第二十話「ブラッドソード」
衛兵がブラッドソードの暗殺者を目撃しており、俺はヴォルフを連れて暗殺者を追う事にした。商業区から正門に向かう道をヴォルフの背中に乗って走ると、赤い魔装を身に付けた男を見つけた。フードを被って顔を隠しているが、右手首から先は無く、左手に持つ剣には血がこびり付いている。かつて俺が酒場で手首を切り落とした男に違いないだろう。俺はヴォルフに指示を与えて暗殺者を路地に追い込んだ。
「レッドストーンの小僧か……」
「俺の事を覚えていたんだな」
「忘れられる訳もない……毎日お前の顔が脳裏に浮かんだぞ。手が無い苦痛が分かるか? 今日こそお前を殺すぞ……ラインハルト・カーフェン!」
男が左手で剣を向けると、俺はヴォルフから飛び降り、魔剣を抜いて敵の攻撃を受け止めた。毎日タウロスの攻撃を受けているからか、暗殺者の攻撃はあまりにも軽い。以前剣を交えた時よりも、剣の速度は上がっているが、やはり利き手を失ったからか、剣に力は無い。この剣で何人もの罪のない人間を殺めてきたんだ……。やはりブラッドソードは俺が壊滅させなければならない。
男は魔力を込めた突きを放ってきたが、俺は左手で男の攻撃を弾いた。魔装は魔力の上昇によって防御力も大きく上がり、威力の低い攻撃なら、左手のガントレットで弾く事が出来る。もはや剣を使ってこの男の攻撃を防ぐ必要も無い。俺は自分が思っているよりも、この五ヶ月間で強くなれたみたいだ。
それから男は剣の連撃を繰り出して来たが、全てガントレットで受け、敵が隙きを見せた瞬間にファイアの魔法を放ち、男の足を燃やした。男は火を消すためにのたうち回ると、俺は魔剣で男の剣を叩き折った。
「アイゼンシュタインの市民を殺すとは……俺はお前を決して許さないぞ」
「殺すのか……?」
男は目に涙を浮かべ、俺を見上げている。武器を失い、左手一本では俺とヴォルフの相手を出来ないと悟ったのだろう。俺は怒りに任せて地面に剣を突き立てた。本当なら今この場で仕留めたいが、衛兵の警備を掻い潜り、町で殺人を行えた理由が分からない。きっとこの町に協力者が居るのだろう。やはりビスマルク衛兵長が絡んでいるのだろうか。
「どうやってこの町に入った? 他に暗殺者は居るのか?」
「……」
「お前が今までいくら人を殺していたとしても、俺はお前を殺すつもりは無い。しかし、事実を話さなければ、俺はお前を痛めつけなければならない」
「好きにしろ……」
俺は魔剣を男の左手に突き立てると、男は歯を食いしばり、激痛に堪えながら涙を流した。この男に斬り殺された市民の方が余程痛い思いをしているだろう。どうしてこんな人間を生かさなければならないんだ。俺の父なら確実に斬り殺していただろう。だが、俺は父とは違う。相手が賞金首だろうが、不必要な殺人を犯す必要はない。
「協力者は誰だ! お前一人で町に入れる訳が無いだろう!」
「どうせ話せば殺すのだろう? 俺を殺さないと誓え! ラインハルト・カーフェン!」
「ああ。俺はお前を殺さない。このまま城まで連行する」
「俺を守ると誓うんだ! そうすれば全てを話す!」
「お前を守ると誓う! だから今すぐ協力者の名前を言え!」
男が決心し、口を開いた瞬間、矢が男の肩を貫いた。どこから放たれたんだ? 周囲を見渡すと、背の高い家の屋上には、黒いローブに身を包んだ男が弓を構えていた。
急いで男の肩の矢を抜き、口にヒールポーションを流し込んだ。男は何とかポーションを飲んだが、矢には毒が塗られていたのか、男は激しく痙攣した後、命を落とした。この町で一体何が起こっているんだ? この男は確かに協力者の名前を俺に伝えようとしていた。協力者は必ず存在する。
俺は衛兵を呼んで事情を説明すると、衛兵は男の死体を運び始めた。死体と矢に残る毒を魔法によって鑑定するのだとか。ヴォルフは弓の男を捕まえられなかったのか、急いで俺の元に戻ってきた。
次の瞬間、巨大な爆発音が町に轟いた。弓の男以外にも、暗殺者がこの町に居るのか? 俺は急いでタウロスを召喚し、ヴォルフの背中に乗って町を走り出した。激しい爆発音が何度か響くと、冒険者区から悲鳴が聞こえた。この方角はレッドストーンだ……。
冒険者区を走り、レッドストーンに向かうと、ギルドの入り口が破壊されていた。急いで室内に入ると、ロビンとダリウスが血を流して倒れていた。フローラとヘンリエッテさんの姿が無い……。
「ロビン! ダリウス! 一体何があった?」
「ヘンリエッテさんとフローラが誘拐された……」
「なんだって? 誘拐だと!」
「守れなかった……ごめんね、ラインハルト……」
ダリウスは気を失うと、俺は二人を抱き上げ、冒険者区にあるユグドラシルに走った。ユグドラシルには次々と怪我人が運び込まれている。回復魔法の心得がある魔術師達が、今回の騒動で怪我をした市民や冒険者を治療している。
「フリートさん! ロビンとダリウスを頼みます!」
「ラインハルト様! 一体何が起こっているのですか?」
「町でブラッドソードの暗殺者が市民を襲っています! 複数人の暗殺者が町に居ると考えて良いでしょう。フリートさんはギルドで治療を続けて下さい! 俺は暗殺者を探し出します!」
「分かりました、治療は任せて下さい!」
ダリウスとロビンをフリートさんに任せてギルドを出ると、エレオノーレさんが駆け付けて来た。既に暗殺者を仕留めたのか、剣には血が付いている。
「ラインハルト! 怪我はない?」
「はい。俺は大丈夫です。しかし、レッドストーンが襲撃されました!」
「なんですって? 仲間は大丈夫なの?」
「いいえ……暗殺者に誘拐されてしまいました」
心臓が高鳴り、頭には血が上る。剣を握る手は震え、フローラとヘンリエッテさんの事を考えると泣き出したくなるが、俺が弱気になっても物事は解決しない。犯人が二人を誘拐したという事は、まだ生きていると考えて良いだろう。何らかの目的があって、二人を人質にしたに違いない。
「実は騒動が起きてから妹の姿が見えないの。妹のギルドはもぬけの殻。もしかすると妹もブラッドソードに捕まっているのかもしれない」
「まさか……急いで探しに行きましょう!」
「ええ! 衛兵が犯人は北に逃げたと言っていたわ」
「分かりました。エレオノーレさん、ヴォルフの背中に乗って下さい。馬で追うよりは早いでしょう」
「ラインハルト、俺は町で市民を守る事にしよう。どうか二人を頼んだぞ」
「タウロス。町を頼むよ……」
俺はタウロスと固い握手を交わすと、エレオノーレさんをヴォルフの背中に乗せ、俺は彼女を後ろから抱きしめて走り出した。ヴォルフは既に体長三メートル程まで成長し、背中に人を乗せても全速力で走れる様になった。アイゼンシュタインに着いてから大量の栄養を与えたからだろうか、幻魔獣という生き物は驚異的な速度で成長するらしい。
アイゼンシュタインを出て北の森に入り、ヴォルフの嗅覚を頼りに深い森を進む。暗殺者達はまだ近くに居るのか、ヴォルフは高速で森を進んでいる。暫くすると俺達は朽ち果てた村を見つけた。廃村の入り口には真新しい馬車の車輪の痕が付いており、どうやら暗殺者達はこの廃村を隠れ家にしている様だ。まさかアイゼンシュタインから程近い場所に潜んでいたとは。
「エレオノーレさん。危なくなったら俺の後ろに隠れて下さい」
「大丈夫よ。私も王族として、幼い頃から剣術を学んできた。王になるための教育を受けてきたの」
「そうですね。それでは力を貸して下さい。俺とヴォルフだけでは暗殺者を倒せないでしょう」
魔剣を抜いて右手で持ち、左手に炎を発生させる。俺はヴォルフを廃村の付近の茂みで待機させた。俺とエレオノーレさんは正門から廃村に入り、ヴォルフは裏手から様子を確認する。
エレオノーレさんはロングソードを抜き、緊張した面持ちで俺を見つめた。ついに暗殺者の居場所を掴んだ。アイゼンシュタインに来てから大半の時間を訓練に費やし、夜は眠らずに夜警をしてきた。仲間を守る力を付けるために、死ぬ気で努力をしてきた。そんな生活は今日で終わりだ。フローラとヘンリエッテさんを誘拐した暗殺者は俺が仕留める。それに、アイゼンシュタインの第二王女も誘拐されている可能性がある。慎重に事を運ばなければならないな。
廃村を進むと、犯行に使用されたであろう馬車を見つけた。敵は既に馬車から降りて廃村内に身を隠しているに違いない。木造の朽ち果てた住宅を一軒ずつ調べて回る。時間は無いが、何処に敵が潜んでいるか分からない。こういう時にダリウスかフローラが居れば、隠れている敵を簡単に見つけ出せるのだが……。
「何だか緊張してきたわね……」
「はい……無理はしないで下さいね。エレオノーレさんは俺が守ります」
「ありがとう。頼りになるわ。ラインハルトが居てくれて本当に良かった……」
エレオノーレさんは今にも泣き出しそうな顔で俺を見つめている。今年の三月に城を出て町で暮らし、冒険者として町を守り続けた。こんなに民を想うエレオノーレ王女を暗殺者に殺させる訳にはいかない。何が何でも俺が守り抜く。
廃村の中で一際大きな屋敷を見つけた。白い木造の建物で、他の建物よりも若干状態が良い。かつての貴族の屋敷だろうか。ゆっくりと屋敷に近づくと、俺達はついに暗殺者を見つけた……。




