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帰り道、ダレスはルシアの言葉を思い返していた。
「私、色々と想像していたんです。ダレスさまがどんなお方なのかって。剣闘士だから逞しいんだろうなーとか…楽しみだなぁ♪」
(彼女が俺の醜い姿を受け入れてくれるはずはない…)
その時だった。若い女がダレスの行く手を遮ったのだった。
「………」
女は無言でダレスを睨み付ける。視線を落とすと、女が腰に短剣を帯びていることに気付いた。
「アンタが何者で何をしに来たのかも分かっている。その短剣で俺を刺し殺す気なんだな。」
「…最初はそのつもりでした。ですが、貴方と話している時のお嬢さまは…お仕えして十余年、あんな楽しそうな表情は今まで見たことがありません。」
マルタは冷静に話を続ける。
「ですが、これ以上はあの方を苦しませるだけ。潮時なのではないですか、醜いオークよ。貴方もそのつもりであの花を贈ったのでしょう?」
「……?」
「ニーレンベルギアの花言葉は2つ。『心が和む』、そしてもう1つは『許されざる恋』」
マルタはさらに話を続ける。
「お嬢さまのことはお忘れなさい。所詮は結ばれぬ運命、それに…」
マルタの表情が一瞬曇った。
「あの方はオズボーン伯爵との縁談が決まっております。」
「オズボーン伯爵…」
ダレスはその名前に聞き覚えがあった。剣闘士時代に1度だけ見たことがある。確か既に初老の域に達していたはずだ。
(何故、親子ほど歳の離れた男などに? そうか…彼女の眼の治療費を出したのがその男で、その見返りに )
ダレスはマルタをギロリと睨みつける。
「そんな目で見ないでください。私だって…私だって、こんな結婚は望んでおりません。ですが、どうしろと言うのです? オークの貴方がお嬢さまを幸せに出来るとでも言うのですか!?」
「………」
返す言葉もなかった。
「ごめんなさい、取り乱してしまって。どうぞこれを…お嬢さまに安らぎを与えてくれたほんのお礼です。」
マルタは金貨の詰まった革袋をダレスに手渡した。
(許されざる恋、か…)