第二十三話「王国騎士」
中央区にあるアイゼンシュタイン城は、俺がかつて暮らしていた魔王城とは比べ物にならない程立派な建物だ。石の魔法に精通している魔術師が五百年以上も前に一人で建設したものらしい。まさか、魔王の家系に生まれた俺が、アイゼンシュタインの城に入る事になるとは……。
城は背の高い城壁で守られれており、城壁の上には杖を持った魔術師が待機している。城の防御力は極めて高そうだ。今回の暗殺者襲撃事件では、中央区には一切の被害は無く、ギルド区と商業区では暗殺者が市民を殺め、火を放ちながら町を破壊したのだとか。
今回の襲撃事件で命を落とした市民は三十五人。俺がフローラ達を救出しに町を離れた間にも、町に潜んでいた暗殺者が市民を襲ったのだとか。魔術師ギルド・ユグドラシルに残ったタウロスが、若い魔術師を従えて暗殺者を仕留めたらしい。ダリウスとロビンは、俺が町を出た後に意識が回復し、衛兵と協力して市民の避難を手伝ったのだとか。
国王陛下に連れられて城の広間に入る。第二王女と生き残った暗殺者は、これから自白剤を飲まされて事件の全貌を語る事になる。大理石が敷かれている広間を抜け、王の間に入ると、国王陛下は王座に腰を掛けた。
「さて……どこから話すのが良いだろうか。私の妻であるアンドレアが毒殺されてから一年が経った今年の三月、エレオノーレは城を出て、冒険者ギルド・ダーインスレイヴを設立し、ヘルガは冒険者ギルド・レーヴァテインを設立した。そしてフローラは私の反対を押し切り、町の喫茶店を購入すると、冒険者ギルドとして申請をし、レッドストーンを設立した」
第二王女のヘルガも冒険者ギルドのマスターだったのか。しかし、そんなギルドは聞いた事も無い。毎日夜警をしていた俺が知らない建物は存在しないだろう。陛下の話によると、ヘルガは空き家を購入して冒険者ギルドとして申請し、架空のギルドを立ち上げたのだとか。冒険者ギルド・レーヴァテインを棲家とし、ブラッドソードの暗殺者をかくまっていたらしい。
「町に出たフローラは古ぼけた喫茶店を購入し、冒険者ギルドを始めた訳だが、来る日も来る日も、シュルスクのパイを焼くだけで、仕事の依頼は一切無かった。幼い頃から王族として町に出る事が多かったエレオノーレの元には、毎日様に仕事の依頼が来ていた。私は盲目のフローラを民の前に出す事はせずに、フローラの事を想うあまり、城に閉じ込める様な教育をしてしまった……」
国王陛下は側近にシュルスクの果実酒を持ってくる様に伝えると、側近は人数分のシュルスクの果実酒を持ってきた。俺はゴブレットに入った果実酒を手に取り、果実酒を口に含んだ。まさか陛下と共にお酒を飲む事になるとは。このタイミングで王妃様毒殺事件に使用されたシュルスクの果実酒を出すには、何か意味があるのだろうか。
「私は三人の娘を守るために、城の兵士に娘達を監視させていた。鎧を脱いだ兵士達は、市民として町で暮らしながら、定期的に私に報告に来ていた。そんなある日の事、私は嬉しいニュースを兵士から聞いたのだ。『第三王女が設立したギルドに、魔物を連れた男が加入した』とね。その男の目的は分からなかった。そして兵士はまた私を驚かせた『若い男がブラッドソードの暗殺者と剣を交え、第三王女を守り抜いた』と」
陛下は微笑みながら俺を見つめ、果実酒に口をつけた。タウロスはそんな陛下の言葉を聞きながら、美しく磨かれた大理石の床に腰を降ろし、果実酒のボトルに口をつけて飲み始めた。側近が陛下の前ではしたないと注意したが、陛下は柔和な笑みを浮かべて静止した。
「私はすぐにヘルガを疑った。胡散臭いビスマルク衛兵長と恋仲になり、冒険者ギルドを偽りながら小さな家に隠れる様に暮らしていたのだからな。その時はまだヘルガがブラッドソードと繋がりがあるとは思わなかった。しかし、私とエレオノーレは以前からビスマルクに不信感を抱いていた。レッドストーンに正体不明の若い男が加入してから、フローラは魔法を学び、一人で町に出る様になった。私は自分の事の様に嬉しかったよ。フローラは盲目だから、魔法を使用すれば他人を傷つけるだろうと思っていたが、フローラは見事魔法を習得してみせた」
フローラは恥ずかしそうに俺の手を握ると、俺はフローラの温かい手を優しく握り返した。
「それから若い男は自主的に夜警を始めた。毎晩町を隅々まで歩き、市民を守りながら、町を襲う魔物を駆逐した。私はこの男の正体が気になって仕方がなかった。私は腕利きの探偵を雇い、レッドストーンの若い男の素性を探らせる事にした。暫く経って探偵が血相を変えて城に戻ると、こう言ったのだ『あの男は第七代魔王、ラインハルト・イェーガー。現在は姓をカーフェンと名乗り、民を守りながら町で暮らしている』と。私は自分の耳を疑ったよ。フローラを守り、自主的に夜警をしている冒険者が魔王だとは思わなかったからな」
俺は随分前から正体がバレていたみたいだ。陛下は優しい笑みを浮かべて俺を見つめると、俺は何だか恥ずかしくなり、果実酒を一気に飲み干した。城に仕える若い女性の兵士が近づいてくると、果実酒を空のゴブレットに注いでくれた。どうやらこの方が俺を監視していた兵士なのだとか。長い赤髪に、黒い魔装を身に着けており、一目見ても低レベルの人間では無い事が分かる。レベルは俺と同じくらいだろうか。
「しかし、調べてみると、ラインハルト・イェーガーが魔王として民を殺めた事は無く、レッサーデーモンの様な悪質な魔物を狩り続け、フローラを守りながら暮らしている事が分かった。私はこの者が魔王だという事が信じられなかった。私が幼い頃、一度大陸を支配したヴォルフガング・イェーガーの息子として生まれ、十七歳までは魔王城で暮らしていたという事が判明した。しかし、その後は魔王として生きるのではなく、フローラと共に冒険者として暮らしている。私はラインハルト・イェーガーを信用する事にした」
フローラは静かに涙を流した。俺は彼女の美しい銀色の髪を撫で、フローラを抱きしめた。
「そして今日の事件が起こった。ブラッドソードの暗殺者が町を襲撃し、私が以前から目をつけていたラインハルト・イェーガーが、またしても民を救うために行動を始めた。私はこの時ついに確信した。魔王はもう存在しなのだと。彼は民を守る冒険者だという事に気がついた。それから衛兵が馬車で町から逃げ出すヘルガとビスマルク衛兵長の姿を目撃した。町では暗殺者が市民を殺めて回ったが、幻獣のミノタウロスが魔術師を連れて暗殺者を討伐し、ガーゴイルとゴブリンが衛兵と協力して市民を避難させていた。人間を守るために自主的に働く魔物に対し、私が誰の従魔かと訪ねると、彼等は『レッドストーンのラインハルト』の仲間だと答えた」
タウロスは果実酒をらっぱ飲みしながら陛下の話を聞き、時折相槌を打っている。
「私は、またしてもラインハルト・イェーガーが民を救ったと思った。城の兵士よりも迅速に対応し、エレオノーレと合流してフローラの救出に向かったと知り、私はタウロスと共に後を追った。それから私はついにラインハルト・イェーガーと相まみえたのだ。朽ち果てた屋敷では、エレオノーレがエルザに馬乗りになり、室内には暗殺者の死体が散乱していた。私はすぐに状況を理解したよ。ラインハルト・イェーガーが誘拐された私の娘を救い、ビスマルクと共に暗殺者に町を襲わせた犯人、エルザ・フォン・アイゼンシュタインを追い詰めたのだと」
長い沈黙が続くと、一人の背の高い兵士が王の間に入ってきた。彼は陛下に耳打ちをすると、陛下は小声で指示をして、兵士を下がらせた。
「今報告が入ったが、ヘルガはアンドレア毒殺には関与していなかった。暗殺者の話によると、アンドレアの命を奪ったのはブラッドソード出身の暗殺者だが、殺害を指示したのはビスマルクなのだとか。ついに真犯人が判明し、今回の事件の首謀者も捕らえる事が出来た! ヘルガは王位継承権を持つエレオノーレとフローラを殺害し、次期国王に指名されるつもりだったらし……」
「ヘルガが私とフローラを? 何故そこまでして国王になりたかったのでしょうか」
「私を殺めようとする者は今までにも多く居た。姉妹を殺してでも王になりたいという欲が彼女を突き動かしたのだろうが、根底にあったのはフローラやエレオノーレに対する劣等感だろうな。それに、私もあまりヘルガには好かれていなかった。以前ヘルガはこんな事を言っていたよ『お父様はフローラにばかり優しい』とね。生まれつき目の見えないフローラに、私とアンドレアが付きっきりになる事も多かった。確かに私は自分の娘達に、平等に愛を注ぐ事は出来ていなかったのかもしれんな……」
陛下は寂しそうに王の間の扉を見つめると、王座から立ち上がり、俺の元に近づいてきた。彼は俺の肩に手を置くと、澄んだエメラルド色の目で俺を見つめた……。




