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第四十四話「旅支度」

 フローラは上機嫌で俺の手を握り、楽しそうに鼻歌を歌っている。魔物との戦闘などをせずに、こうしてフローラと共に幸せな時を過ごせれば良いのだが、騎士として、冒険者としても、アイゼインシュタインの民を守るために、魔物との戦いに身を置かなければならない……。


 レッドドラゴンを討伐するまでは忙しい生活が続くだろうが、レッドストーンを手に入れたら、暫く休みを取り、フローラと共にこの広い大陸を旅して回ろう。まずはファルケンハイン王国の地下のダンジョンに潜り、ダンジョン内の魔物を討伐して聖剣とレッドストーンを入手しなければならない。


「ラインハルト。また考え事をしているの?」

「ああ。これからの俺達の人生についてね」

「私は今、本当に幸せを感じているわ。城を出て一人で暮らしていた時、私の元にラインハルトが来てくれた。冒険者として生きてゆく事に不安もあった。何度も城に戻ろうと思った……」

「フローラはよく頑張っているよ。これからも俺を支えてくれるかな」

「勿論よ。私はラインハルトの恋人なんだから」


 俺はフローラに手を取られ、彼女の部屋に案内された。白を貴重とした明るい雰囲気の部屋で、部屋の中央には大きなベッドが置かれている。それから、部屋の壁には肖像画が掛かっている。国王陛下とアンドレア王妃の若い頃を描いた物だろう。陛下がフローラに良く似た美しい女性の肩を抱いている。


 綺麗にカールした銀色の髪に、雪の様に白い肌。細く形の整った眉に、エメラルド色の瞳。まるで十年後のフローラを見ている様な感じだ。俺はアンドレア王妃と陛下の肖像画を暫く眺めた。


 フローラは部屋に備え付けてあった葡萄酒をゴブレットに注ぐと、俺に渡してくれた。壁際に置かれているソファに腰を掛け、フローラと共に葡萄酒を飲む。普段ならこの時間はギルドの二階にあるフローラの家でくつろいでいるのだが、広く美しい空間が少し居心地が悪い。


 二人で座れば肌が触れ合うような小さなソファが妙に懐かしく、俺達は広いソファに座っているにも拘らず、体を寄せて手を繋いで座っている。やっとフローラと再会出来たのだ。暫くは彼女の暖かさを感じていたい。ずっとこの時を待っていた。人生で初めて出来た最愛の恋人と離れるのは辛かったが、幻獣との戦いで勝利するためにも、俺は死ぬ気で努力した。


「ラインハルトは本当に変わったんだね。六ヶ月か……私の事が恋しかった……?」

「当たり前じゃないか。毎日フローラの事を想っていたよ」

「嬉しいわ。ラインハルトみたいな一途な人と付き合えて……賢者の訓練ではどんな事をしていたの?」

「剣と魔法の稽古をしていたよ。新しい魔法を見せようか」

「本当? 是非見てみたいわ」


 俺はフローラと共にバルコニーに出た。彼女が大切そうに持つ賢者の杖を借り、夜の空に掲げた。フローラの誕生日を祝う花火を上げよう。精神を集中させ、無数の炎の矢を想像した。『魔法とは想像力が肝心』この言葉はジル師匠が毎日様に言っていた言葉だ。


 全身の魔力を掻き集めて杖に注ぎ、魔力を炸裂させる。瞬間、杖は爆発的に輝き、無数の炎の矢が天に向かって飛び上がった。まるで火薬が炸裂するように、杖からは次々と炎の矢が飛び出し、空中で破裂して辺りを幻想的に照らした。フローラは目が見えなくても魔力の雰囲気で今の光景を想像しているのか、微笑みながら俺の手を握った。


 市民達が窓を開けて空を見上げている。俺は更に魔力を込めて、大量の炎の矢を飛ばした。師匠直伝のファイアボルトを何百も空に打ち上げると、市民はフローラ王女の誕生日を祝うものだと気がついたのか、町からは歓喜の声が上がった。


 暫く炎の矢を飛ばし続けると、フローラが静かに涙を流した。俺はフローラの涙を拭うと、彼女を抱きかかえて口づけをした。フローラの柔らかい唇に唇を重ね、彼女の涙が頬を伝って床に落ちる。


「ラインハルトは何も出来ない私を認めてくれた……私はエレオノーレお姉さまの様に賢くも無いし、強くもない……目も見えない、世の中の事も知らない私を毎日勇気づけてくれた……だから私は前向きに生きられるの……」

「フローラ……」

「ラインハルト。どうかこれからも私と一緒に居て頂戴ね……私はもうラインハルトがいないと生きられない……」

「当たり前だろう? これからも俺が傍に居るよ」

「約束してくれる……?」

「ああ。フローラ、レッドドラゴンを倒したら、レッドストーンで目を治したら、俺と結婚しよう!」

「ええ! 私、ラインハルトのお嫁さんになりたい!」


 フローラは何度も俺の唇に唇を重ねると、俺は彼女を抱きかかえてベッドに寝かせた。魔装を脱ぎ、彼女の美しいドレスを脱がせた。フローラの美しい肌に雨の様な接吻を降らせ、お互いの愛を確認し合う様に熱い抱擁を交わしながら、何度も愛の言葉を囁いた。


 離れていた時間を埋めるように、俺は何度も彼女を求めた。それから深夜まで愛を育み、お互いの将来について語り合った。ついに再開できたフローラを決して離すまいと、彼女を強く抱きしめながら、俺は彼女の豊かな胸に顔を埋めて眠りに就いた……。



 フローラが俺の頭を撫で、彼女の高く澄んだ声を聞いて目を覚ました。いつまでも聞いていたくなる様な美しい声を聞いていると、俺は無性にフローラが愛おしくなり、何度も彼女の頬に口づけをした。それから俺はフローラと共に朝の時間を過ごし、彼女の着替えを手伝い、長く伸びた艶のある銀色の髪を梳かした。


 フローラはレッドドラゴン討伐の旅について、楽しそうに俺と意見を交換している。旅に持っていく荷物や食料。アイゼンシュタインからファルケンハインまでの道中で訪れる町についてなど。様々な話をしながら、ゆっくりと流れる朝の穏やかな時間を最愛の姫と共に過ごす。


 彼女の髪を整えてから、エメラルドの髪留めを髪に留め、最後に賢者の杖を渡した。フローラはすっかり杖を気に入ったのか、杖を大切そうに両手で持ち、柔和な笑みを浮かべている。俺は魔装を身に付け、部屋を出る前に陛下とアンドレア王妃の肖像画を見た。


 今は亡きアンドレア王妃に、フローラを幸せにしますと心の中で誓うと、フローラが手を差し出した。俺はフローラの手を握り、二人で部屋を後にした……。



 フローラの誕生日を祝う宴が開かれてから、俺達はレッドドラゴン討伐に向けて、本格的に準備を始めた。商人ギルド・ムーンライトのメンバーに頼んで馬車を用意して貰い、ファルケンハイン王国までの旅に必要な荷物を積み込んだ。


 魔術師ギルド・ユグドラシルのマスター、レーネ・フリートさんは希少な攻撃魔法の魔法石をフローラの贈った。雷属性の最上位魔法、サンダーボルトだ。サンダーよりも遥かに攻撃力が高く、魔力の消費量も多い攻撃魔法。幻魔獣のスケルトンキングという魔物が使用する固有魔法なのだとか。人間でこの魔法を習得出来たのは、遥か昔の時代の勇者、サシャ・ボリンガー以外に存在しないのだとか。


 それからレッドドラゴンとの戦闘を想定して、タウロスには火属性の攻撃に耐性がある鎧を特注で用意した。俺は装備を変えずに、父の魔装と魔剣でレッドドラゴンに挑む。フローラはアイゼンシュタインの紋章が入った魔装を身に付けた。これはアンドレア王妃がかつて使用していた物なのだとか。


 全ての準備が整うと、俺はフローラと共に陛下に出発の報告をし、町の人々に見送られながら、ついに町を出た……。

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