第四話「王国を目指して」
ダリウスを肩に乗せて市場を歩く。彼は新しい装備が気に入ったのか、嬉しそうに槍を握り締め、市場を見渡している。ロビンもすっかり戦士の様な見た目になり、円形の盾と斧を背負っている。更に仲間を増やせば、より効率良く狩りが出来る様になるだろう。魔石を集めて自分自身と仲間を強化しながら、強い召喚獣を探すとしよう。
アーベルさんに連れられて保存食を取り扱う店に来た。アーベルさんと共に、旅に必要な食料を買い込む事にした。ロビンとダリウスは肉が好きなのか、大きな乾燥肉の塊を買うと言って聞かなかった。購入する物をバスケットに入れて店主に渡す。人生で二度目の買い物だ……。
・乾燥肉 日持ちする大きな肉の塊。
・乾燥フルーツ ビタミンを補給するためにアーベルさんが選んでくれた。
・調理器具 軽量化された金属製の鍋とフライパン、食器、水筒、調味料など。
・ナッツの詰め合わせ 瓶にナッツが入った物。小腹が空いた時に食べるとしよう。
・チーズ 日持ちする硬いチーズ。育ち盛りの仲間のためにも、タンパク質が必要だ。
・堅焼きパン 値段は通常のパンより高いが、日持ちするらしい。
・葡萄酒 旅の疲れを癒やすために買っておこう。
代金は千ゴールドだった。食料を買い込むと、俺達は一度アーベルさんの家に戻り、アマンダさんとカミラに別れを告げてから旅立つ事にした。
「ラインハルト。いつでも戻ってくるのよ。王国での生活が落ち着いたら手紙を頂戴な。これが私達の家の住所よ」
「分かりました! アマンダさん、お世話になりました。またいつか戻ってきます」
「うむ。また会おう。ラインハルト」
「ラインハルト……カミラ、待ってるからね!」
俺達は三人と熱い抱擁を交わすと、ロビンとダリウスは目に涙を浮かべた。短い間だったが、温かい家庭に居られて良かった……。すぐに出発しよう。
村の北口を出て森に入り、アイゼンシュタイン王国までの道を北上する。四時間ほど森を進むと、ダリウスが槍を構えて飛び上がった。どうやらダリウスは魔物の気配に敏感なのか、暫く上空を旋回して敵を探すと、俺の元に降りてきた。
「この先からスケルトンの臭いがする。気持ち悪い臭いだからすぐに分かるよ」
「スケルトン……何度か書物で見た事があるな。確か、闇の魔力が濃い場所で魔物が命を落とし、骨の体で蘇った魔物だよね」
「ラインハルト。スケルトンを倒して魔石を集めようよ」
「そうしようか。ロビン、ダリウス。この先で俺達はスケルトンと戦う事になると思うけど、危なくなったらすぐに逃げ出すんだよ」
「分かったよ……」
俺はダリウスとロビンの頭を撫でると、彼等は嬉しそうに微笑んだ。なるべく多くの魔物を狩り、強化石を集めてステータスを上昇させる。スケルトンと戦闘を行う前に、昨日手に入れた強化石を使おう。
ゴブリンが落とした強化石を手に持つと、強化石は辺りに弱い光を放ち、光は俺の体内に流れた。『イェーガーの指環』を使用してステータスを確認しよう。指環に精神を集中させると、目の前に光の文字が浮かび上がった。
『LV.25 魔王 ラインハルト・イェーガー』
力…255 魔力…120 敏捷…205 耐久…220
力が若干上昇しているな。レベル25というのは、冒険者として強い方なのだろうか? 他人のステータスを見た事が無いから分からない。ちなみに、以前一度父のステータスを見た事があったが、レベルは軽く100を超えていた。幼い頃だったから具体的な数値は覚えていないが、確か父は『レベル100もあれば大陸を支配できるだろう』と言っていた。勿論、俺は大陸を支配する気など毛頭ない。
ダリウスはスケルトンの臭いを辿りながらゆっくりと森を進み始めた。俺とロビンはダリウスを追いながら、辺りを警戒して進む。スケルトンの数が少ない事を祈りながら森を進むと、ダリウスが立ち止まった。
森の奥から女性の悲鳴が聞こえた。急いで声の元を探すと、無数のスケルトンが女性を取り囲んでいた。長い黒髪に立派なメイルを着込んだ女性が、スケルトンから襲撃を受けているのだ。彼女は商人なのだろうか、馬車を守る様に剣を構えながら、目に涙を浮かべている。
「ダリウスは上空から槍とファイアの魔法で攻撃を! ロビンは俺と来てくれ!」
仲間に指示を出すと、ダリウスは槍を構えて飛び上がった。女性は突然のガーゴイルの出現に驚いたが、俺が姿を現すと召喚獣だと気がついたのか、大声で俺に助けを求めた。すぐに助けると返事をしてから、ロビンと共にスケルトンを挑発した。
敵の数は十五体程だろうか。白骨の体をした魔物は、錆びついた剣を構えて襲い掛かってきた。ロビンはスケルトンの剣を盾で防ぐと、強烈な垂直斬りを放ってスケルトンの頭骨を叩き割った。ロビンは意外と戦闘能力が高いのか、敵の攻撃を盾で受け、瞬時に反撃している。
七体のスケルトンが俺を取り囲み、一斉に剣を振り上げた。動きが遅すぎる……。日常的に魔王と剣を交えていた俺からすれば、スケルトンの剣はあまりにも遅い。敵が剣を振り下ろす前に、ありったけの魔力を込めた水平斬りを放ち、四体のスケルトンをまとめて吹き飛ばした。残る三体のスケルトンは、俺の攻撃を恐れて逃げ出そうとしたが、俺はファイアの魔法でスケルトンを燃やし、瞬時に敵を切り裂いた。
ダリウスはスケルトンの攻撃が届かない上空から、槍を使ってスケルトンに攻撃を仕掛けている。攻撃の威力はロビンよりも低いが、敵の攻撃範囲外からの槍の攻撃は、着実に相手にダメージを与えている。
「今助けます!」
涙を浮かべる女性に対して叫ぶと、女性は安堵の笑みを浮かべた。美しい女性だ……。きっと俺よりも年上だろう。すぐに救出しなければならないな。
ロビンは次々とスケルトンを狩り、俺はダリウスと協力して、逃げまとうスケルトンを駆逐した。全てのスケルトンを狩ると、女性は気を失ってしまった。きっと無数の敵に囲まれて緊張が限界に達していたのだろう。
俺は女性を抱き上げると、森の中で安全な場所を探し、暫く休憩する事にした。ロビンはスケルトンの魔石を回収して俺に渡してくれた。強化石が十四個、召喚石が一個だ。強化石は魔力を上昇させる物だろうか。全ての強化石を使用してからステータスを確認する。
『LV.25 魔王 ラインハルト・イェーガー』
力…255 魔力…134 敏捷…205 耐久…220
魔力が十四も強化されている。だが、まだまだ先代の魔王、ヴォルフガング・イェーガーの強さには及ばないな。強化石を集めながら訓練を続けて、強い冒険者になろう。
今日は森で野営をする事になり、ダリウスは上空から川を探して水を汲みに行き、ロビンは周囲に生えているキノコを採りに行った。俺は馬車と女性を守るために周囲を警戒している。馬車を牽く馬は心配そうに俺を見つめている。馬がこれ程までに美しい生き物だとは思わなかった。全ての生き物、環境が新鮮だ。
暫くするとダリウスとロビンが戻ってきたので、俺は料理をする事にした。鍋に油を引いてからファイアの魔法で加熱する。それからキノコを投入し、調味料で味付けをする。次にチーズを切り、断面を直火で温める。温めたチーズの断面をナイフで削ぎ落とし、キノコに掛ける。チーズが掛かった濃厚なキノコ料理の完成だ。新鮮な食材があれば良いのだが、保存が利く食料しか持ってきていないので、随分質素な夕食になってしまった。
堅焼きパンと乾燥肉、キノコ料理があれば仲間は満足してくれるだろう。女性は香ばしいチーズの臭いで目が覚めたのだろうか。眠たそうに起き上がると、じっと俺を見つめた。宝石の様に透き通る紫色の目がとても美しい。
「助かったの……?」
「はい! スケルトンは俺達が倒しましたよ。危ないところでしたね」
「そうね……助けてくれてありがとう。私は行商人のヘンリエッテ・ガイスラーよ」
「俺はラインハルトです。それからこの子はガーゴイルのダリウス。ゴブリンのロビンです」
自己紹介をする時は姓を名乗った方が良いだろうか。流石にイェーガーの姓を使う事は出来ないから、今度自己紹介をする時は母の旧姓を使う事にしよう。
「ガイスラーさん。まずは夕食にしませんか? 質素な物ですが、良かったら食べて下さい」
「私の事はヘンリエッテと呼んで頂戴。料理、頂くわね。何から何までありがとう」
俺はヘンリエッテさんに料理を渡すと、彼女は思い詰めた顔で料理を見つめた。なぜ森の中でスケルトンに襲われていたのだろうか。一人で魔物が出る森に入るのは危険だと思うのだが……。
葡萄酒を取り出してゴブレットに注ぎ、口に含む。爽やかな酸味と弱いアルコールを感じる。それから乾燥肉を齧り、キノコを頬張る。濃厚なチーズが口の中で広がり、コリコリとしたキノコの食感が美味しい。
「ラインハルト。私の事、スケルトンにも勝てない情けない女だって思ったでしょう……?」
「え? そんな事思いませんよ。むしろ複数の魔物に囲まれて、大きな怪我一つ負っていないのは凄いと思いました」
「本当……?」
「はい! ヘンリエッテさん。どうして一人で森に居たのか、聞いても良いですか?」
俺はヘンリエッテさんに葡萄酒を渡すと、彼女は一気に葡萄酒を飲み干した。それから俺の隣に腰を掛けると、彼女はゆっくりと語り始めた……。