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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

王女様は美しくわらいました

作者: トネリコ

 

 

 

 

 ある国に美しい王女様がおりました。

 王女様は白い肌と黒い髪、そして特別な目を持っていました。

 王国の人々はみな黒い肌に黒い髪を持っていました。


 目のことを母に話すと、母は張りつめた声で言いました。


 「そう。あなたが……。その目のことは誰にも言ってはなりませんよ。物事には何事にも意味があるのですから、今こうして与えられている分を必ずその時に返しなさい」

 

 王女様はよく分かりませんでしたが、母のことが大好きであったので素直に頷くのでした。


 母は側妃というものでした。

 母はこの国、いえ、人々とは真逆の白い肌と白銀の髪を持っていました。

 人々は女神だと褒め称え、側妃を拾って来た父との仲睦まじさを祝福しました。

 母は海の傍に横たわっていたそうです。


 王様には正妃様がかつておりました。

 正妃様は病弱だったので、王子様を二人産んで暫くして亡くなってしまいました。

 

 兄王子様は勇猛果敢で無鉄砲でした。

 弟王子様は病弱で優柔不断でした。

 

 ある日、兄王子様は冷たい身体で発見されました。

 最初に発見したのは弟王子様でした。

 

 葬儀の日、小さな王女様は呆然と呟きました。

 「黒い影なんてみえなかったのに……」

 弟王子様は青褪めた顔でその声を聞き流すだけでした。


 側妃様は平等に弟王子様と王女様を愛しました。

 しかし、王子様は側妃様を信じていませんでした。


 王様は平等に息子と娘を愛しました。

 王女様はいずれ他国へ正妃として行くことが決まっておりました。

 王様は王女様へ慈しみでもって接することにしました。

 何故なら母は厳しかったからです。


 母は言いました。

 「あなたは正妃となるものです。正妃には必要な心構えがあります。平時は夫を支えること。内を守ること」

 王女様は素直に頷きました。


 「そしてもし王が居ない際、あなたが指揮を執ることです。指を愛しても手首を切り落とせるようになりなさい。一番に血を流すものはあなたでありなさい。されど、最後まで美しくありなさい」

 王女様は難しいと眉根を寄せますが、いつも厳しいけれど大好きな母の言葉を繰り返し胸に刻むのでした。

 

 王様は息子へ厳しさでもって接することにしました。

 何故なら次期王として立派になって欲しかったからです。

 側妃様は息子へ優しさでもって接することにしました。

 何故なら厳しいばかりでは辛かろうと思ったからです。


 しかし王子様は自信を無くし、鬱屈を溜めました。

 妹ばかりに甘い父。

 外から乗っ取りに来た怪しい側妃。

 聡明な天使の如き妹。


 ある日、王様が王女様を褒めている言葉を聞きました。

 惜しむ声でした。

 

 「お前が息子だったらなぁ」


 王様は他国に行かせないで済むのにと思っていました。

 王子様は妹の存在に恐怖を覚えました。

 妹の障害は病弱な自分だけだと思いました。

 王女様は褒められたことを喜びました。

 けれど母に似た方が嬉しかったので首を振るのでした。


 王女様の周りは優しさと明るさで満ちていました。

 王女様はこの国もこの国の人々も大好きでした。


 王子様は次第に周りに甘い言葉を囁く者達を置くようになりました。

 しかしそれは王様と側妃様の手によりよく解散させられました。


 王子様は口を挟まれる内、益々自分に自信を持てなくなりました。

 ゆえに余計に周りの者の意見を一度全て聞いてから、最後に一番意見が多かったものを採用するようになりました。

 自分が傷をよく知るからこそ、誰かを傷付けることを拒む心優しい者でした。


 ある晴れた日のことでした。

 側妃様が一枚のクッキーを食べて倒れました。

 毒殺でした。


 王女様は一番近くで、母が一瞬にして黒い影に飲み込まれるのを見ました。

 母は最期に美しく微笑み言うのでした。


 「先にいくだけです。後は頼みましたよ。愛しい子」


 駆け付けた王子様は、呆然と佇む妹にかつての自分を見たのでした。








 王国は益々栄えました。

 王国には大勢の人々が溢れました。


 反して、不穏な他国から流れて来る人々の多さに王様は苦悩を深めました。


 王子様は言いました。

 「彼等は長く辛い旅をした。家も捨て着の身着のまま、王国を安住の地と求めたのだ。全員受け入れるべきだ」


 王女様は言いました。

 「制限を掛けましょう。送り返さずとも開拓民として何処かへ」


 王子様は人道に(もと)る行為だと気分を害しました。

 「弱った者を死地に追いやる行為だろう。それでは彼等は舞い戻り、王国の評判も地に落ちるだけだ」


 王女様は悩みました。

 「しかし、このままでは共倒れるだけです」


 王子様は王国を侮辱されたと憤慨しました。

 王子様は王女様を信じていなかったからです。

 王女様の神秘的な容姿は、王国を二分する支持を得ておりました。

 王子様は未だに意見してくることが王位を狙っていることの証だと思っておりました。


 王女様は悲しい気持ちでしたが顔に表しませんでした。

 母の遺言を守り美しくあらねばならなかったからです。

 折衷案や根本的な解決を共に考えたいと思っておりました。

 何故なら自分はどんな時も国を支えるものでなければならないと思っていたからです。



 そんな矢先のことでした。



 王国では月に一度、国民へのお披露目の儀がありました。

 常の様に眼下の人々へとバルコニーから手を振っていた王女様。


 しかし、不思議に思い小首を傾げました。


 何故なら、いつもよりも黒い影に覆われた人々が多かったからです。

 それは、普段であればまばらにちらばっていた点でしたのに、まるで一塊の怪物の卵の様にぽつりぽつりと黒い染みを作っておりました。


 王女様は強烈な違和感を覚えながら人々を見ました。


 人々は笑顔と親愛で王女様達に手を振り返します。


 王女様は目を凝らしてようやく違和感の正体に気付きました。


 黒い影に覆われた者は、老いた者でも病がちの人々だけでもなく、若者や子供にも多かったのです。


 しかし、今ここで指摘することも出来ません。

 王女様は違和感を感じつつも、日々の仕事に流され忘れてしまうのでした。


 

 次のお披露目の儀の際、王女様は恐れおののき身体を強張らせました。

 しかし表情は美しい笑みのままでした。


 眼下では以前よりも黒い影が広がっておりました。

 それは植物の根の如く悪魔が触手を伸ばしている様にさえ見えました。


 王女様には五つの盾がありました。

 妄信する信者。護衛する騎士。蜜に群がる貴族。従う闇。敬愛する花々。

 王女様は直ちに自身の闇へと調査を命じました。

 闇たちは疑問に思いましたが王女様が選んだ無辜(むこ)の民を手当り次第に調査しました。

 しかし集まるのはとりとめのない日々の情報だけです。

 関連性を調べるという漠然とした命令に、闇は王女様の我儘かと思いました。


 王国は栄えておりました。


 人々は益々集っておりました。


 王女様は王国を愛しておりました。

 王女様は人々を愛しておりました。


 黒い影が見えても、人々は変わらず生きております。

 貴族にちらほらと影を纏う者が増えても、それはよくあることです。

 黒い影を纏わずとも、母の様に突然死ぬ者もおります。


 ならば、私がおかしいのか。

 ならば、私の思い違いか。


 そうであれと思いました。

 大事な優しい者達に付き纏う黒い影から、王女様は祈る様に目を逸らしました。


 王女様は美しい笑みで変わらぬ日々を送りながらも、苦悩を隠し調査を続けました。


 そして答えは突然訪れました。


 次のお披露目の儀の日、王女様は眼下の一部がざわついたことに気付きました。

 人々の熱気の中、一際濃い黒い影の様子に目を凝らしていたからです。

 倒れた若者は盛大にせき込んだ後、動かなくなりました。

 そうして介抱していた男性に薄い影が付き纏いました。

 真っ黒な影の源は未だに揺すられたまま残っていました。


 王女様は気付いた瞬間ぞっと鳥肌を立てました。


 死の影が乗り移る様のなんと醜悪なことでしょう。

 

 あれはうつるものだ

 あれはいのちをうばうものだ

 わたしはまちがっていなかった


 王女様は恐ろしい事実に身も心も凍りそうになりました。


 何故なら既に隣の父にも兄にもうっすらと黒い影が纏わりついていたからです。

  

 王女様が恐れていた事態はすぐに訪れました。


 王様が倒れてしまったのです。

 人々は老いか、病か、毒かと騒めきました。

 

 王女様にだけは見えていました。

 こんこんと眠り続ける王様は、何故か他の人々よりも何かに守られているかの様に影を止めていました。

 

 「お母様、お父様をお守りください。私に力をください」


 王様の前で美しく笑う王女様を見ながら、王子様は何故笑うのだと気味悪く感じておりました。


 王女様の部屋には一枚の紙がありました。


 それは倒れる前の父が渡したものでした。


 王女様はその紙を暖炉にくべました。


 逃げ延び生きる道は絶たれました。

 

 燃え残った婚姻に関する紙を見て、王女様は美しく微笑むのでした。


 「私は指を愛して手首を切り落とせませんでした。今では腕を落としても足りぬでしょう。王という頭さえ守れなかった私に正妃が務まる筈もありません」


 されどと王女様は窓に映った己を見てうっそりと微笑みました。

 窓越しには温かな家々の灯りが見えます。

 火に揺らめく己の様子は年相応の少女の様に儚く、魔女の様に恐ろしく、泣いている様に悲しくも見えました。


 「この王国という心臓の鼓動を止めぬ為ならば、私は悪魔にでもなりましょう。どれほど心が痛み苦しみ喘ごうとも、生贄として全てを捧げましょう」


 

 

 翌日、王女様は命令を出しました。

 王女様には時間がありませんでした。

 傍目にはつい数瞬前まで元気であったのに、咳を吐き命を落とす者が増えていたからです。



 「この人々を全員残らず処刑なさい」



 王女様は殺しました。

 かつて城下町でお菓子をくれたおじさんを殺しました。

 王女様は殺しました。

 かつて家族を養いたいと言っていたお針子を殺しました。

 王女様は殺しました。

 私も王女様の様になりたいと言った友人も殺しました。

 王女様は殺しました。

 淡い憧れを抱いていた騎士も殺しました。



 女も子供も老いも若きも親しきも何もかも関係なく、直接出向いて指を差し、黒い影に覆われた者を殺しました。



 殺した者は火にくべました。

 

 

 命令通りに殺した者が増える度に、王女様の盾は罅割れ、減り、なくなっていきました。



 「どうして」

 「何故」

 「嫌だ死にたくない」

 「妻を連れて行かないでくれ」

 「王女様の為ならば」


  

 まずは花々が枯れました。

 次いで騎士が剣を捨てました。

 貴族は背を向け、闇は見向きもしません。

 信者だけは最後まで傍におりました。


 離れた彼等の目には、ただ日々を生きる人々でしかなかったからです。


 何故、施設へと連れ殺さねばならぬのか分からないからです。

 施設では白衣を着た者が死体を弄るのです。

 

 王女様は悪魔に魂を売り渡したのだと誰かが言いました。


 どこかで声が聞こえました。

 「愛しています。今も深く深く愛しています。だからこそ私は血も涙も捧げ、この身が地に落ち血に塗れようとも成し遂げましょう」


 王女様は最初に王子様を隔離しました。

 その間に王子様の陣営の者から殺しました。

 

 城内が終わると人々を殺しました。

 地位の低い者、難民であった者の方が大勢殺されました。

 そして人々が粗方終わると、自身の盾も身内も殺すよう言いました。


 人々は最初困惑しました。

 そしてあの子供の頃から見守った愛らしい王女がどうしたのだろうと心配しました。


 けれど施設に行った者が一人も戻らず、不穏な噂が漂うに連れ怒りと憎悪に変わりました。


 勇敢な者が王子様を助けました。


 王子様は何とか手薄になったお城から逃げられました。


 王子様は言いました。

 「捕まった者はみな殺された。あの悪女は国王に毒を盛り、王国を乗っ取ろうとしているのだ」

   

 そんな折、フードを被った者が王子様に接触しました。


 王子様は王女様から執拗に捜索されておりましたので、命からがら着いて行きました。


 すると反王女の旗印として、側妃の様な白い肌と白銀の髪を持つ美しい少女と出会ったのです。

 少女は聖女様と呼ばれておりました。

 最近この国に流れ着いた者でした。

 

 聖女様は心根の優しいものでした。

 王子様は聖女様と恋に落ちました。

 人々は二人を心より祝福しました。


 しかし、二人は王女様の信者に見付かってしまいました。

 王女様は捕らえた二人を見て驚きました。

 

 何故なら王子様の影がなくなっていたからです。


 王女様は震える声で命令しました。

 「あの聖女に血を流させなさい」


 王子様は憎悪を込めて言いました。

 「お前は血も涙もないに違いない」


 聖女様は涙を零しながら言いました。

 「私が幾らでも流します。ですが神はあなたを赦しはしないでしょう」

 

 王女様は言いました。

 「私はとうに血も涙も捧げましたので」


 王子様は聖女様の涙を見て、決意しました。

 共に母を亡くした者という傷を、共に育った血の絆をもう絶つしかないのだと。


 聖女が丁重に連れ去られて後、数週間の日が経ちました。


 ある日、城内を王様が目覚めたという情報が駆け巡りました。


 同時に、成したのが聖女の涙だという噂が誠しやかに囁かれました。


 その日の晩、城内は王子様が引き連れた反旗を翻した国民と貴族達で満たされました。


 悪女の周囲には誰もおりません。


 悪女は室内で一人満足そうに佇んでおりました。

 その身体は血の気が失せ、まるで幽霊の様な儚さでした。


 悪女は捕らえられ、翌日処刑されることになりました。



 

 王様は痩せた顔と身体ながら、悪女処刑の日に無理を通して出席しました。

 そうして静かに一言残しました。

 「英断、大儀であった」


 王子様は初めて自身で決断したことを父に褒めてもらい、誇らしくなり胸を張りました。

 以来、自分に自信を持ちました。


 聖女様は全てを知りながらも、喪った人々を思い胸を痛めながら涙を零しました。

 以来、一層国の為にと祈りと身を捧げました。


 悪女は静かに首を垂れました。

 肩の荷は全て下りておりました。

 斬首を待つようにも、騎士の礼にも、敬虔な信者の様にも見えました。


 王子様は言いました。

 「最期に言い残すことはあるか」


 悪女は言いました。

 「王国の栄光を願います」



 王女様の胸には、雨の如く石を降らせるほど人々を残せた誇りがありました。

 背負った期待は小さな手には余りあるものでした。

 

 けれども母の期待に少しでも応えられたのならいいと思いました。

 こんな私では無理かもしれずとも願わくば母の傍にいければいいと淡い期待を込めました。 


 無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。


 それはそれは美しい笑みでした。


 「お前程の悪女はおるまいよ」


 王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。

 

 人々はようやく全てが終わったのだと歓声を上げました。


 こうしてきたいの悪女は無事処刑されたのです。




 

 おしまい



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― 新着の感想 ―
[一言] 王子様が真相にこれからも気づかないままなんですかね?今はハッピーエンドでも王子様が成長しない限り、国が滅びそうな気がします。
[良い点] 新着の短編小説欄で見掛けて読ませて頂きました。 中々に悲しいお話でした。 王女様は、物凄く純粋だったのですね。 所謂、『報連相』するようにと母が言っていれば、また違った展開になったのでしょ…
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