第六十三話「英雄の帰還」
ダンジョンの最下層で聖剣を入手してから五日後、時間を掛けながら入り口を目指して進んでいた俺達は遂にファルケンハインの町に出た。
聖剣を持つクリステルがダンジョンの入口から出た瞬間、ダンジョンの前で待機していた兵士が満面の笑みを浮かべ、空に炎の球を打ち上げた。クリステルの帰還を市民に知らせるための魔法なのだろう。
「クリステル姫殿下! お帰りなさいませ!」
「ありがとう。ついに聖剣を手に入れたわ!」
「ご無事で何よりです。次期国王陛下」
「私が国王になるのね……」
兵士は微笑みながら跪き、クリステルの顔を見上げた。それからファルケンハインの衛兵達が集まり始めると、冒険者や市民も徐々に集まり始めた。
「今日は記念すべき日ですから、盛大な花火を上げましょう」
俺は両手を頭上高く掲げ、体内から魔力を掻き集めた。両手に鋭い炎を集めると、無数の炎の矢を作り上げた。俺の体に宿る師匠の力だろうか、炎の矢は金色の光を纏い、幻想的に輝き始めた。無数の炎の矢が高速で空を裂き、空で炸裂した。何千もの炎の矢を飛ばし続けると、市民達は一斉に集まり始めた。
最後に国王陛下が群衆をかき分けて近づいてくると、兵士達は一斉に跪いた。陛下の背後からはバツの悪そうな表情を浮かべたローゼマリー王女が付いて来ている。大量の冒険者を死なせた彼女を睨みつける市民も多い。
自分の家族を、勇者とローゼマリー王女の無謀なダンジョン攻略によって失った者も居るのだから、当然の反応だろう。以前の町はローゼマリー王女を応援するかの様な雰囲気だったが、今のファルケンハインは町全体がクリステルの帰還を望んでいたかの様に、雰囲気も良く、市民が熱狂的な拍手を送っている。
「クリステル! いにしえの勇者が封印したダンジョンを攻略し、聖剣を手に入れたのだな! 見事だ! 既に勇者、ルーカス・ゲーレンのギルドを解体させ、勇者の称号は剥奪した」
「ありがとうございます。お父様、これは私一人の力で成し遂げた訳ではありません。アイゼンシュタイン王国の騎士、ラインハルト・フォン・イェーガーと、アイゼンシュタイン王国、第三王女のフローラ・フォン・アイゼンシュタイン。それからケットシー族のベラ・グロスの協力があったからこそ、私は聖剣を手に入れる事ができました! ラインハルトは……騎士様はダンジョン内に巣食う全ての魔物を狩り、常に私を勇気づけてくれました」
「うむ。騎士殿、我が娘を支えてくれた事、そして、愚かなローゼマリーの暴挙を止めてくれた事、心から感謝する! この場で次期国王の指名を行う」
ファルケンハインの王位継承は、聖剣を入手出来た者が次期国王に指名されるという決まりだ。陛下は宝石が散りばめられた白金の王冠をクリステルの頭に乗せると、ファルケンハイン王国、第十二代国王が誕生した。クリステルは聖剣を抜いて頭上高く掲げると、群衆は熱狂的な拍手を上げた。
それからクリステルはゆっくりと俺に近づいてくると、聖剣を鞘に戻した。彼女は跪いて聖剣を俺に差し出すと、市民や兵士も一斉に跪いた。
「アイゼンシュタインの騎士、ラインハルト・フォン・イェーガー! 第十二代国王、クリステル・フォン・ファルケンハインが貴殿に勇者の称号を授ける! この聖剣は勇者の身分を証明するものである……!」
クリステルが優しい笑みを浮かべると、俺は突然の出来事に戸惑いながらも、聖剣を受け取った。それからクリステルが立ち上がると、彼女は俺の隣に立ち、新たな勇者として市民に俺を紹介してくれた。
勇者の称号を授かってからの俺の生活は以前よりも忙しく、ファルケンハインの町を歩いているだけでも多くの市民から声を掛けられる様になった。もはや俺の事を魔王だと思う者は誰一人居ない。俺はアイゼンシュタインの騎士、ファルケンハインの勇者として新たな人生を歩み始めたのだ。
勇者の称号を得てから一週間ほどファルケンハインに滞在したあと、俺達はアイゼンシュタインに向かって馬を走らせた。レッドストーンを手に入れるというフローラの目標は達成したが、俺達はこれからも冒険者として生き続ける。アイゼンシュタインに戻ったら、フローラとの結婚式を挙げよう。
魔王城を飛び出して民を守るために鍛錬を積み、ついに勇者の称号を得る事が出来た。先祖達が犯した罪を償う事は出来ないが、民を襲う悪質な魔物が出現すれば、勇者として、騎士として敵を討伐する。
師匠から魂を蘇生して貰い、俺は再びこの世界で生きる事が許されたのだ。この命はフローラのために、大陸に住む全ての民のために使おう……。
目が見える様になったフローラは以前よりも活発になり、初めて見る木々や、野生の動物などに感動し、アイゼンシュタインに向かうまでの間も、時間を掛けて全ての物を見ながら、全ての生命の美しさを祝福している。見た事のない木を見つければ、実際に手で触れて、時間を掛けて眺めるのだ。
俺達三人は一ヶ月ほど馬車を走らせ、遂にアイゼンシュタイン王国に辿り着いた。衛兵長のドールさんは俺達の帰還を心から喜び、それからレーネさんと交際を始めたと報告してくれた。
レーネさんとドール衛兵長は初めて城で出会ってから一ヶ月後に交際を始め、今では毎日仕事の後にデートをしているらしい。俺はドール衛兵長を祝福した後、ゆっくりとアイゼンシュタインの町を歩き、自分が守り続けてきた建物を眺め、俺達の帰還を祝福する市民と他愛のない話をしながらギルドを目指した。
冒険者ギルド・レッドストーンの扉を開けると、懐かしい顔ぶれが揃っていた。小さなガーゴイルのダリウスは大粒の涙を流し、俺の胸に飛び込んでくると、俺は彼の頭を撫でた。それから少し背が伸びたゴブリンのロビンが近づいてくると、俺はロビンを抱き上げ、彼の頬に何度も接吻をした。
最後にヘンリエッテさんがゆっくりと近づいてくると、久しぶりの再開に涙を流しながら、俺達を強く抱きしめてくれた。
「ラインハルト、フローラ! 遂にレッドストーンを手に入れたのね! 私は二人の事が誇らしいわ!」
「ヘンリエッテさん。お久しぶりです! はい、俺達は幻獣のレッドドラゴンを倒し、レッドストーンを手に入れました!」
「レッドストーンは私の目とラインハルトの体を癒やした時、真っ二つに割れてしまいましたが……この通り、私は自分の目で世の中を見れる様になりました。ヘンリエッテさん、私が不在の間、ギルドを守ってくれてありがとうございました!」
「フローラは本当に水臭いわね。私もギルドのメンバーなのだから、当然でしょう?」
ヘンリエッテさんは暫くフローラを抱きしめると、優しい笑みを浮かべて、フローラの頭を何度も撫でた。二人は離れていた間の友情を、お互いの愛を確認するかの様に何度も熱い抱擁を交わし、フローラは旅での出来事を伝え、ヘンリエッテさんは町での出来事をフローラに伝えた。
「皆! 新しい仲間を紹介するよ! ケットシー族のベラ・グロス! それからドラゴニュートロードのジェラルドだ」
俺は召喚石を使ってジェラルドを召喚すると、巨体の幻獣、ドラゴニュートロードが姿を現した。身長が四メートル以上あるジェラルドにはギルドが小さいのか、しゃがみ込んで仲間達を見つめると、ギルドの奥から一体の液体状の魔物が楽しげに歩いてきた。スライムだ。賢者の試練で仲間になった最強のスライム。彼は久しぶりに会う俺に感激しながらも、ジェラルドの姿を見て驚いた。
それから俺達は国王陛下に大使としての役目を終えた事を報告しに行く事にした……。




