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第六十話「魔王の息子」

 大魔術師と冒険者達が去った後、ローゼマリー王女は力なくしゃがみ込んだ。ベラは俺の手を握り、笑みを浮かべて俺を見上げている。クリステルは冒険者達がダンジョンの攻略から開放された事を喜び、フローラは静かにローゼマリー王女の前に立った。


「一国の王女たる者が、私欲のために冒険者を死なせるとはどういう事ですか? 冒険者も自国の国民! 私達王族は国民を守る義務がある! それなのにあなたは冒険者を犠牲にしながら、ただ聖剣を探して下層を進み続けた。聖剣や王位は、民の命を犠牲にしてまで得なければならないものなのですか?」

「……」


 ローゼマリー王女は大粒の涙を流しながら、静かにすすり泣いた。大魔術師に見捨てられた勇者は、既に人生を諦めきった様な表情を浮かべている。大魔術師と冒険者達が地上に戻れば、勇者とローゼマリー王女の強引なダンジョンの攻略方法を伝えて回るだろう。


 市民はローゼマリー王女よりもクリステル王女を支持する筈だ。やっと正しい心を持つ王女が国民から応援される時が来たのだ。あとは二十階層でレッドドラゴンを倒し、レッドストーンを手に入れてから、聖剣を探して進めば良い。


 俺達はローゼマリー王女と偽りの勇者を残して十三階層に続く階段を降りた。普段、フローラがあそこまで強く他人を叱る事はない。フローラが俺が言いたかった事をが全て言ってくれたので、何だか俺の気分は軽くなった。


「フローラって普段はおとなしいけど、怒ると怖いわね……」

「ローゼマリー王女と勇者を前にして、怒りを抑えられなかったの。私達王族は民を守る義務があるからね」

「そうね。アイゼンシュタイン王国にはフローラの様な優れた王女が居るのか……私もフローラみたいに強い女になりたいわ」


 クリステルはフローラの手を握りながら、フローラを優しく見つめている。今回の旅で二人の友情は深まり、まるで本当の姉妹の様に仲が良い。ベラは俺と一緒に居たいと言ってくれたので、暫くは行動を共にする事にした。


「ベラはダンジョンの攻略が終わったらどうするんだい?」

「分からない……まだ先の事は考えていないの。ずっとティルヴィングで勇者にこき使われながら生きていくのだと思っていたから」

「ベラ、もし良かったら俺達のギルドに入らないかい?」

「本当? 私がギルドに入ってもいいの?」

「ああ。勿論だよ」

「私も歓迎するわ。冒険者ギルド・レッドストーンへようこそ!」

「ありがとう……フローラ、ラインハルト……」


 ベラは涙を流すと、俺はベラの小さな頭を撫でた。それからフローラがベラを抱きしめると、ベラは何度もフローラに頬ずりをした。フローラは既にケットシー族との接し方を覚えたのか、ベラが満足するまで触れ合うと、ベラはすっかり機嫌を良くした。



 俺達はローゼマリー王女のパーティーを抜いてから、時間を掛けてダンジョンの攻略を始めた。毎日五時間ほど魔物を討伐し、残りの時間は剣と魔法の訓練をする。俺はベラに稽古を付けて剣術を教えている。


 ダンジョン内の魔物は下層に進めば進むほど強くなっているが、ドラゴニュートの群れより強い魔物の集団とは遭遇する事は無かった。レッサーデーモンやブラックウルフ、まるで剣術の達人の様な巨体のスケルトンと遭遇したが、それでも脅威を感じる程の魔物は存在しなかった。


 一週間ほどダンジョンの攻略をしていると、大魔術師、ベリエス・ブローベルが再びダンジョンに潜ってきた。彼はローゼマリー王女と勇者の暴挙を市民に伝えたと報告をしてくれ、それから新鮮な肉や野菜を差し入れてくれた。彼は既にダンジョンの攻略を諦めたのか、俺達の健闘を祈っていると言うと、静かにダンジョンを去った。


 今日はついに十九階層まで辿り着く事が出来た。この層には魔物の姿がないので、大魔術師が持って来てくれた食料を使い、クリステルとフローラが料理を作ってくれた。自分が今居る場所の真下にレッドドラゴンが居ると思うと、焦る気持ちを抑える事が難しい。


 フローラとクリステルが作ってくれた豪華な料理を頂く。フローラは賢者の杖を握りながら、二十階層に続く階段を見つめている。ベラはこの短い期間にグラディウスを使った戦い方を習得し、高速の剣技を身に付けた。彼女は幼い頃から魔物討伐をしていたらしく、剣の腕は既にダリウスやロビンよりも遥かに上回っている。


「三時間程休憩をしてから、レッドドラゴン討伐に挑もう」


 クリステルとベラは緊張しているのか、静かに頷き、ゆっくりと料理を食べ始めた。いにしえの勇者がダンジョン内に封印した凶悪な幻獣・レッドドラゴン。果たして現在、どれ程の強さを持っているかは不明だが、幻獣クラスの中でも上位に位置するドラゴン族。その中でもレッドドラゴンは非常に獰猛で、強力な炎を操ると師匠から教わった。


 俺は師匠と過ごした六ヶ月間、レッドドラゴンの炎に耐えられる様に、毎日火の魔力を鍛え続けた。敵の炎に耐えられる様に、自分自身が強い炎を身に着けたのだ。ついに俺の長きに渡る努力が報われる時が来るのだ。絶対に俺の剣でレッドドラゴンを仕留めてみせる。


 フローラはレッドドラゴンとの戦闘の備えて魔力を温存してきたのだ。幻魔獣・スケルトンキングの固有魔法、サンダーボルトを連発すれば、流石のレッドドラゴンも耐えきる事は不可能だろう。まだ見ぬ敵との戦いに心臓が高鳴る。敵が強ければ強いほど興奮するのは、やはり魔王の血が流れているからだろうか。


 歴代の魔王は戦闘狂の様な人物しか居なかった。民を殺める悪質な魔王から、ただ強さだけを求め、大陸の支配をせずに剣の技術を磨き続ける者も居た。だが、どの魔王も人間と共存しようとは考えなかった。俺は魔王の加護を授かり、第七代魔王になったが、これまでのどの魔王とも違う生き方をしてみせる。フローラと共にアイゼンシュタインの民を守りながら生きるのだ……。


「ラインハルト。今まで私を支えてくれてありがとう。あなたが居たから、私はここまで来られた。ラインハルト、あともう少しだけ私に力を貸して頂戴……」

「何を言ってるんだい? 俺はフローラを守る騎士。婚約をした時にフローラを守り続けると誓ったんだ。どんな敵が襲い掛かろうが、俺がこの魔剣で敵を討つよ」

「ありがとう。本当に、どうしてラインハルトの様な人が魔王の家系に生まれたのかしら」

「昔は魔王の息子として生まれた事を随分悩んだよ。だけど、自分の生まれは選択出来ない。俺は魔王の息子として生まれたけど、大陸を支配するつもりなんて微塵たりとも無かった。俺は冒険者になりたかったんだ。アイゼンシュタインで初めてフローラを見た時から、俺はフローラと共に冒険者になりたいと思った……」

「私も。ラインハルトがレッドストーンに加入してくれたら良いなって思ったわ」

「フローラ。俺達がこの戦いを終わらせよう。レッドストーンを手に入れたら結婚して、アイゼンシュタインで暮らすんだ」

「そうね! 新婚生活が楽しみだわ」


 俺はフローラを抱きしめ、彼女の唇に唇を重ねた。クリステルとベラは恥ずかしそうに俯くと、俺はクリステルとベラを強く抱きしめた。お互いの愛を確認する様に熱い抱擁を交わしてから、俺は魔剣を持って立ち上がった。


 レッドドラゴンとの戦闘に向けて精神を高ぶらせるために、暫く魔剣を振ろう。脳裏に最強の剣士である父の姿を想像し、父ならこう動くだろうと考えながら、忠実に彼の動きを再現する。十七歳まで毎日父の剣を見てきた。


 大陸を支配するために身に付けた力で、フローラの目を治し、俺達の明るい未来を創る。体には活力が漲り、魔力がほとばしっている。体調は最高だ。三時間ほど精神を集中させ、魔剣を振り続けた。俺の精神には第六代魔王、ヴォルフガングが宿った様に、普段よりも剣の速度は格段に上がり、魔剣には鋭い魔力が流れている。


 ついにレッドドラゴンに挑む準備が整った。俺達は静かに目配せをし、小さく頷くと、各々が武器を握り締め、二十階層に続く階段を降り始めた……。

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