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第六十二話「レッドストーン」

 次の瞬間、俺は師匠と過ごした家の中で目を覚ました。古ぼけた家具が置かれてある小さな家だ。ここは死後の世界だろうか。俺は一体何処に居るのだろうか……。


 部屋を見渡すと、師匠と過ごした時を思い出して涙が流れ出した。もう俺は仲間の顔を見る事も出来ない……。フローラ残して死んでしまった……。俺が一生傍に居ると約束したのに……。


「随分早く戻ってきたのね」

「え……?」


 家の扉が開くと、可愛らしいケットシーが恥ずかしそうにこちらを見つめていた、俺が敬愛する賢者、ジル・ガウスだ。師匠は家に入ると、俺を見上げ、俺の体を抱いた。俺は小さな師匠を抱きしめて涙を流した。


 師匠は一人、死後の世界で俺を待っていてくれたのだろう。師匠は満足するまで何度も俺の頬に自分の頬を擦り付けると、俺は何だか懐かしくなって笑い出してしまった。


「師匠。お久しぶりです……」

「そうね。ラインハルト、あなたは愛しの姫を守って死んだ。違うかい?」

「どうしてそれを……?」

「大体あんたが死ぬ原因なんてそんな事しかないだろう。レッドドラゴンとの戦闘で愛しの姫を守って死んだ。その場に居なくても分かるわ。私が鍛え上げた若き騎士が、並の魔物に負ける訳はないんだからね」

「流石です……師匠」

「本当に馬鹿ね。自分の命を捨ててまで姫を守るなんて。だけど嬉しいわ。ラインハルトは魔王の息子として生まれ、民を守るために命を落とした。あなたの愛は本物だったのだから」

「だけど……もうフローラに会えないなんて。俺はなんのためにこの世界に生まれたのでしょうか」


 師匠は灰色の毛に包まれた小さな手で俺の涙を拭うと、柔和な笑みを浮かべて俺の頭を撫でてくれた。俺は師匠の愛を感じて再び涙を流した。俺は志半ば、命を落としてしまったが、フローラはまだ生きているのだ。前向きに考えながら魂の消滅を待つしかない……。


「師匠、ここで俺の事を待っていてくれたんですか?」

「勿論。私の可愛い弟子にお礼を言いたくてね。ラインハルト、ケットシー族の少女を救ってくれたんだね。彼女の祈るような声が毎日私に聞こえていたんだよ」

「はい。ベラの事ですね」

「見ず知らずのケットシーの命を救い、生きる希望を与えてくれたね。ラインハルト、本当に感謝しているよ。私は一言お礼が言いたくて、魂が消える前にこの空間で待っていたんだ。ラインハルト、私からの最後の課題を出すよ」

「え? 課題ですか?」

「姫と共に生きなさい! そして、大陸を守り続けなさい。寿命を迎えるまでは勝手に死ぬんじゃないよ! これが私からの最後の課題さ」

「だけど……俺はもう……」

「ラインハルト。私は救済の賢者、ジル・ガウス。あなたの魂を蘇らせる事くらい容易いのよ。既にラインハルトの肉体は姫がレッドストーンを使って蘇生したわ」

「本当ですか!」

「ああ。ラインハルトや、最後に私に口づけをしておくれ」


 俺は小さな師匠を抱きしめ、彼女の頬に口づけをした。瞬間、師匠の体は強い光を放ち、光は俺の体に吸収された……。



「ラインハルト……ラインハルト! 死んじゃ嫌……!」

「おい! 起きろ! ラインハルト! 俺を残して死ぬんじゃねぇ!」

「ラインハルト……どうか死なないで頂戴。あなたには返しきれない程の借りがある……」

「ラインハルト……」


 師匠の神聖な魔力が全身を包み込むと、俺は体の感覚を取り戻した。精神が肉体に戻り、ゆっくりと目を開くと、涙を流して俺を見つめる仲間達が居た。


 タウロス、ヴォルフ、ジェラルド……。ベラ、クリステル……。それから美しいエメラルド色の瞳をした女性が微笑みながら涙を流している。フローラか……? まさか、ついに目が治ったのか?


 俺はゆっくりと起き上がると、フローラが俺を強く抱きしめた。フローラは何度も俺の頬に接吻をし、俺の頭を撫でると、俺は彼女のしなやかな体を抱きしめた。ベラとクリステルは俺の生還を心から喜び、俺を強く抱きしめてくれた。


「ラインハルト。私を守ってくれてありがとう……」

「フローラ! ついにレッドストーンを手に入れたんだね!」

「ええ……ラインハルトの体を癒やし、私の目を治した時、魔石は消滅して仕舞ったけど……」


 くっきりとした二重に、エメラルドの様に透き通る瞳。やはりフローラの目は陛下に似ているのだな。フローラは俺をじっと見つめると、俺の頬に手を触れ、何度も唇に唇を重ねた。


「ありがとう……俺のためにレッドストーンを使ってくれて……」

「だけど、どうして生きているの……? 確かにラインハルトは命を落としたはず……」

「救済の賢者の魂が俺を再びこの世界に戻してくれたんだよ」

「ジル・ガウス様が?」

「ああ。あそこはきっと死後の世界。師匠は俺を待ち続けてくれたんだ。師匠は自分の魂の力を使い、俺の魂をこの世界に戻してくれた……」


 俺の体内に師匠の神聖な魔力を感じる。彼女の肉体と精神は消滅したが、師匠の心は俺の体内で生き続ける。


「みんな。今まで俺を信じて付いて来てくれてありがとう……! これからも俺を支えてくれるかな」

「当たり前でしょう。ラインハルト、私もフローラに負けないくらい、あなたの事を愛しているわ」

「ラインハルト……! これからは私がギルドのメンバーとして支えてあげる」


 クリステルとベラは大粒の涙を流しながら微笑んだ。俺はそんな彼女達を強く抱きしめると、タウロスは俺の頭を撫で、満面の笑みを浮かべた。ジェラルドは俺の肩を手を置き、ヴォルフは大きな舌で何度も俺の頬を舐めた。


 ついに俺達はレッドドラゴンを討伐したのだ! 人生で今日以上の幸せを感じた事はない。フローラは仲間の姿や俺の容姿を穴が空くように見つめている。俺は心の中で師匠に何度も感謝をし、フローラの手を握って立ち上がった。


「さぁ、聖剣を探しに行こう!」

「そうね! まずは聖剣を手に入れましょう!」


 フローラはもう一人で歩ける様になったのか、自分の目で空間を見て、優しい笑みを浮かべながらダンジョンを歩き出した……。


 それから俺達は二十一階層に降りると、そこはダンジョンの最下層になっていた。大理石で作られた小さな空間には、祭壇が設置されており、祭壇には力を失った聖剣が突き刺さっている。


「ラインハルト。フローラ、聖剣を抜いて頂戴!」

「いいのかい?」

「勿論。二人のお陰で私はここまで来られたからね……」


 俺とフローラは二人で聖剣を握り、ゆっくりと聖剣を引き抜いた。フローラの魔力と俺の魔力が聖剣に流れると、刃には銀色の魔力が発生した。これが俺とフローラの魔力か……。


 俺達は聖剣をクリステルに渡すと、遂に上層を目指して歩き始めた。俺達の長い旅が終わったのだ。いにしえの勇者が封印した魔物を全て討伐し、レッドドラゴンとの戦いに勝利し、聖剣を入手した。


 これから暫くファルケンハインで休暇を取り、それからアイゼンシュタインに戻って結婚式を挙げよう……。


 俺はフローラの手を握り、何度も彼女と見つめ合いながら、時間を掛けてダンジョンを戻り始めた……。

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