秋葉原防衛隊@PCケース
テンプレは大切ですね?
秋葉原駅の目の前。レディオ会館最上階のとある一室には、ホワイトボードと教壇、そしていくつかの長机とパイプ椅子が並んでいた。
そう、ごく普通の講義室である。
そんな場所に集うのは、若干オタクめいた男が二人。一体そこで何が行われているというのか。
「知っての通り、今や東京はゾンビだらけだ」
そう、普通じゃない講義だ。
ミリタリー装備に身を包み、隊長と呼ばれた男が話すのは中々物騒な話題。だが仕方がない、なにせ東京を中心に、ゾンビが大量発生したのだから。
「上野にもゾンビ、銀座にもゾンビ、浅草にもお台場も新宿もゾンビだ。原宿と表参道は知らん」
「その、なぜ原宿と表参道だけ……」
「俺がそこに行くと思うか?」
「なるほど」
隊長に質問した人物。全身真っ黒ファッションに身を包むよく見るタイプの男であり、名は鈴木という。彼はゾンビパニックの際、秋葉原防衛隊に救助されたのだ。
「今回のゾンビ騒動では、米軍が真っ先に東京を封鎖しやがった。助けも期待できん。そうだ、ゾンビが発生した原因を知っているか?」
鈴木は首を横に振る。まさに突然の出来事、突如発生したゾンビに為す術も無く、感染は一気に拡大したのだ。この男はその謎を知っているというのか。鈴木は息を飲みこんだ。
「最近、老朽化した築地市場を取り壊しただろう?」
「あっ、そう言えば豊洲に移転しましたね」
「そうだ。だがそれがいけなかった。築地の取り壊しでネズミが大量に逃げて……」
「はい」
「流行りのインフルエンザに感染した人がネズミに噛まれ」
「噛まれて·····?」
「ネズミが持ってた何かヤバいウィルスとインフルエンザウィルスが混ざって変異し」
「え?」
「なんかゾンビウィルスになった」
「なんで!? っていうかなんでそんなに詳しいんです!? 」
「俺は情報通なんだ」
「情報通……」
情報通って何だよ。誰もがそう思うに違いない。だが彼は情報を食い、情報を提供して今まで生き抜いてきた歴戦のソルジャーなのである。だがニートだ。
「だが、この秋葉原では運良く感染が起きなかった」
「り、理由は……?」
「秋葉原にいるのはその……ボッチが多くてな……」
「あぁ、人と接触する機会が少なかったんですね」
「というよりその、初期ではあれだ……性感染症だったのだ」
「あっ……つまり秋葉原は童貞が多か」
「ストップ、やめたまえ」
「ーーーーどうて」
「やめたまえ」
沈黙の時が流れ、隊長と鈴木は自販機から取り出した緑茶を一口飲む。恐ろしい真実が明かされ、緊張のデッドヒートが繰り広げられる。
「――――まぁそんな訳で、俺達オタクの初動は早かった。情報は駆け巡り、そこら中の資材を集めてバリケードを作ったわけだ」
「驚きました。まさかビルを利用してバリケードを作るなんて」
「あぁ、秋葉原は完全に封鎖、各店舗は建築資材を利用して通路だけで繋ぎ、ワイヤーや糸鋸を足のあたりに設置、おまけにバリケードには電線を引き電気を流している。ゾンビ共は易々と侵入出来ん」
「助けを呼んだりは……」
「各種チャンネルで救難信号も流している」
「すごい! よくぞこの短期間で!」
思わず立ち上がり賞賛を送る鈴木に対し、隊長はニヒルな笑みを浮かべる。
「ちょうどゾンビ同好会が秋葉原に来ていたのも大きい」
「八割そのお陰ですよね?」
「因みに私が会長だ」
「さすが隊長」
この隊長と呼ばれる男は、数々のサバイバル経験や多方向の趣味を極め、どんな環境でも生き延びられるポテンシャルを持つ超人だったのだ。だがニートだ。
「そして、この街には最強の武器があった」
「最強の武器……秋葉原MODの武器ですね? ナイフとかクロスボウとか」
秋葉原には怪しげな店が幾つかある。その中には何故かクロスボウが置いてあったりナイフが売られている店があるのだ。なんなら身の丈程の巨大な剣、ドラゴンスレイヤーもある。
「それもある。秋葉原MODがなければ我々は半数も生き残ってはいなかっただろう。だが違う」
「秋葉原……もしかして、PCですか? ほら、やはり情報が戦いを征する的な?」
「惜しいな。だが……君には適性があるようだ」
「適性·····?」
「今に分かるさ……しかし、残念だが情報では無い」
「じゃあ一体……?」
「PCケースだ」
「え?」
鈴木は聞き間違いかと思った事だろう。ゾンビの話をしているのに何故PCケースが出てくるのだろうか。だが確かに、彼が救助された際、隊員が何かを装備していた事を思い出した。
「PCケースだ」
「PCケース」
「そうだ」
「その……なぜ」
「沢山あったからだ」
「そりゃ秋葉原ですし……でも……えっ?」
「世の中に、盾なんて殆どないだろう? あっても警察署くらいだ」
「はぁ」
「そこでPCケースだ」
そこでPCケースだ。やはりその発想はおかしいと誰もがツッコミそうなものだが、事実秋葉原はPCケースで護られているらしい。当たり前だが、鈴木は理解が追いつかない。
「いやそれにしてもPCケースってのは……」
「PCケースの素材は亜鉛鋼板やステンレス鋼、そしてアルミニウム合金等が含まれる。つまり軽くてある程度丈夫な金属だ」
「た、確かに」
「軽く溶接すれば取っ手も付けられるし、腕も覆える。なにより角が尖っている。そしてパーソナルカラーもロゴも付け放題だ」
「そう聞くとすごく強そうに……」
「そこに端子やドライバーを取り付けてスパイク代わりにした。守れて良し、攻めて良しのスグレモノだ」
まるで洗脳めいた言葉の波状攻撃を受け、鈴木は納得しかかってしまう。だが事実なのだから仕方がない。PCケースは最強なのだ。
「その……そんなので生き残れるんです?」
「俺達がその証拠だ」
「確かに生き残れてますしね……」
「そして更に、俺達は大きな力を手に入れた」
隊長は力を誇示するかの如く、拳をにぎりしめる。それを見た鈴木は目を見開き、ただ隊長を見つめている。
「それは……銃とかですか?」
「確かに警察とは協力しているが、我々が撃っても当てられん」
「じゃあ一体……?」
まさか刀や武術の部類か? 明らかに現実離れした物などこの世界には無いだろう。鈴木はそう高を括っていた。
「パワードスーツだ」
「パワードスーツ!? そんな、SFじゃあるまいし!」
「機械オタクとロボットショップのバイト店員、そした偶然居合わせたロボット工学の権威によって作り出された、簡易的なパワードスーツだ」
「八割その教授の仕事ですよね? っていうかなんでそんな人が秋葉原に……?」
「ここは秋葉原だからな」
「な、なるほど」
「因みに私の恩師だ」
「隊長工学部だったんすね·····」
現実離れしていたものがサラッと登場したが、謎の説得力によりねじ伏せられる。なにせ現物が入口に置かれていたのだから。
「隊員達はパワードスーツを装備し武器商店街にあったドラゴンスレイヤーソードを研ぎ澄まし、バッタバッタとゾンビを投げ飛ばしていった」
「す、凄い!」
「他にも武器商店街にあったトンファーやクローを研ぎ、トゥンキホーテにあった工具を装備しつつ、八号機まで作り上げた。なにせ人材と材料はあるからな」
「採算を度外視すればそこまで作れるんですね……」
「ああ、それに肩にはPCケースもある。フルタワーだぞ?それもスパイク付きだ」
「フルタワー」
大きさの問題なのだろうか? いや大きさの問題なんだろう。もう鈴木は深く考えないようにしていた。きっとPCケースは最強なのだろうと思うしかないのだ。世の中は結果が全てだ。
「そうだ。安心と安全のフルタワーだ。他もすごいぞ? 電流ウィップとか、ラジコン爆弾とか」
「強そう」
「だが·····そんな安心と安全の秋葉原から逃げた者達もいた」
「逃げた者達? こんな安全なのに……」
隊長は悲劇を思い出すかの如く沈痛な面持ちを見せる。それは後悔か、はてまた落胆か。
「例えばコスプレメイドもどきだ」
「ビラ配ってる人ですか? あのキャバクラみたいな」
「そうだ。事件が起きた時、オタクなんかと一緒に居られるか死ねっ!と俺たちに暴言を吐き、秋葉原から真っ先に出ていった」
「それは酷いですね……」
「そしてエリアから出た15秒後に喰われて死んだ。正直に言うと……いやまぁ、これは良いだろう」
「殺伐過ぎる……」
いくらPCケースを装備した防衛隊だろうと不可能な事はある。鈴木は改めてこの戦いの厳しさを噛み締める。きっと隊員達も辛かったことだろうと。
「サラリーマン連中もそうだ。しかし、彼らには家族がいる。是非とも家に帰れた事を祈る」
「えっ? 出て直ぐに食べられなかったんですか?」
「我々が全力で護った」
「えっ、じゃあさっきのメイドは?」
「――――怖い世の中だ……」
「アッハイ」
彼は考えることをやめた。
「――――秋葉原近辺の人口は約三万人だ」
「意外と多いんですね……」
「だが事は平日の昼間に起きた。家は無人か、父親が外にいる場合が多い。家から出られない人は順次保護しているが、なにせ食料の確保が重要になる」
「食料ですか」
「そうだ。ここは東京のド真ん中。今は食料を中心に掻き集めている」
「現実的ですね」
「だが、この方針に反対する者もいた」
「まぁ意見は多くて当たり前ですよね……」
「彼らはゾンビを片っ端から殺して数を減らすべきだと訴え、ビルの屋上からボウガンや弓矢、そしてPCケースを投げつけゾンビハントをし始めた。PCケースの無駄使いだ」
「PCケースの無駄使い」
「世紀末覇者にでもなりたかったのかは知らんが、そのまま何故か外に出て直ぐに死んだ。ゾンビは強い」
「彼らは一体何がしたかったんだ……」
ゾンビだけの話ではないが、なぜか災害時に喜び勇む者が一定数いることは確かだ。だがテンションが上がってしまったのなら仕方がない。
「だが、ゾンビが走らないのは大きかった」
「ゾンビって走るんですか?」
「最近のゾンビはよく走る」
「ゾンビに最近なんてあるんですか?」
「勿論ある」
昨今のゾンビものは走ったり機敏に動いたりするゾンビが数多く存在する。だが、今回のゾンビは唸りながら練り歩くタイプだ。しかしその数と集団の質量は脅威である事は間違いない。
「ゾンビはお約束の如く頭を破壊すれば死ぬ。こんな常識な事を何故か知らず、自衛隊もアメリカ軍も腹を狙うんだ。ウスノロゾンビだぞ? 面積大きくても腹じゃ無意味だろう? ある意味忠実にお約束を守った挙句、基地が一つ消えた」
「隊長、何故そんなに詳しいんです……? まさかその服、その知識、自衛隊の方ですか?」
「いや、俺はただのミリオタだ」
「じゃあ何故」
「俺は情報通なんだ」
「なるほど」
鈴木は正直知っていましたとばかりの表情で茶を啜る。自衛隊なら初めから銃を撃つだろうと考えたのだ。この世界にPCケースをメインウェポンにする酔狂な自衛隊員がいるだろうか。いや、いるかもしれないが。
「もちろん他にも工夫はしたぞ? 俺達オタクは普段ありえないような事ばかり想像しているから常識人より生き残れたんだ。常識に縛られた奴らは、外を自由にフラフラしてるがな」
「ゾンビですけどね」
「ゾンビだけどな」
鈴木と隊長はフフっと二人で笑い合う。ここにはボケしか居ないのだ。
「その、工夫ってのは例えば?」
「そうだな、まずは感染した事を黙っているパターンだ」
「それは怖いですね」
「怖いな。だから必ずチェックを欠かさない。別室で一人一人チェックをする。君もやったろ?」
「やりましたね……あれは嫌ですね」
「死ぬよりマシだ」
「ハイ」
噛み跡は怪我をしたのよと言うのはお約束だ。大体その行動が後の大惨事を招くことになる。何事も隠し事は良くないのだ。
「後は、街中で音楽を流さない事だ。これは救助した人間にもしっかりと言ってある。外国人にもしっかりとな」
「音楽ですか?」
「そうだ。ゾンビがゾンビを踏み台にしてバリケードを突破したら嫌だろう?」
「嫌ですね」
「特に民族音楽や宗教の祈りも危険だ。覚えておけ。パリピは死ぬ」
「パリピは死ぬ」
パリピが何をしたというのか。鈴木はそう言いたかったが、彼もパリピはあまり得意ではないので何も言うことはなかった。
「そうだ。あとはスマホはサイレントだな。元々大して鳴らないが。ハッハッハ」
「……………………」
社会の崩壊を揶揄するかの如く、二人は二口目のお茶をすする。暗くなりかかった空は、まるで今の情勢を映し出しているかのようだ。
「――――季節が冬だった事も幸いだった。夏じゃ噛まれまくってただろうからな」
「確かに厚着ですし」
「剥き出しは危険だ。ああ、あとこれも気をつけろよ」
「なんです?」
隊長は突如ボードを取り出し、白いワンピースを着た、くまのぬいぐるみを地面に垂らしている少女の図を鈴木に見せる。これが一体なんだと言うのか。
「もし後ろ姿で歌ってたり、ゆらゆらしてる子供がいても、絶対近付くなよ?」
「それは一体?」
「そいつは確実にゾンビだ。そこの君、何してる? を言った瞬間死ぬぞ」
「そういうものですか?」
「俺は詳しいんだ」
「一体何者なんだ……」
ただの映画マニアだが、映画が事実になってしまえば専門家に繰り上がる。人の可能性は無限大だ。
「最早東京は戦場だ。決して敵と戦う前に家族の話や恋人の話するなよ? それは即ち、死を意味する」
「死亡フラグって奴ですか? さすがに現実的じゃないような」
「そう思うだろ? それ言ってもう20人死んだぞ」
「マジっすか」
「マジだ」
過程があって結果が出る。フラグというのは因果律の事なのだろうか。そんな事を考えた鈴木だが、話が面倒になるのでやはり避ける。
「フラグ管理は大切だ。今のは……なんだ気のせいか……みたいなのもヤバい。気がついた時点で防御しろ。奴らは絶対にいる。車の後部座席もそうだ。何故かいる。だから車に入り込む時はよく中身を見ながら入れ。出来ればPCケースを構えながら入ると良い」
「結局ですか」
「安心と安全のPCケースだ」
どうやら閉所でもPCケースらしい。
「あぁ、一番大切な事がある」
「大切なこと?」
「脱出する事になっても、ヘリだけは気をつけろ」
「ヘリですか?」
「そうだ。特にカプンコ製には要注意だが……現実にカプンコのヘリは無い。だが大体相場では落されると決まってる。離れ小島も要注意だ」
「お約束って奴ですか」
「お約束って奴だ」
ヘリ以外でここからどうやって逃げれば良いというのか。しかし鈴木は墜落するというヘリのイメージがやたら強いことに気が付く。創作のヘリは落ちすぎではないだろうか。
「因みに防衛隊員同士は、コードネームで呼びあっている。気分が燃えるからな。そうだな……君はエイサップが妥当か」
「――――エイサップ? 変わった名前ですね?」
「心配は要らん。どうせ呼び名は鈴木君だ」
「は、はぁ」
どうせ何かのアニメネタなのだろうと思いつつ、鈴木はやはりスルーする。だが実は語呂が良いので気に入っていたりする。
「よし、説明は大体おしまいだ」
「隊長、ありがとうございました」
「礼なら数年間生き残ってからしてくれよ」
「――――ハイッ!」
「最後に君に渡すものがある。これは我々の証であり、最強の武器でもある」
「一体どんな凄い武器が……!」
「PCケースだ。体格に合わせてミドルタワーだ」
知ってた。話の流れで知ってた。鈴木は当たり前の様に渡されるPCケースを手に取り、それを見つめる。意外と扱いやすい事に気が付き、なにか大切な物を失ったんじゃないかと不安そうな顔を浮かべる。
「やっぱり、PCケースですか」
「もちろんPCケースだ」
「まぁ安心したまえ。取り敢えずは街中にいれば何とかなる。ここは電気街秋葉原だ。電気がある限り、秋葉原は無敵だ」
「――――その、隊長……もうそろそろ日が沈みますが、なんか暗くないっすか? もしかして……」
その瞬間、会議室のドアが勢いよく開かれる。隊員の様子を見る限り、明らかに良いニュースでは無いだろう。
「隊長殿!電気が!停電、停電ですよ!パワードスーツも充電できないっす!」
「ふん……皆に伝えろ! 各自、PCケースをスタンバイしろってな!」
「了解!」
「た、隊長……!大丈夫なんですか!?」
「ハッハッハッハッハ! 鈴木君!PCケースは装備したな! ようこそ!我らが秋葉原防衛隊へ!」
「本当に大丈夫なのか、PCケースで……」
「大丈夫さ!·····いつだってPCケースだ!」
この後、侵入したゾンビは全滅した。
何だかんだ鈴木はPCケースで生き残った。
終わり
いつだってPCケースだ。