第三十二話「騎士の誓い」
アイゼンシュタインから馬で三週間ほど北上した場所に位置するファルケンハイン王国。王国の地下に古代のダンジョンの入り口が発見され、一人の冒険者がダンジョン内でレッドドラゴンと遭遇したのだとか。
アイゼンシュタインに来てから、レッドドラゴンに関する手がかりを探し続けていたが、やっと有力な情報を得る事が出来た。ファルケンハインの地下に幻獣が潜んでいるという情報は、王族以外に知る者はなく、一般の冒険者には公開されていないのだとか。しかし、レッドドラゴンの発見者が一般の冒険者だからか、町の地下に悪質な幻獣が潜んでいるとの噂が王国内に広がっているらしい。
ファルケンハイン王国では、アイゼンシュタイン王国と同様に、王位継承を指名で行うらしい。第一王女のクリステルと、第二王女のローゼマリー。二人の王女の内、古代のダンジョンの地下に眠る聖剣を見つけられた方が、次期国王に指名されるのだとか。
ファルケンハインの国王は、二年前に魔物との戦闘で呪いに掛かり、このまま国王としての職務を継続する事は不可能だと考えたのだとか。そして王国の地下に古代のダンジョンを見つけ、二人の娘にダンジョンの攻略を命じた。
古代の勇者が聖剣を用いて魔物を封印したという伝承をクリステルが教えてくれた。勇者は聖剣の力によって、魔物がダンジョン内に封印したが、聖剣の持つ力は次第に弱まり、地下に封印されていた魔物が蘇ったのだとか。
「ダンジョンにレッドドラゴンが居るなら、俺がダンジョンの攻略に挑むしかないな」
「本当? 私に力を貸してくれるの?」
「ああ。俺は愛する人のためにレッドドラゴンを狩らなければならないんだ」
「愛する人……? ラインハルトには恋人が居るの?」
「そうだよ。フローラという美しい恋人が居るんだ。人生で初めて出来た恋人なんだけど、彼女は生まれつき盲目なんだ。以前からレッドドラゴンに関する情報を集めていたのだけど、目撃情報すらなくて諦めかけていたんだ……」
「そうだったのね。レッドドラゴンが持つレッドストーン。私は聖剣さえ手に入れば良いから、レッドストーンには興味ないわ」
クリステルは優しい笑みを浮かべて俺を見つめると、何だか俺は無性に嬉しくなった。やっとフローラにこの世界を見せられるんだ。レッドストーンを入手出来るのなら、俺は何でもするだろう。正直、ファルケンハインの王位継承問題には興味がない。冒険者として、フローラの恋人として、古代のダンジョンに生息するレッドドラゴンを倒すまでだ。
「レッドドラゴンに関する情報を教えてくれてありがとう! 今日は最高の日だよ。長い間、探し続けてきたレッドドラゴンの居場所が判明したのだから!」
「喜んで貰えたなら嬉しいわ! 私の依頼は、ダンジョンに隠されている聖剣の入手。現在、ファルケンハインのダンジョンは、国が許可した冒険者しか立ち入る事が出来ないの。どんな悪質な魔物が潜んでいるか、正確に把握出来ていないからね。王女としての権限で、ラインハルトのダンジョン攻略を許可するわ」
「ありがとう。こんなに貴重な情報を届けてくれて。最高の気分だよ。クリステルの依頼を正式に受けよう」
暫くクリステルと共に町を歩くと、俺達は髪留めを作る職人の店に到着した。職人は夜も店内で商品の製作しているらしく、店には明かりが付いている。クリステルと共に店内に入ると、四十代ほどの店主が唖然として表情を浮かべ、俺達を迎えてくれた。
「イェーガー様! まさか、騎士様が私の店に来て下さるとは!」
「遅い時間にすみません。実はフローラ王女のための髪留めを探しているのですが」
「フローラ様の髪留めですか? かしこまりました! 最高の髪留めをお持ちします!」
店主は満面の笑みを浮かべて店内を回り、次々と高級な髪留めを持ってきてくれた。美しい白金製の、いかにも高級そうな髪留めを持ってくると、俺は女性に贈り物をした事がないから、どの商品を買えば良いのか分からなくなってしまった。
「ラインハルトの恋人って、アイゼンシュタインの王女様なの?」
「ああ、そうだよ。俺が平民だった頃から一緒に居る女性なんだ。正式に交際を始めたのは、騎士の称号を得てからだけど」
「私も会ってみたいな。ラインハルトの恋人……」
「すぐに会えるよ。彼女は冒険者ギルドのマスターだから、今回のレッドドラゴン討伐にも同行すると思う。レッドドラゴンを倒すために、魔法の訓練を積んでいるからね」
「王女様が直々にレッドドラゴンの討伐を? まぁ、私も王女だけど、アイゼンシュタインの様な、大国の王女様が我が国を訪れてくれるなんて、本当に光栄だわ」
職人は髪留めをいくつもカウンターに並べると、俺はフローラに最も似合いそうな髪留めを選ぶ事にした。どの髪留めも金や白金から出来ている高級品だ。色とりどりの宝石が散りばめられている髪留めの中から、俺はエメラルドを使って作られた髪留めを選んだ。
「どうしてその髪留めにするの?」
「実は、国王陛下の目の色がエメラルドに近い色だから、フローラの目が開いたら、きっとこの宝石によく似たエメラルド色だと思うんだ。実際の目の色は分からないけどね」
「随分恋人想いなのね。私にもラインハルトみたいな恋人が居れば良いのに……」
髪留めの代金を支払うと、俺は商品を受け取って店を出た。まずはクリステルが滞在するための場所を探さなければならない。城の客室を使うのが良いだろうか。突然のファルケンハイン王国、第一王女の訪問に陛下は驚くだろうが、一度誘拐されているのだから、最も警備が厳重な場所に泊まって貰った方が良い。
それから俺はクリステルと雑談をしながら、中央区にある城に入った。城の兵士とも定期的に交流しているからか、兵士達は俺の隣に居るクリステルを見て、『浮気ですか』と軽口を叩いたが、彼女の身分を明かすと慌てて謝罪をした。
俺は一週間ぶりに陛下と再開し、熱い抱擁を交わしてからクリステルを紹介した。陛下はクリステルの訪問に驚きながらも、彼女がレッドドラゴンに関する情報を話すや否や、満面の笑みを浮かべてクリステルを抱きしめた。俺は陛下の前で跪き、クリステルの依頼を正式に受けた事を伝えると、彼は大粒の涙を流して喜んだ。
「アイゼンシュタインの騎士、最強の冒険者であるラインハルトが、我が娘のためにレッドドラゴンを討伐してくれる……! こんなに嬉しい知らせを聞いた事は、未だかつて無いかもしれん……」
「陛下。私が必ずレッドドラゴンを仕留め、フローラのためにレッドストーンを手に入れてみせます!」
「うむ。ラインハルトなら必ずやレッドドラゴンをも討つ事が出来るだろう。幻獣よりも位の高い、幻魔獣のフェンリルを従えているのだからな! フローラもついに自分の目でこの世界を見れる様になるのか……」
「はい! 陛下、私も今から楽しみで仕方がありません……」
「フローラの誕生日の前日に、これ程までに心躍る朗報を聞けるとは、私はなんと幸せな男だろうか……」
陛下は涙を流して喜ぶと、就寝の前に果実酒を一杯飲みたいと言ったので、俺はいつも通り、陛下と共にバルコニーでシュルスクの果実酒を飲む事にした。いつの事だったか、陛下は俺の事を、『新しい息子が出来たみたいだ』と言ってくれたが、陛下は言葉通り、俺を家族の様に愛してくれている。勿論、俺も陛下の事を自分の父親の様に愛している。
魔王の息子として生まれた俺を受け入れてくれ、騎士の身分を証明する騎士団勲章と、アイゼンシュタイン十字章を与えて下さったのだ。二つの勲章は陛下からの信頼の証だと思っている。特別な日にしか勲章を付ける事はないが、いつも魔装の内側、心臓の近くに陛下から頂いた勲章を忍ばせている。辛い時でもこの勲章を見て陛下を思い出せば、不思議と活力が湧いてくる。
クリステルは緊張しながら陛下と果実酒を飲み、アイゼンシュタインの町を見下ろしながら雑談をしている。陛下が一杯だけ果実酒を飲みたいと言う時は、大抵、三杯以上果実酒を飲む。勿論、彼が好んで飲むのは、アンドレア王妃が好きだったシュルスクの果実から作られた果実酒だ。陛下と共にバルコニーでお酒を飲み、冒険の話や、王国の防衛の話をしている時が、俺にとっては至福の一時だ。
毎日早朝から、王国の防衛のために、アイゼンシュタインの付近に巣食う魔物を狩り、時間に余裕がある時は、兵士や衛兵に戦い方を教えている。精神的にも辛い事もあれば、肉体が疲れ果てる事もある。いくら疲れても、フローラや国王陛下の事を思い出せば、不思議と活力が湧いてくるのは、彼等だけが持つ、王族だけが持つ力なのだろうか。それとも、俺の事を無条件で受け入れてくれる、陛下とフローラの愛の力なのだろうか。
俺とクリステルは遅くまで陛下と共に果実酒を飲み、それから俺は陛下を客室まで案内し、クリステルと別れて城を出た。城の外で待っていたヴォルフに飛び乗ると、俺はお酒で火照った体に冬の冷たい風を受けながら夜の町を走り出した……。




