そういうものだと彼は言う
好きなところはたくさんあるが、どれも決め手には欠ける。
そういうものだと彼は言った。それが別れなんだなあと私は思った。
どうしても言いたかったのに、言えなかったことがある。それは一回だけ、もう何年も付き合っていたのにたった一回だけ、彼にときめいたことがあるということ。
場所も時間も忘れたけれど、風邪をひいてぐったりしていた私に、彼が彼のコートをそっとかけてくれたのだ。やさし過ぎず乱暴過ぎず、そっとかけてくれたコートの感触は、やはり彼が私を愛してくれていた証拠であったと、今なら笑って言えるだろうか。
悲しいときに泣けない彼と、嬉しいときに笑えない私。
「どこまでも似ていて、決定的に違うところが、よくなかったのかもしれないね」
笑って言った彼に、私は何と答えたのだろう。そして、何と答えるべきだったのだろう。
そんなこと言わなくていいから。
やさしくしてくれなくていいから。
出会った頃のことを思い出さなくていいから。
愛と恋の違いを考えなくていいから。
どうしようもなく悲しいときには、泣いてくれてもよかったのです。
本の中の魔女は言う。
「愛なんてそんなものよ」
私は一人頷いて、月の光に目を閉ざした。