという。
いずれにせよ、彼らは本来ならば王子と共に国の未来を背負い、主人に寄り添い、切磋琢磨し、時に主人を諫められなくてはならないはずの存在だった。
そんな一団の前に佇む女性は、この国でも王家に次ぐ権力を持つハウゼン公爵家の令嬢、クリスティーナだった。昨年三年制の王立学園を一年飛び級して卒業したと言う。
クリスティーナはプラチナに輝く絹のような髪、輝くような白い肌、泣きボクロが添えられたアメジスト色の瞳に、ふっくらと薄紅色の形の良い口唇、めりはりのある艶やかな肢体を持つ。気を抜いていれば女性ですらゴクリと唾を飲んでしまいそうなほどの色香だ。
ともすればいやらしいと表現されてしまうかもしれないが、何故かそう言われる事はほとんどない。それは彼女が纏う清廉な空気によるものかもしれない。
さらに勉学に秀で、公平な視野を持ち、権力を振りかざすこともなく、いつも朗らかな笑顔を浮かべた完璧な御令嬢だというのがほとんどの貴族の認識である。
そんな彼女は第一王子ジルベルトの二歳下で、その婚約はクリスティーナが五歳、ジルベルトが七歳の時に結ばれた。
クリスティーナが学園を卒業した十六歳で婚姻を結ぶかと思われたが、一年以上経過した今でも未だ成婚に至っていない。
五人の男女に話しかけられる直前まで話をしていた友人たちは、その側で心配そうな視線を彼女に向けている。その一方で、相手の集団に対しては不快感と訝しみ、そして何故か多少の憐みがない混ぜになった視線を向けている。
それもそのはず。友人たちはとある事情を抱えていた事もあるが、それより何より、彼女の本質を知っている程度には近しい関係にある事が影響している。
そして彼らもまた、ソレを知っていたはずなのに、うっかり忘れているようなのだ。呆れもしよう。
さて、少し離れた場所からその様子を眺める者には、うっすらと婚約破棄だの罪を贖えだのなんだのと、なんとも不穏な言葉が聞こえてきたように思うが正確なことはわからない。
騒ぎの中心に向けられる視線は好奇と不快感が主だが一部は呆れているように思う。
それもそのはず、彼らはある程度の事情を知っており、この光景に至った理由をなんとなく想像できた。うっかり出そうなため息を懸命に飲み込みこみ、結果は分かり切ってはいたが、事の次第を見守る事にした。
そうした様々な感情が篭った遠巻きな視線を感じながら、無理矢理この茶番に付き合わされる事になったクリスティーナは溜息を吐き、再び同じ答えを返した。
「ですから、婚約破棄をするだのと仰られましても、殿下と私の婚約はとうの昔に解消されております。
婚約者ではない私を呼び捨てにすることはお控えくださいまし。」
この言葉に一部を除いた大半が驚愕し、その当事者であるはずの王子ですら愕然としている。
王子を具に観察していた者が後に、本当に目玉が飛び出るかと思ったと語ったとか語らなかったとか。それ程に驚いていたらしい。
そしてクリスティーナの友人たちは思った。ああ、阿呆がいる、と。