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第十八話「姫と魔王」

 ミノタウロスの召喚石を左手に持って魔力を込めた。衛兵長が大げさに騒いだからか、辺りには三十人以上の冒険者が集まっている。ミノタウロスを披露する良い機会だ。幻魔獣と幻獣を従える冒険者が町に居ると知れば、ブラッドソードの連中も警戒するだろうからな。


『ミノタウロス・召喚!』


 右手を地面に向けて魔法を唱えると、召喚石は強い光を放ち、次の瞬間、巨大な斧を手にしたタウロスが現れた。


「ラインハルト、俺の出番という訳か?」


 タウロスが現れると、周囲からは熱狂的な拍手が沸き起こった。フェンリルをシルバーウルフと見間違える可能性はあるだろうが、ミノタウロスに容姿が近い魔物は存在しない。タウロスは巨大な斧を担ぐと、静かに衛兵長を睨みつけた。


「お前が今日の獲物か? 闇属性を持つ人間よ……」


 衛兵長は恐怖のあまり、涙を流しながら逃げ出した。衛兵長は闇属性を持っているのか。全属性の中で、最も攻撃魔法の種類が多く、対象を錯乱させたり、毒を操る事が出来る属性だ。


「ラインハルト。実は我々、冒険者ギルド・ダーインスレイヴもブラッドソードを追っているのです。去年、私の母を毒殺した暗殺者がブラッドソードと繋がっている可能性もあるので」

「え? 王妃様を毒殺した犯人がブラッドソードと関係があるのですか?」

「私はその可能性もあると考えています。これから少しお時間を頂いても宜しいですか?」


 俺は姫殿下に連れられて近くの酒場に入ると、姫殿下はシュルスクから作られた果実酒を注文した。王妃様が最後に口にした果実酒。赤い果実から作られたお酒がゴブレットに注がれると、姫殿下はゴブレットを持ち上げた。


「我々の出会いに乾杯をしませんか。一杯だけ付き合って下さい」

「はい、俺で良ければ」


 俺はシュルスクの果実酒を一口飲むと、体が徐々に温まり始めた。爽やかな甘味の後に、弱いアルコールを感じる。これは飲みやすいお酒だな。今日は夜警をするためにギルドを出たのだが、まさかアイゼンシュタインの第一王女と共にお酒を飲む事になるとは。


「ラインハルト。貴方は不思議な人ですね……誰もが恐れるシュルスクの果実酒を飲むのですから」

「果実に罪はありませんよ。たとえ犯罪に使われた果実だとしても」

「それはそうですね。実は先程のビスマルクという衛兵長は、私の母が毒殺された時、城で警備をしていたのです。犯人は暗殺者の様な服装をした三十代の男性。犯人は魔法道具を使用し、姿を隠した状態で母の部屋に侵入し、果実酒が入ったゴブレットに毒を入れた。母は毒に気が付かずに果実酒を飲んで命を落としたという訳です」

「そうだったんですね……」

「ええ。ビスマルクは犯人が母を殺した後、すぐに異変に気が付き、部屋の窓から逃亡を図った犯人を捕まえたのです」

「意外と有能なんですね、ビスマルク衛兵長は」

「どうかしら……私はどうもあの男は信用出来ません。ラインハルトの召喚獣であるミノタウロスも、ビスマルクに警戒していましたし」

「そうですね。タウロスが敵として認識した人間は初めてです、余程悪質な魔力を感じたのでしょう」


 姫殿下は果実酒を飲みながら、思い詰めた様な表情で俺を見た。フローラの様な美しい銀色の髪を綺麗に結び。腰にはロングソードを差している。年齢はヘンリエッテさんと同じくらいだろうか。今まで見た女性の中で最も美しい。肌は白く、細い指には金色の美しい指環を嵌めている。


「それから、ビスマルクに続いてお父様が母の部屋に駆けつけました。その時、犯人が大声でビスマルクの名を叫ぶと、ビスマルクは犯人の心臓に剣を突き立てた……」

「素人考えですが、犯人を殺害する必要はあったのでしょうか」

「私は犯人を殺す必要は無かったと思っています。犯人が侵入した経路も分からず、何者かが犯人に手を貸した可能性が大いにある状況でしたから。ビスマルクの話によると、興奮して犯人を殺めてしまったと言っているのですが。どうも腑に落ちないのです」

「もしかして、衛兵長が犯行に関与している可能性があるとお考えですか?」

「はい。私はその可能性が高いと思っています。これは父と私以外は知らない事実ですので、くれぐれも他人に話さないようにお願いします」

「分かりました。姫殿下」

「ラインハルト、私の事はエレオノーレと呼んで頂戴。今はあなたと同じ冒険者をしている訳ですからね。暗い話はこれくらいにして、せっかく知り合えたのだから、あなたの話を聞かせてくれる?」


 姫殿下は優しく微笑むと、酒場に居る客は姫殿下に色目を使った。きっとこの方がアイゼンシュタインの第一王女だと気が付いていないのだろう。


「ところでエレオノーレ様。護衛等を付けなくても大丈夫なのですか?」

「様を付けるのは禁止にしましょう。ラインハルト」

「はい、エレオノーレさん」

「城の者は必ず護衛を付けろと言うのだけど、私は今、アイゼンシュタインの民に貢献するためにこの町で暮らしているの。市民と同様の暮らしをし、自分で仕事をしてお金を稼いでいる。王位継承の事は知っているわね?」

「はい。確か、最も国民に貢献できた方が、次期国王に指名されるんでしたよね」

「そうよ。国民に貢献しようとする者が、市民の税金で働く兵士を護衛として付けて暮らすのはおかしいと思うの。私の妹、第二王女のヘルガは、護衛を付けながら冒険者として暮らしているみたいだけど」

「エレオノーレさん。この町にはブラッドソードの様な者も徘徊していますので、どうか気をつけて下さいね」

「ありがとう。だけど大丈夫よ。私はブラッドソードと遭遇したくて、わざと夜の時間に町に出ているの」


 どうやらエレオノーレさんも俺と同じ考えを持っているらしく、自ら夜の町に出てブラッドソードに関する情報を集めているのだとか。やはり冒険者の考える事は同じなのだろう。一人でブラッドソードを探しに出るのは危険だと思ったが、エレオノーレさんはレベル48を超える力を持ってるらしい。属性は聖属性。闇属性を持つ暗殺者相手には、属性的に有利に戦え、万が一の時は、城の兵士を転移の魔法で呼び出す事が出来るのだとか。


「ラインハルトはどうして冒険者になったの?」

「そうですね。実は父が過去に人様に迷惑を掛けて生きていたので、父の罪を少しでも償えたらなと思いまして」

「罪は本人以外に償えないわ。家族が犯した罪を償うために生きるのは止めた方が良いわよ」

「それもそうですね」

「だけど、まだ若いのに幻魔獣や幻獣を従えてしまうなんて……戦い方は誰から教わったの」

「それも父から教わりました。俺は人生の大半を父と共に過ごしていたので、剣の使い方も、魔物の扱いも、全て父から教えて貰ったんです」

「ラインハルトのお父様は強い方なのね。お父様はご存命?」

「いいえ、少し前にこの世から去ってしまいました」


 この世から去ったと言えば、自殺した様に聞こえるかもしれないが、父が俺に魔王の加護を授け、自分の命を終わらせたと説明する事は出来ない。魔王の加護を次期魔王に授けるのは、イェーガー家の決まりでもある。勿論、俺は将来子供を持ったとしても、魔王の加護は授けないだろう。


「ラインハルト。私は冒険者ギルド・ダーインスレイヴに居るから、いつでも遊びに来て頂戴。ブラッドソードに関する情報を手に入れたら、私にも教えてくれるかしら」

「分かりました。実は近い内に、ブラッドソードを誘き出すために動き出そうと思っています。作戦を始める時にはエレオノーレさんに伝えますね」

「ええ、そうしてくれると助かるわ。それじゃラインハルト。今日は会えて嬉しかったわ。また会いましょう」

「はい、エレオノーレさん。くれぐれもお気をつけて」

「ありがとう」


 エレオノーレさんは会計を済ませ、俺に手を振ると、颯爽と店を出て行った。これは現実なのだろうか? 大陸で最も栄えている王国の第一王女からお酒をご馳走して貰った。今度何かお礼をしなければならないな。


 店の外に出ると、タウロスは冒険者に囲まれており、冒険者達はタウロスにブラッドソードの話をしていたみたいだ。タウロスは『俺が暗殺者を仕留める』と言って俺の肩に手を置いた。巨大な手からは強力な魔力が流れてくる。まるで父の様な力を持っているのだな。


「さて、夜警に行こうか」

「ラインハルトよ、美しい女性と二人で酒を飲むとは……ヘンリエッテはどうするんだ? もう付き合っているんだろう?」

「え? なんだって?」

「ヘンリエッテはラインハルトの事が好きなのではないのか?」

「それは分からないけど、エレオノーレさんとは情報交換していただけだよ」

「本当か? 彼女は随分嬉しそうに店から出てきたが……」


 タウロスが『仕事が終わったら酒を飲みたい』と言ったので、俺は夜警が終わったら好きなだけお酒をご馳走すると約束した。それから俺はヴォルフとタウロスを連れて商業区を回った。今日はブラッドソードの連中は町に居ないのだろう。夜警を朝まで続け、レッドストーンに戻ると、ヘンリエッテさんが出迎えてくれた……。

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