2本目:初エンカウント。
ハロー、ハロー、聞こえますか。
ちなみに俺は今、何も聞こえません。
いくら声を出しても叫んでも歌っても聞こえない。
聞こえないどころか暗闇で何も見えない。
自分の手足も見えないから転移対策ノートも見えやしない。
穴に落ちて一瞬意識が飛んだがすぐ戻った。最初こそ落ちる速度を感じていたが次第に緩やかになり、そして現在はふわふわと漂っている感覚のみ。
おいおいおい、異世界転移したらナビゲーター的な存在が居るんじゃなかったのか。聞いてないぞこの暗闇放置プレイ。暗闇恐怖症じゃなくて良かった、が、普通に不安が増して来る。
本当にこれは異世界転移、なのか。
脱水症とか熱中症で倒れたんじゃないのか。
暗闇というのは不安を容易く増殖させていく。
なんでもいい、とにかくこの無の状況をなんとかして欲しい。誰か!はよ!!
《___思念解析・同調成功。これより”世界樹”との相互アクセス権、並びに第五等級管理者権限を付与。初期セットアップを開始します。5、4、……》
突如頭の中に響く抑揚の無い音声。そうそうこれだよ、こんな感じのを求めていた、と思う間もなく。
《……1、開始》
「え、」
突然頭の中が膨大な渦にかき回される、としか表現出来ない衝撃を食らって、俺は、再度、意識を手放した。
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──
「………う、……」
少し冷たい風が頬を撫でる感触に、俺の意識は浮上した。
閉じていた瞼を開けるとそこは一面の緑色。ズレた眼鏡を直して見えるは大草原。
それはいい。それはまあ良いんだが……。
「えっ」
なんか囲まれてる。
どうやら俺は木の根元に寄り掛かり座っているらしい。その5m程離れた周りを猪みたいな獣にぐるりと囲まれている。その数およそ10匹程か。
みたいな、というのは他でもない、その獣にでっかい角が生えていたからだ。俺の知っている猪ではない。なんだあれ。
《開示要求:可決。情報を表示します》
先程響いた音声と同じ音声が響いた、と同時に目の前に半透明の四角いウィンドウが開く。そこに浮かぶ文字列は以下の通り。
__________
▼ イノサイ
Fランク
HP:250/250
MP:150/150
技: 突進 / 砂蹴り / 噛み付き / 頭突き
素材: 毛皮 / 角 / 牙
__________
………どこからツッコむべきなんだ。
なんで謎の音声と会話出来てんだ。
何だこのゲーム風ウィンドウ。
絶対名付け親日本人だろこれ。
Fランクは強いのか弱いのか。
《開示要求:不可。第五等級管理者の同時開示要求は2項目までです》
制限付きかよ……。
じゃあ、───……そうだな。
あの鼻息荒くいつでも襲いかかれますよーみたいなモーションしてるイノサイ達と戦わなくちゃいけない流れか?
《開示要求:可決。周囲のイノサイとの戦闘は強制ではありません》
強制ではないのか。
じゃあ戦わなくても逃げられるんだな!
《開示要求:可決。現在の貴方様の能力値を元に逃避行動の完遂確率を算出。0.3%》
れーてんさんぱーせんと。
駄目じゃん。かなりの確率で死ぬじゃん。あ、でもここで死んでも現実では死なねぇのかな。
《開示要求:可決。貴方様の身体は現時点で一つだけです》
デスヨネー。
じわじわと狭くなる包囲網を見ながら必死に頭を働かせる。
どうすれば良い。どうすれば取り敢えずこの場を凌げるか。教えて偉い人。
《開示要求:一部可決。現在この場には貴方様より上位種は不在です》
どういう事だ。いやそれよりも今聞きたいのはそういう事じゃない。
コミュニケーションに難があるぞこの音声。
今まで待ってくれた事がそもそも奇跡なのだろう。
イノサイ達の、様子を伺うような目線は既に戦闘モードだ。とにかくここを切り抜けないと聞きたいことも聞けやしない。
何か良い方法は無いのか。
《開示要求:一部否決。遂行方針概要の入力を》
そんなのこんな危機と縁が無かったんだからわかる訳無いだろ!!!
そんな問答をする間にもじりじりと獣達は輪を縮めてくる。
死ぬ。そんな二文字が頭をよぎる。
《開示要求:可決。最適な能力付与に入ります》
はよしてくれ!
そんな事を脳内で叫んだ瞬間、目の前の一頭が地を蹴りこちらに駆け出す!
それは速い筈なのに、何故か、ゆっくりと見えて。
こんな訳分からん世界なのか異世界とやらは!
と叫ぶ声すら喉奥に凍りついて発されることは無い。
あまりの恐怖に足は動かず、瞼はきつく閉ざされる。眼前に迫り来るイノサイの鼻息があたりそうな、そんな距離まで近付いて来たその時。
《付与実行:完了》