第八話「アイゼンシュタイン王国」
フェンリルと出会った日から、俺達の本格的な旅が始まった。俺はロビンとダリウスに戦い方を教える事にし、早朝に起きて戦闘の訓練を行い、朝の八時まで訓練をすると、馬車での移動を開始する。
ガーゴイルやゴブリン等の魔物を狩りながら、強化石を集めて移動をし、幼いフェンリルに大量の食事を与える。フェンリルは瞬く間に大きくなり、体重は二十キロ程にまで増加した。力を上昇させる強化石と、敏捷を上昇させる強化石をフェンリルに与え、一気にステータスを伸ばしている。
フェンリルは『アイス』の魔法と、『アイスストーム』の魔法を練習している。アイスは氷を作りし、敵の動きを阻害する魔法。アイスストームは氷を含む竜巻を発生させ、周囲に氷ダメージを与える魔法だ。魔法の威力も上がり、弱いゴブリンやガーゴイルなら、アイスの魔法で凍らせられる様になった。
俺はフェンリルの名前をヴォルフと名付けた。名前の意味は狼。初めて出会った時に、狼に見えたからだ。ちなみに、ミノタウロスの事はタウロスと呼んでいる。ヘンリエッテさんが付けたあだ名だ。
仲間のレベルも大きく上昇し、俺はレベル29。ヘンリエッテさんは20。ダリウスは12、ロビンは13、ヴォルフは35まで上昇した。ヴォルフのステータスの上昇速度には目を見張るものがある。タウロスの力を借りる程の敵とは出会えなかったから、彼のレベルは50のままだ。
ゆっくりと馬車で移動を続け、途中で召喚石や魔法石を集めながらアイゼンシュタイン王国を目指すと、俺達はついに王国に辿り着いた……。
〈アイゼンシュタイン王国〉
魔王城を出てから二十五日ほど経過した。途中で魔物との戦闘や、剣術の訓練を行ったから、随分時間が掛かってしまったが、その分、パーティーの戦力を大幅に強化出来た。
「ついに着いたわね。ラインハルトはこれから冒険者ギルドに行くの?」
「そうですね! すぐにでも冒険者登録がしたいですよ」
「冒険者ギルドも規模が様々だから、登録するギルドは慎重に選ぶのよ。ラインハルト。暫く別行動をしましょうか。旅で手に入れた物を精算したいし」
「そうですね。ヘンリエッテさん、今までお世話になりました! また会いましょう」
「ええ。私はこの町に居るから、用があったら商人ギルドに遊びに来てね」
ヘンリエッテさんは俺を強く抱きしめると、彼女が所属する商人ギルドの場所を書いた地図を渡してくれた。ヘンリエッテさんとは長い時間を共に過ごしたから、別れるのがとても寂しい。だが、またすぐに合流出来るだろう。
まずはこの町にどんな冒険者ギルドがあるのか、調べてみる必要がありそうだ。どうせなら大きなギルドではなく、規模が小さなギルドに加入して、俺達の力でギルドを盛り上げていきたい。
石畳が敷かれた美しい町を歩く。背の低い木造の家や店が規則正しく建ち並んでおり、町の至る所に露店がある。見るもの全てが新鮮だ。俺はロビンを肩に乗せ、ヴォルフの背中にダリウスを乗せた。ダリウスはヴォルフの背中に乗るのが好きなのか、町の人達は興味深そうに俺達を見つめている。
ゴブリンを肩車する人間と、白い毛の狼の背中に乗るガーゴイル。可笑しい組み合わせだとは思うが、これが俺達の日常だ。ゆっくりと美しい町を見て歩くと、俺達はまず、魔石を売る事にした。旅で手に入れた魔石は、基本的に俺達の戦利品となり、魔石以外の物は全てヘンリエッテさんに譲った。
鞄には召喚石や魔法石、空の魔石が詰まっている。魔石を買い取ってくれる店を探した方が良さそうだな。魔石を売ったお金で宿の宿泊費を払おう。それ以外には特にお金の使い道はない。
暫く町を進むと、冒険者向けの道具を扱う通りを見つけた。どうやらここは『冒険者区』というエリアらしい。冒険者区には冒険者が溢れており、武具を扱う店や魔法道具の店が所狭しと建ち並んでいる。きっとここは一日中歩いていても飽きないだろう。
冒険者区を見物しながら歩いていると、古い木造の建物を見つけた。どうやらここは冒険者ギルドなのだろう。店の入り口には『冒険者ギルド・レッドストーン』と書かれた看板が掛かっている。冒険者区には様々なギルドがあったが、このギルドが一番規模が小さいみたいだ。規模が小さいというか、外見は魔王城と同じくらい朽ち果てている。
父がハース大陸の南部に建てた木造の魔王城は、隙間風も入り、天井が落ちている部屋もあった。とても『城』と表現出来る様な立派な建物ではなかったが、父は城だと言って聞かなかった。何だか自分が暮らしていた魔王城を見ているみたいで懐かしい……。
「ラインハルト。ここで冒険者登録をするの?」
「分からないな。ちょっと覗いてみようか」
ダリウスとロビンは不安げに建物を見上げている。ヴォルフは俺の背中に飛び乗り、嬉しそうに俺の顔を舐めている。木製の扉を開けると、室内からは甘い果実の香りがした。室内には古びた家具が乱雑に置かれており、本棚に並ぶ本は埃を被っている。本当にここは冒険者ギルドなのだろうか?
室内には木製のカウンターが置かれており、カウンターの奥では、一人の少女が楽しそうに料理をしている。料理をする前に、室内を掃除すれば良いのにと思ったが、少女は俺を見る事もなく、淡々と料理を続けている。どうやら果物を使ったパイを作っているみたいだ。以前父が、人間が暮らす村からパイをくすねて来てくれた事があった。盗んだパイを食べながら、二人で葡萄酒を飲んだ事が懐かしいな……。
「すみません……ここは冒険者ギルドですか?」
俺が声を掛けると、美しい銀髪の少女は料理を作る手を止めた。パイは完成したのか、形が悪いパイを包丁で切ると、少女は何も言わずに俺の方に差し出した。
「これ、頂いても良いんですか?」
「はい……」
透き通るような声がとても美しい。肌は雪の様に白く、白いワンピースを着ている。少女は相変わらず俺を見ようとはしない。俯いたまま、俺の方にパイを押しやった。
いびつな形のパイを口に運んでみると、豊かな酸味と程よい甘みが口の中で広がった。まるでリンゴの様な食感の果実が美味しい。これは何という果実なのだろうか。そのままパイを全て頬張ると、ダリウスもロビンも食べたいと言って聞かなかった。
少女は嬉しそうに小さく笑うと、パイを切って皿に乗せれくれた。俺は仲間達にパイを食べさせると、少女は目を瞑ったまま顔を上げた。
「美味しい……ですか?」
「はい。ご馳走様でした。パイを食べるのは人生で二回目なので、何だか感動してしまいましたよ」
「パイが人生で二度目? 冗談でしょう? まさか、そんな人が居るなんて……」
「一度目は父さんが民家からパイを盗んできてくれたんですよ」
「それは本当ですか? まぁ、悪いお父様ですね……」
少女は相変わらず目を瞑ったまま、楽しそうに微笑んだ。まさか、目が見えないのだろうか? 目が見えないから室内の乱雑な様子が分からず、埃が被った本棚を放置しているのだろうか。
「冒険者ギルド、レッドストーンへようこそ」
「ここは冒険者ギルドなんですね」
「はい。これから活動をしようと思っています」
「実は俺も、これから冒険者になろうと思ってこの町に来たんです」
「そうなんですね。ところで、あなたの近くに居る生き物はなんですか?」
「この子はゴブリンのロビン。それからガーゴイルのダリウスに、フェンリルのヴォルフです」
「ゴブリンにガーゴイル、それからフェンリル? 少し触れてみても良いですか?」
「勿論良いですよ」
少女はゆっくりと近づいてくると、テーブルにつまずいて転びそうになった。俺は咄嗟に少女の体を支えると、彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「ごめんなさい……私、この通り目が見えないんです。だからたまに躓いて転んでしまう事があるんです」
「そうなんですね……」
ダリウスは少女の手に触れると、少女は嬉しそうに何度もダリウスの手を触ってから、ダリウスの頭を撫でた。目が見えないから、ガーゴイルという生き物の形が分からないのだろう。少女はダリウスの翼に触れると、小さく悲鳴を上げて手を引っ込めた。
「ガーゴイルは大理石の様な白い皮膚に、背中から翼が生えているんです。背は低く、翼を使って自由に空を飛ぶ事が出来るんですよ」
「魔物について詳しいんですね」
「俺が詳しいのは仲間の事だけですよ」
「ガーゴイルのダリウス……初めまして」
「初めまして……」
ダリウスは恥ずかしそうに少女を見上げている。彼も男だから、女性に触れられるのが恥ずかしいのだろう。俺の体の後ろに隠れると、ロビンの背中を押した。それから少女はロビンとヴォルフを何度も楽しそうに触ると、満面の笑みを浮かべた。きっと頭の中で、見た事もない魔物の姿を想像しているのだろう。
「あの……私はつい最近、この建物を購入して、冒険者ギルドの運営を始めたのですが、まだ勝手も分からなくて……もし良かったら、他のギルドには行かずに、私のギルドで冒険者登録をしてくれませんか?」
少女の正体はさっぱり分からないが、仲間達が彼女に気を許しているし、俺は何だかこの子に興味を持ってしまったのか、彼女の提案を二つ返事で引き受けた。
小説のタイトルである『レッドストーン』をようやく登場させる事が出来ました。
ギルドでの登録、少女との出会い……。
物語はここから大きく動き始めます。
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(20万字まで執筆完了しておりますでの、これからも毎日投稿を続けます)