第三十五話「魔法道具屋」
木造の小さな魔法道具屋は背の高い木々に囲まれており、町中にあるにも拘らず、緑が小さな店を包み込むように鬱蒼と茂っている。アーチ状の門を抜けて木製の年季の入った扉を開ける。
室内には紅茶と薬草が混じった様な爽やかな香りが漂っており、所狭しと魔法道具が並んでいる。ドーム状の魔法道具屋には、壁一面に杖や魔物の素材が展示されており、規則正しく並んだ大小様々な杖を眺めているだけでもとても面白い。
店内にはファイアの魔法石やサンダーの魔法石が浮いており、空中で美しい光を放ち、年季の入った家具や魔法道具を照らしている。とても雰囲気の良い店で、一日中眺めていても飽きそうにない。用途すら分からない、見た事も無い魔法道具の数々に、俺の胸は高鳴った。
「あら、レーネじゃないの。隣に居るのは新しい恋人かい?」
「お久しぶりです! もう……私が恋人なんて出来ない事を知りながら、アンネリーゼさんはまた冗談を言うのだから」
「なかなか来ないからもう結婚して隠居したのかと思っていたわ。まだギルドマスターとして忙しく働いているのかい?」
「はい。まぁ、結婚してもギルドマスターは続けると思います。結婚の前にまずは恋人を作らなければならないのですが……」
レーネさんは頬を赤らめながら、年配の女性と談笑している。年齢は六十代前程だろうか。美しい銀色のローブを纏う女性は、静かに俺を見つめ、俺の手を握った。
「どれどれ。今日のお客さん魔力を占ってみようじゃないの」
「魔力を占うんですか?」
「ラインハルト。アンネリーゼさんは触れた相手の属性、魔力、種族なんかを当てられるのよ。初めて店に来た人はみんなこの洗礼を受けるの」
「洗礼ですか?」
「ええ。店のレベルの合わない人はたちまち追い出されるのよ。全く、ひどい店主よね」
「私は自分が作った道具を売る相手を選んでいるのさ。魔法道具は非常に強い力を持っているからね。中途半端な人間に道具を売るつもりはないんだ。魔法は相手を殺める事も出来るのだからね。さてさて、こんな魔力は感じた事もない……あんたは一体何者なんだい? 全ての魔物を駆逐するような、強烈な力を秘めながら、民を守る神聖な魔力を持っている。まるで聖者と悪魔から生まれた様な力だわ……」
アンネリーゼさんは俺の魔装に触れ、金属の質感をゆっくりと楽しむ様に魔装を撫でた。それから胸元に留まっている二つの勲章を食い入るように見つめ、最後に魔剣を見せてくれと言った。俺は魔剣を抜くと、アンネリーゼさんは魔力を込めてご覧と言った。
魔剣・ヴォルフガングを両手で持ち、銀色の輝く刃に魔力を流す。ソニックブローが持つ独特な赤い魔力が刃を包み込むと、アンネリーゼさんは目を見開いて喜んだ。
「これはこれは……伝説の攻撃魔法、ソニックブローかい。まさか、あんたが最近町で噂のラインハルトとかいう騎士かい?」
「はい。私はアイゼンシュタインの騎士、ラインハルト・フォン・イェーガーです」
「第七代魔王でもありながら、国王陛下からアイゼンシュタイン騎士団勲章、アイゼンシュタイン十字章を授与された冒険者。お客から話を聞いた事があるわ。いつか会ってみたと思っていたけど、まさか私の店に来てくれるとは! 私は魔法道具屋のアンネリーゼ・ブラント。ユグドラシルの創設者さ」
俺は店主と硬い握手を交わすと、ブラントさんは優しい笑みを浮かべた。彼女の手からは陛下やフローラの様な清らかな魔力を感じる。
「私の占いも外れてなかったみたいだね。魔王の息子として生まれながら、民を守る冒険者になり、陛下から騎士の称号を授かった。第一王女のエレオノーレ様と第三王女のフローラ様を救い、ブラッドソードを崩壊させた最強の冒険者。全く……こんなに嬉しい日はないわね。会えて光栄だわ、ラインハルト」
「こちらこそ、お会い出来て光栄です!」
「それで、私の店に何を探しに来たんだい? 民を守る若き騎士のためになら、どんな道具でも用意しよう。何でも言ってみるが良い」
「実は。フローラ王女のための杖を探しています。聖属性、もしくは雷属性の杖があれば、贈り物にしようと思っているのですが」
「杖ならいくらでもあるわ。だけど、少し特別な物を用意しましょうか。一国の王女が使用する杖なのだから。レーネや、あの杖はどうかしら?」
「あの杖と言いますと、賢者の杖ですか?」
「うむ。少し試してみようか」
ブラントさんは楽しそうに笑みを浮かべながら、店の奥に入った。ブラントさんは倉庫から大きな箱を持ってくると、埃の被った木製の箱を店内に置いた。随分長い間使用されていなかったのだろう。古ぼけた箱からは強い魔力が流れ出し、俺を刺激する様に敵意を見せた。
「この箱には封印の魔法を掛けてある。封印を解くには、いにしえの賢者が用意した試練を乗り越えねばならないという伝承があるが。あまりにも強い力を持つ杖だから、賢者は力を持たない者が使用出来ないように封印したのだ。確かレーネは一度試練に挑戦した事があったね」
「そうですね。あの時は見事に失敗して、確か三週間ほど意識を失いました。あと少しのところで杖を手にする事が出来たのですが……」
「賢者が用意した試練を乗り越える事が出来れば、賢者の杖を頂けるという訳ですね? 是非私に挑戦させて下さい。フローラのために最高の杖を用意したいので」
「そうかい。それなら挑戦させてやろうじゃないの。まぁ命まで奪われる事はないだろうな……」
「え? なんですって?」
「今のはなんでもないよ。さぁ、箱の前に立ってご覧」
ブラントさんがさり気なく恐ろしい言葉を口にした気がしたが、気のせいだろうか。ブラントさんの指示する通りに箱の前に立つと、彼女は俺と箱を囲む様に魔法陣を書き始めた。試練を行うための複雑な魔法陣が完成すると、レーネさんは今にも泣き出しそうな顔で俺を見た。
「ラインハルト! 生きて返ってくるのよ!」
「え? レーネさん?」
「若き騎士よ。自分の正しさを証明しなさい。そうすれば杖は必ず手に入るだろう」
ブラントさんが俺を見上げて微笑んだ瞬間、魔法陣は爆発的な光を放ち、俺の意識は遠のいた。
次の瞬間、俺は深い森の中で目を覚ました。ここは何処だ……? 俺はブラントさんの魔法道具屋に居た筈だが。一体何が起こっているのだろうか。魔剣を抜いて辺りを見渡す。深い森がどこまでも続いており、一本の獣道が延びている。道なりに進めば良いのだろうか? ここは古き時代の賢者が、自身の杖を後世に遺すために作り上げた空間なのだろうか。この場からどうやってアイゼンシュタインに戻れば良いのかも分からない……。
背の高い木々が太陽を遮って闇を作り、辺りには禍々しい魔力が流れている。道を進むつれ、肌を刺す様な魔力が森から流れてくる。後方からは複数の視線を感じる。何者かに尾行されているのだろうか。魔剣を持ちながら精神を集中させ、賢者がこの試練を作り上げた意味を探るとしよう。
賢者の杖を使うに相応しい人物を選ぶための試練という事に違いはないだろう。俺は近い将来、フローラと共にレッドドラゴン討伐のためにアイゼンシュタインを出て、ファルケンハインの古代のダンジョンに潜る事になる。その際に、少しでもフローラの身を守れる力が欲しい。
強力な杖があれば、ダンジョン攻略の際にフローラの生存率を上げる事が出来るだろう。幻獣のレッドドラゴンを相手にして、生きて帰れるかも分からない。少しでも優れた装備を入手し、万全の状態でダンジョン攻略に望むつもりだ。
背後から無数の視線を感じ、複数の足音が近づいてくる。敵が俺を襲うつもりなのだろう。足音から察するに、体重は俺よりも軽く、敵の数は三十以上。金属が触れ合う音が微かに聞こえる事から、武器や防具を持つ者だという事が推測出来る。
暫く森の中を進むと、俺は一軒の古ぼけた家を見つけた。森から伸びた道がこの家に続いている事から、賢者の試練に関連する建物なのだろう。朽ち果てた木造に家に入ると、そこには見た事も無い生き物が居た……。




