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マインドハッカー(5)

 

「姉さんの方には効いたようだ」



 高弘に向けられていたはずの言葉は、実は由美子に向けられていたのであった。


 小早川が大覚だとか教祖という言葉を用いずに、あえて代名詞や抽象的な言葉で話を進めたのには、こういう意図があったのである。



「ふん、やはりそんなことか。事情を説明してもらおう」


「簡単なことだよ。さっき言ったように、この子は自分の恩師である、中森教授という男に、もてあそばれていたんだ。しかも、その後の記憶を催眠で消されてな」


「なるほどね。それで、あんたの依頼主は?」


「ご両親に決まってるだろう? 俺は彼女の様子を伺っていた。彼女は中森教授のところへ弟の相談をしに行った、いや、実際は彼に操られ会いに行く。そこでのやり取りを盗聴した俺は、中森が紹介した男のところへ先回りし、キャンセルを入れ、代わりに姉さんに会ったと言うわけさ」


「両親は、姉がおかしいことには、気づいていたのかな?」


「だから依頼してきたんだろう。この子は教授におもちゃにされて、だいぶん前から、心の均衡を失っていた。すぐにカッとなったり、暴力を振るったりな。だが、それでも今までは何とかなっていた。あんたがいたからだ」



 高弘は遠くを見ながら、ゆっくりとうなずいた。



「ああ、姉は私がひとり立ちすることが気に入らなかったんだ。とにかく私を庇護下においておきたがった。私はそれが鬱陶しくて、一人暮らしを始めたんだ。そして大覚様に出会い……」


「それはもういいって。おおよその見当はついてる。あんたの目は狂信者でもなけりゃ、信心深い信者の目でもない。強いて言や、優秀なビジネスマンの目だ」



 小早川の言葉に一瞬鼻白んでから、高弘ははじめて大きな声で笑った。



「なんだ、ばれてたのか。さすがにマインドハッカーだな」


「やめてくれ。こんなのはマインドハックなんて呼べない。初歩の心理学でさえないさ」



 小早川は肩をすくめると言葉を継いだ。



「とにかく、あんたが教団をのっとろうが、陰で操ろうが、俺にはどうでもいいことだ。あんたのご両親の依頼通り、姉さんの後催眠をといて、教授のやったことを教えてやるだけさ」


「姉は傷つくだろうな……」



 高弘はその瞬間だけ、優しい弟の顔に戻る。


 小早川は小首をかしげて答えた。



「かもな。だが、このままじゃいつか、完全に壊れちまうのも確かだ。それならせめて、破滅なり、再起なり、復讐なり、彼女のことは彼女に選ばせてやればいい」


「あんた、意外に優しいんだな?」


「バカ言え。俺はそれで彼女がどうなろうと知ったことじゃない」


「へえ」



 高弘がニヤニヤ笑うのを見て、小早川は舌打ちする。



「俺は、教授だかなんだか知らないが、洗脳とも言えないような、こんなちゃちな後催眠しか出来ないやつが、心理学者だ、精神科医だとのさばってるのが気に入らない んだ。それだけさ」


「まあ、それならそれでいい。それよりこれも何かの縁だ。そのうち仕事を依頼させてもらうかもしれないが、構わないかな?」



 高弘の言葉に、小早川はいつものニヤニヤ笑いを取り戻して言った。



「構わねえが、俺は高いぜ?」


「本当のプロの仕事ってのは、それだけの価値があるものだろう?」



 ふたりはニヤリと笑いあった。



「まあ信者の洗脳だろうが、洗脳はずしだろうが、いつでも言ってきな。例のカルト教団なんか足元にも及ばないくらい、完璧に洗脳してやるよ。金さえ払えば、ローマ教皇でもあんたの教団に入れてやる。まあ、どっちにしてもあんたなら、少しは負けてやるよ 」



 そう言った小早川の顔には、強烈な自信と誇りが見て取れた。



「それじゃ、俺は行く」


「両親にヨロシク」


「それは俺の専門じゃない。自分で言いにいきな。大手を振って両親に会えるくらい、この教団を掌握したら」



 高弘は肩をすくめて苦笑いを浮かべた。



小早川は由美子の耳元で何事かささやく。すると由美子はぼんやりした顔のまま立ち上がり、小早川の後に従った。小早川はテーブルの上の盗聴かく乱装置をポケットにしまうと、くるりと後ろを向いた。



「じゃあな、あばよ」


「ああ、姉をよろしく」



 小早川は後ろを向いたまま右手を上げて答えると、応接室を出て行った。


 高弘は大きくため息をついて、ソファに深々と座ったが、すぐに立ち上がると敬虔な信者の顔を作って、応接室を飛び出した。彼にもやることが山積みなのだ。


 廊下に出て入り口の方を見ると、ぼけっとしたままの姉を支えて出てゆく小早川の横顔が見えた。


 その存外優しい顔を見て、高弘は苦笑する。



「おいおい、私はマインドハッカーの義兄なんて要らないぞ? 勘弁してくれよな」



 それからもう一度ふたりをよく見る。


 小早川は、やはり優しく微笑んで姉を見ている。



「へえ、あの男、あんなふうに笑えるのか。意外だな」



 高弘は小さくつぶやいて、それから顔を引き締め、今度こそ後ろを見ずに歩き出した。




―――了―――

 

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