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第四十話「賢者の実力」

 爆発的な熱風の中からは無数の炎の槍が生まれ、上空を漂う炎の槍は一斉に落下を始めた。上空に生まれた槍を見上げたレッサーデーモンは、慌てて逃げ出そうとしたが、目にも留まらぬ速度で降り注ぐ無数の炎の槍を避けきれず、体中に槍を浴びて命を落とした。


 魔法を作り上げる速度、威力、効果。全てが超一流だ。フローラの魔法が入門者の魔法の様に思える程の強さを持っている。フローラが得意とする攻撃魔法、サンダーの魔法の威力は確かに高いが、ジルさんがたった今使用した魔法は、フローラの雷とは比較にならない程の攻撃力だ。勿論、俺のソニックブローも彼女が放った無数の炎の槍の魔法の威力には到底及ばない。


「今の魔法はなんですか? 炎の槍を作る魔法ですか?」

「そうよ。炎の槍、ファイアジャベリンを同時に制御した魔法。全盛期は空を埋め尽くす程の槍を作れたんだけどね。今はせいぜい八十本ってところかしら」

「八十ですか? 単発の魔法を八十も同時に制御するなんて! これがジルさんの実力ですか……」

「まぁ、幻影の体での限界はこれくらいかしら。だけど、レッドドラゴンくらいなら杖一振りで消し去れるよ。幻獣程度の魔物には魔法一発もあれば十分さ」

「幻獣程度ですか……」

「ああ。本当に強いのは幻魔獣。人間を凌駕する魔法能力と、知能を持つ魔物さ。スケルトンキングやワイバーンなんかは全盛期の私でも苦戦する魔物だよ」


 俺も幻魔獣の従魔であるヴォルフを持つ人間だから理解出来るが、幻魔獣の強さは桁違いだ。人間よりも遥かに早い速度で成長し、瞬く間に魔法を習得する。幻獣のレッドドラゴン程度の相手に負ける訳にはいかないと思うが、ジルさんの予想によれば、古代のダンジョンで古くから生き延びてきたレッドドラゴンは、幻魔獣程度の強さを持っている可能性があるのだとか。


 地下に幽閉されて生きてきたレッドドラゴンは、長い年月を掛けて力を蓄えている可能性が高いらしく、通常のレッドドラゴンよりも遥かに強いと考えるのが自然なのだとか。それに、敵の正確な生息数も分からない。クリステルはファルケンハインの地下のダンジョンで、冒険者がレッドドラゴンを発見したと言っていたが、レッドドラゴンが群れで生息している可能性もある。


 あらゆる魔物の中でも最も長寿のドラゴン族。中でもレッドドラゴンは非常に獰猛で、集団で狩りを行う事を得意とする。日の入らない地下の空間に幽閉されたレッドドラゴンが地上に出れば、たちまちファルケンハインに住む人間を襲い、大陸の支配を始めるかもしれない。


「ドラゴン族の魔物が大陸を支配していた時代もあった。当時の人間はドラゴンから身を隠しながら生きていたのだとか。私が生まれるよりも遥かに昔の時代だけどね。魔物に大陸を支配されない様に、せいぜい頑張るんだね」

「随分他人事なんですね……ジルさん」

「そりゃそうさ。私はとうの昔に死んでいるんだからね。それに、私は賢者としてもう十分に働いた。だからラインハルト。あんたが騎士として大陸を救いなさい。私の全ての力を授けても良いと思っている。この六ヶ月間で全てを学びなさい」

「はい! ジルさん!」

「素直で宜しい。体力的には合格だが、これからは毎朝レッサーデーモンとの楽しい遠足を行う事にしようじゃないの」

「楽しい遠足? そんなに穏やかなものではありませんでしたが……」


 ジルさんは楽しそうに俺を見上げると、俺達は二人で森を歩きながら帰路についた。早朝から『レッサーデーモンとの楽しい遠足』を行い、午前中は座学をしながら失われた体力を回復させる事になった。そして、効率良く体を作るために、ジルさんは俺のためにタンパク質を中心とした料理を作ってくれる事になった。


 重力の魔法によって実際の体重よりも遥かに重くなったジルさんを背負い、一時間も森を走り続けたのだ、体中の筋肉が悲鳴を上げている。立っているだけでも足が震えている。なんと情けないのだろうか。これが国王陛下から騎士の称号を授かった冒険者の姿……。今の情けない姿は誰にも見られたくないな。俺はタウロスとの訓練で十分に肉体を鍛えたと思っていたが、まだまだ訓練が足りていなかった様だ。


 家に戻ってくると、俺は床に倒れ込んだ。既に体力は限界を迎えており、もう少しも体を動かす事も出来ないだろう。たった一時間の訓練で全ての力を使い果たして仕舞った。そんな様子をジルさんは微笑みながら見つめている。発言は厳しく、訓練の間は容赦なく俺を痛めつけてくるが、訓練が終わればとても気さくで一緒に居るだけで楽しくなるような人だ。それに、ケットシーという生き物はとても愛らしく、近くにいれば何度も俺に頬ずりをし、俺の膝の上で体を丸めて甘えてくる。これなら厳しい訓練も耐えられそうだ。


 暫くするとジルさんが料理を終えた。彼女は杖を振ると、部屋の中央には木製のテーブルが現れ、テーブルの上には大量の料理が並んだ。これは付近に生息する魔物の肉から作った料理なのだとか。皿には山盛りの肉が盛られており、ステーキや唐揚げ、それからシュルスクのスープにサラダ。そして極めつけは巨大なボウルに入ったスパゲッティだ。


「筋肉を増やすためには栄養は十分に摂っておく必要がある。さぁ、この食事を全て片付けるんだよ。ラインハルトは男なんだからこれくらい食べれるだろう?」

「これはあまりにも多すぎませんか?」

「百キロ近い私を背負って走ったんだ、体中の筋肉が傷ついているだろう。さぁ食べるんだよ。死ぬほど鍛えて大量の栄養を摂取すれば、その小さな体も短期間で爆発的に筋肉を増やす事が出来る。シュルスクのスープには、栄養の吸収を早める薬草を混ぜておいたからね」

「百キロ? 道理で死ぬほど重いと思いましたよ。毎日タウロスのヘヴィアクスを使って鍛えたきた私でも、投げ出したくなる程の重さでしたからね」

「うむ。食事をしながら私が魔法学について授業を行うからね。早速始めようじゃないの」


 それから俺は大量の食事を摂りつつも、ジルさんの魔法に関する授業を受けた。ジルさんの料理は美味しく、最初は古い時代の料理に感動しながら食事をしていたが、次第に大量の料理に吐き気を感じ始めた。これも筋肉を増やすためだと思いながら、永遠と栄養を胃に詰め込んだ。


 飽和状態までタンパク質や炭水化物を摂取すると、枯渇していた活力は徐々に回復を始め。魔力が体に満ち溢れた。歩くだけでも全身の筋肉が震えていたが、暫く休んだせいか、体力も回復したようだ。


「そろそろ外で魔法の訓練をしようじゃないの」

「魔法も教えて頂けるんですね!」

「勿論さ。体だけ鍛えても強くはなれないからね。まずは火属性の魔法から教えるよ。ラインハルトはファイアの魔法が使えるのだろう? 試しに一発ファイアの魔法を撃ってみなさい。実力を見てあげるよ」


 ファイアの魔法なら何度も練習してきたらから自信がある。ファイアとソニックブローだけを永遠と練習してきたのだから。両手を空に向けて精神を集中させる。体内の魔力を掻き集めて炎を作り上げると、辺りには強い熱風が吹き始めた。両手を包むように爆発的な炎が生まれると、俺は集めた魔力を放出した。


 巨大な炎の塊が空を裂き、静かな森に爆発音を轟かせると、炎が炸裂して辺りを燃やし尽くした。ジルさんは俺を見上げて微笑むと、上空に右手を向けて魔法を唱えた。


『メテオストーム!』


 ジルさんが魔法を唱えた瞬間、上空には無数の岩が出現し、岩に纏わりつく様に炎が燃え始めた。家よりも大きな岩の塊は、辺りに強烈な炎を散らしながら高速で落下を始めた。炎を纏う無数の岩が地面に落ちると、俺はバランスを失って膝をついた。地面を揺るがす程の強力な魔法に狼狽しながらも、何とか立ち上がると、岩が次々と地面に落下し、辺りには巨大な爆発音が響き続けた。


 ジルさんの偉大な魔法を目にしながら、俺は自分の魔法の弱さ、騎士としての弱さを実感した。メテオストームの様な強力な魔法が使えれば、幻獣は一撃で倒せると自信を持って発言出来る訳だ。遥かに昔に命を落とし、幻影の状態で使用した魔法が、これ程までの威力を持っているのだ。全盛期のジルさんなら一発の魔法で地面を割る事も出来たかもしれないな……。


「どうだね。これが本物の攻撃魔法さ。あんたのファイアの魔法はまだまだ未熟。そんな魔法で火属性のレッドドラゴンに挑めば、強烈なブレスを全身に浴びて一撃で命を落とすだろうね」

「とてつもない威力ですね。これが本物の攻撃魔法ですか……今までの私の魔法は一体なんだったのでしょうか」

「今の魔法はメテオという地属性と火属性の融合魔法を同時に使用したもの。メテオは単発でも十分な殺傷力を持つ魔法だが、同時に使用した方が遥かに威力が上がるんだ」

「流石です……賢者様。これからの訓練が楽しみで仕方がありません!」

「うむ。それでは訓練を始めようか。六ヶ月間ではメテオの様な高等な魔法を習得する事は出来ない。まずはファイアの魔法を学び、ファイアの魔法を応用したファイアジャベリンとファイアボルトを習得しようじゃないの」

「宜しくお願いします! ジル師匠……!」

「あら、師匠だなんて。なんだか随分久しぶりに聞く言葉だわ」


 師匠はモフモフした小さな手で顔を隠し、恥ずかしそうに俺を見上げると、俺は師匠の偉大さを初めて実感した。メテオストームか。騎士である俺にあの様な高等な魔法が習得出来るとは思えないが、少しでも師匠に近づくために、死ぬ気で訓練をしよう。


 それから俺と師匠の地獄のような魔法訓練が始まった……。

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