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第二十九話「訪問者」

 女性は扉に手を掛けるが、顔を赤らめて扉から手を放し、ギルドの前を何度も往復した後、また扉に手を掛けた。一体何をしているのだろうか。ギルドに用事があるみたいだが、入るのが恥ずかしいのだろうか。


 俺も初めてレッドストーンの扉を開いた時は、随分緊張したものだ。シュルスクのパイを焼く、美しい銀髪の少女に釘付けになり、それから乱雑とした室内を見渡して唖然とした。懐かしい記憶が脳裏に浮かび、唇から自然と笑みが溢れる。


「レッドストーンに何か御用ですか?」


 俺が声を掛けると、立派な白金の鎧に身を包んだ女性は、驚いてこちらを振り向いた。年齢は十代後半だろうか。黒髪のポニーテールに一重瞼の三白眼。金で作られている豪華な首飾りに、宝石を散りばめた腕輪を嵌めている。大きな宝石が嵌った剣を腰に差しており、鎧を隠すように深緑色の美しいマントを纏っている。


 身長は百六十五センチ程だろうか。女性は咄嗟に後退すると、つり目気味の三白眼で俺を見た。腰に差す剣の柄に手をかけながら、ゆっくりと近づくと、胸を張って俺を見上げた。


「お前はレッドストーンの冒険者か?」

「はい。そうですよ。ギルドに何か御用ですか?」

「私はファルケンハイン王国第一王女、クリステル・フォン・ファルケンハインだ! 平民よ、頭が高いぞ!」

「はっ! 失礼しました。姫殿下」


 俺は地面に膝を付き、深々と頭を下げた。まさか、気軽に話し掛けた相手が他国の王女だったとは。暫く頭を下げていると、フローラがギルドの扉を開けた。彼女は盲目だからこの状況が見えていないのだが、不安そうな表情を浮かべている。ダリルとロビンがフローラの背後から顔を覗かせると、二人は姫を見るや否や、フローラの手を引いて扉を閉めた。召喚獣から嫌われる王女か……。ヴォルフは退屈そうに姫の存在を無視し、舌で毛を舐めている。ヴォルフは完璧に格下と判断したみたいだ。


 国王陛下の前に居る時は、彼は美しい姿勢で座り、優しい眼差しで陛下を見つめている。敬意を払う価値があると思った相手にのみ敬意を払うのは、やはり魔物だからだろうか。俺は相手が何者かも分からないから、アイゼンシュタインの騎士として、失礼のない様に対応をしなければならない。ちなみに陛下はヴォルフの事をいたく気に入っており、アイゼンシュタイン王国の紋章が入った美しい首輪をヴォルフにプレゼントして下さった。


「平民よ! ここに幻魔獣のフェンリルと幻獣のミノタウロスを従える冒険者が居ると聞いた! その者を今すぐここに連れて来い!」

「その冒険者に何か御用ですか?」

「ああ! お前の様な一般の市民に話す義理はないが、私が直々に魔物の討伐を依頼しに来てやったのだ! 幻魔獣と幻獣を従える冒険者を連れてこい!」


 辺りには冒険者区に住む市民や冒険者達が集まってきた。王国の騎士である俺が頭を下げているからか、市民達は怪訝な表情で姫を見つめている。


「ラインハルト様を跪かせるなんて……! なんて恥知らずな女だ!」

「ブラッドソードを壊滅させた騎士様に無礼ではないか!」

「彼は王国を守るために、魔物を討伐して下さっている騎士様だぞ! 小娘は引っ込め!」


 市民や冒険者達が罵声を浴びせると、姫は青ざめた顔で俺を見下ろした。俺は再び頭を垂れると、姫は力なく座り込んだ。


「ラインハルト様……? あなたがラインハルト・フォン・イェーガー様ですか? アイゼンシュタイン騎士団勲章とアイゼンシュタイン十字章を受賞したという、最強の騎士様……?」

「はい。私がラインハルト・フォン・イェーガーです。アイゼンシュタインの騎士、冒険者ギルド・レッドストーンのメンバーです」

「まさか……王国の騎士様が冒険者? 噂に聞いた最強の冒険者とは騎士様の事だったとは……」


 姫は俺を一般の平民と呼んだが、俺は騎士爵を持つ準貴族だ。同じ王族だとしても、エレオノーレさんやフローラとは性格が随分違うみたいだ。二人は自分が王族だという事も気にかけずに、俺と接してくれる。


 ファルケンハインの若き姫は目に大粒の涙を浮かべると、自分の失態にようやく気がついたのか、集まった野次馬をかき分けて走り去った。流石に他人に魔物討伐を依頼する態度ではないので、俺は彼女の依頼を受ける事はないだろう。まるでビスマルク衛兵長の様な人だ。


 魔物との戦闘では命を賭ける事も多い。魔物から攻撃を受け、体に怪我を負った状態で仲間を守るために、王国を守るために戦う。王国の姫だろうが、誰であろうが、命懸けで魔物と戦うを冒険者を、顎で使う様な人間の依頼を受けるつもりはない。それに俺はアイゼンシュタインの騎士だ。他国の魔物をどうして狩らなければならないのだ。


 勿論、俺は王国を守る騎士でありながら、冒険者でもある訳だから、基本的にはアイゼンシュタイン以外の地域での魔物討伐のクエストも受ける。しかし、『私が直々に魔物の討伐を依頼しに来てやったのだ』と言われれば、あの女性とは二度と関わりたくないと思う。きっと第二王女のエルザの様に、他人を道具の様に使って成り上がろうとする者なのだろう。ダリウスやロビンが逃げ出し、ヴォルフが興味すら示さなかった理由がやっと分かった。


 見慣れた女性が野次馬をかき分けて近づいてきた。商人ギルド・ムーンライトのヘンリエッテ・ガイスラーさんだ。最近は行商人としての仕事が忙しかったのか、アイグナーまで馬車で行商の旅をしていたらしい。手には葡萄酒のボトルを持っており、俺の顔を見つて微笑むと、ボトルを持ち上げて一杯やろうと手振りで示した。


「久しぶりね! ラインハルト。少し見ない間に髪も伸びたのね」

「お久しぶりです、ヘンリエッテさん! アイグナーで仕事をしていたと、ムーンライトの方から聞きましたよ」

「ええ。本格的に寒くなる前に最後の行商に行こうと思って。もう十二月だから、暫くはアイゼンシュタインでクエストでもこなして、冬を過ごす事にするわ」

「十二月ですか。時の流れは早いですね。確かヘンリエッテさんと出会ったのは今年の四月でしたね」

「そうね。早く店を構えて落ち着きたいのだけど、なかなかお金が貯まらないわ。なにか割りの良い仕事は無いかしら」

「やはり地道に魔物を狩ってお金を稼ぐのが良いと思いますよ。さて、レッドストーンに入りましょうか。仲間達もヘンリエッテさんに会いたいと言っていましたからね」

「仲間達もって事は、ラインハルトも私に会いたかったの……?」

「当たり前じゃないですか。ヘンリエッテさんもレッドストーンの冒険者ですからね! ヘンリエッテさんがしばらく町に居ないだけで、俺は随分寂しかったんですよ」

「それは嬉しいわ……ありがとう。ラインハルト……」


 ヘンリエッテさんは顔を赤らめて俯くと、俺は彼女と共にレッドストーンに入った。体の大きなヴォルフはギルドの裏手にある馬小屋に入った。小さな馬小屋を買い取って改装し、ヴォルフが快適に過ごせるように作り直したのだ。ブラッドソード討伐で得た報奨金の唯一の使い道がヴォルフの家造りである。


 ギルドに入ると、ロビンとフローラがシュルスクのパイを焼いていた。ダリウスはファイアの魔法石を使って室内の装飾をしている。どの位置に魔石を置けば部屋が効率良く温まり、魔石の中の炎が美しく部屋を照らすか考えている様だ。十二月のアイゼンシュタインは肌寒く、既に外套を着なければ外に出る事も出来ない。


 外套を着たままでは魔物との戦闘時に動きづらいので、俺はファイアの魔法石を魔装の内側に仕込み、弱い温度で動くように細工をした。こうする事によって、ファイアの魔法石が持続的に体を温めてくれる。外套を着なくても魔装の状態で身軽に戦えるという訳だ。


 ヘンリエッテさんが室内に入ると、仲間達がヘンリエッテさんを強く抱きしめた。ダリウスは彼女の豊かな胸に顔を埋め、ロビンはヘンリエッテさんの背中に抱きついた。それからヘンリエッテさんはフローラとお互いの近況を楽しそうに報告し合っている。


 ヘンリエッテさんはギルドの壁際に置かれているソファに座り、葡萄酒を飲み始めた。俺は露天商から頂いた肉や野菜を使って、ヘンリエッテさんのためのつまみを作って振る舞うと、彼女は美味しそうに料理を食べながら、アイグナーでの仕事について語り始めた……。

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