第十七話「王族」
俺は懸賞金が掛かっている暗殺者の身柄を拘束するつもりはない。殺さずに相手の戦意を喪失させられ程、俺は強くないからだ。俺が父から教わったのは、相手を確実に仕留める魔王としての戦い方。今度暗殺者と戦闘になれば、相手も本気で俺を殺しに来るだろう。命のやり取りをする覚悟で挑まなければ勝利は無さそうだ。
「ラインハルト。あまり深刻に考えないでね。私ももっと魔法を学んで強くなるから」
「そうだね。フローラ、無理せずにゆっくり魔法を学ぶんだよ」
「うんん。私は無理をしてでも強くなりたい。十七歳まで家族に守られて、迷惑を掛けながら生きてきたから。今度は私がアイゼンシュタインの民を、愛する人を守れるようになりたいの」
「俺も同じ考えだよ。敵がどれだけ強くても、無理をしてでも暗殺者を倒す」
「全くラインハルトは頼もしいわね。フローラ、これから私も魔法の訓練を再開するから、一緒に魔法を学びましょう」
「はい、ヘンリエッテさん! よろしくお願いします」
フローラはすっかりヘンリエッテさんと仲良くなったのか、二人は楽しそうに葡萄酒を飲みながら語り合っている。そろそろ夜警に出るか……。ロビンとダリウスに二人を頼むと伝え、露天商から頂いた食料を渡した。今日は二人がフローラとヘンリエッテさんを守りながら、ギルドで待機していてくれるらしい。
「ヴォルフ。今日も力を貸してくれるかい?」
ヴォルフは静かに頷き、ゆっくりとギルドを出た。夜の町でブラッドソードを見つける事が出来れば、俺はすぐに攻撃を仕掛けるつもりだ。一人でも多くの暗殺者を仕留めなければ、安心してこの町で暮らせないからな。
俺はタウロスの召喚石を魔装の内側に隠し、少しの食料と魔剣を持ってギルドを出た。まずは町の衛兵からブラッドソードに関する情報を教えて貰おうか。衛兵の詰所に行き、レッドストーンが夜警をする事を伝えよう。魔物を連れて深夜の町を徘徊していたら、衛兵達を戸惑わせてしまうからな。
夜の町は人も少なく、冒険者区には市民も殆ど居ない。冒険者達は所属するギルドで楽しそうにお酒を飲んでいる。夜の間も冒険者が起きているという事は、冒険者区は比較的防衛力が高いという事だろう。ブラッドソードの暗殺者は、冒険者の様な戦闘技術がある者を狙う事は少ないのだとか。
行商人や露天商、辺境の村や町など、戦う力を持たない者を襲う事が多い。これは重要な共通点だ。商人が多い商業区を重点的に見回るべきだろう。
アイゼンシュタインには『中央区』という最も警備が厳重なエリアがある。アイゼンシュタイン城や、国の機関、教育施設等が密集するエリアだ。ヘンリエッテさんの説明によると、中央区には平均レベル40の王国軍の兵士が常時巡回しているらしい。流石の暗殺者達も、王国の兵士に手を出す事はないのだとか。
暫く町を町を歩くと詰所に到着した。金属製のメイルに身を包んだ衛兵達が退屈そうに立番をしている。まずはブラッドソード討伐のために夜警をする事を伝えよう。
「すみません、今お時間よろしいでしょうか」
「どうしましたか?」
「俺は冒険者ギルド・レッドストーンのラインハルト・カーフェンと申します。ブラッドソード討伐のために、今日から町を巡回しようと思うのですが、よろしいでしょうか」
「レッドストーンというと……ユグドラシルからブラッドソード討伐の依頼を受けたギルドですね。冒険者様が自主的に町を巡回するのは勿論構いませんが、市民を巻き込む戦闘は行わないようにお願いします」
「分かりました。それから、町中で体の大きな魔物を召喚しても大丈夫でしょうか?」
「召喚ですか……? 市民を襲う可能性が無い魔物なら勿論構いませんが……」
俺と衛兵が話をしていると、冒険者区とギルド区の防衛の指揮を執る人物が現れた。金色の豪華な鎧を身に纏い、宝石を散りばめた盾を持っている。腰にはロングソードを差しており、いかにも裕福な貴族といった感じだ。装備が戦闘用に見えないのはどうしてだろうか。
「俺はアイゼンシュタイン王国騎士爵、衛兵長のグレゴリウス・フォン・ビスマルクだ。名を名乗れ! 冒険者よ」
「俺は冒険者ギルド・レッドストーンのラインハルト・カーフェンです」
「冒険者がブラッドソードを討伐するって? こんなに幼い子供が? 俺達でも捕らえられない暗殺者を、お前みたいな弱小ギルドの冒険者が捕まえられる訳が無いだろう」
「それはやってみなければ分かりません。俺は冒険者ですから、民を守るために戦うまでです」
「ほう、そんな古ぼけた魔装で何が出来るのかね? それに、レッドストーンの情報を調べてみたが、メンバーが二人しか居ないというのは本当か? 目も見えない頭の悪い小娘と、偶然暗殺者の手を切り裂いた小僧がブラッドソードに勝てるって? お前は自殺願望でもあるのか?」
気味の悪い笑みを浮かべながら、値踏みする様に俺の装備を見ている。人生で初めて貴族と会話をしている訳だが、態度は高圧的で、話しているだけで気分が悪くなりそうだ。体から感じる魔力も悪質で、この男が衛兵長だという事が信じられない。
「まぁ、せいぜい暗殺者に殺されない様に、夜の間は起きている事だな。それで、お前がさっき話していた召喚獣というのはどんな魔物なんだ? どうせスケルトンやスライムの様な低級の魔獣だろう? お前なんかが召喚できる魔物はそれくらいしか居ないだろう」
「ミノタウロスです」
「なんだって……? ミノタウロスだと? 国王陛下から騎士の称号を受けた俺に対して、幻獣の召喚が出来るなどと嘘を付くとは……! 平民が騎士を欺く行為は許さんぞ!」
衛兵長が激昂して剣の手を掛けると、一人の女性が現れた。長い銀髪にエメラルドの様な美しい瞳。立派な白金の鎧を着ており、胸元にはアイゼンシュタイン王国の紋章が入っている。王族だろうか? 衛兵長が女性の姿を見ると大急ぎで跪き、頭を垂れた。
「何事ですか? ビスマルク衛兵長。随分騒がしいようですが、また揉め事を起こしたのですか?」
「エレオノーレ姫殿下! この冒険者が幻獣の召喚を出来るなどと嘘を付くもので……」
「幻獣? それは信じられない話ですね。しかし、冒険者が幻獣を召喚出来るなら、アイゼンシュタインの防衛力が上がる。何を目くじらを立てる必要があるのですか?」
「それはそうですが、私にはこんな子供が幻獣を召喚出来るとは思えません! それに、この者はブラッドソードの暗殺者を討伐すると申しております。衛兵として命懸けで市民を守る私達を愚弄する行為ではありませんか」
どうやらこの方はアイゼンシュタイン王国の姫なのだろう。確かアーベルさんの話によると、三人の姫が王位継承のために奮闘しているのだとか。姫殿下から感じ魔力は、フローラの魔力と近く、神聖な雰囲気をしている。近くに居るだけで気持ちが落ち着く。衛兵長の禍々しい魔力とは大違いだ。
「もしかして、貴方が酒場でブラッドソードの暗殺者を退けたという冒険者ではありませんか? 黒い魔装に銀髪。幻魔獣のフェンリルを連れ、魔術師ギルドのマスターからブラッドソード壊滅のクエストを受けたのだとか」
「はい。冒険者ギルド・レッドストーンのラインハルト・カーフェンです」
「ラインハルト……酒場では少女と店主を救い、民を苦しめる暗殺者の手を切り落としてくれたと聞きました。私は貴方と一度お会いしたいと思っていたのですよ」
「光栄です。姫殿下」
「自己紹介が遅れました、私はアイゼンシュタイン王国第一王女、冒険者ギルド・ダーインスレイヴ、ギルドマスターの、エレオノーレ・フォン・アイゼンシュタインです」
姫殿下は微笑みながら俺に近づくと、俺に握手を求めた。平民の俺が王族と握手をしても良いのだろうか。恐る恐る姫殿下の手を握ると、体には神聖な魔力が流れた。きっと聖属性の魔法の使い手なのだろう。
「幻魔獣を従える冒険者が、幻獣を召喚出来ても不思議ではありません。衛兵長、あなたは目の前に居るフェンリルに気が付かなかったのですか?」
「まさか! こんなガキが幻魔獣のフェンリルを連れている筈がありません! この魔物は氷属性のシルバーウルフに違いありません!」
「ビスマルク衛兵長。貴方の目は節穴ですか? 騎士の称号を持ち、悪質な魔物から民を守る衛兵である貴方が、魔物の種類すら分からないとは……全く呆れました。魔獣クラスのシルバーウルフが、これ程までに強い魔力を持っている筈がありません。どう考えても幻魔獣のフェンリルです!」
姫殿下が叫ぶと、フェンリルは嬉しそうに俺を見つめた。衛兵長が鬼の様な形相で俺を睨んでいる。この者はブラックウルフの様な悪質な魔力を体に秘めているな……。性格もかなり攻撃的だ。『イェーガーの指環』を使用して、ヴォルフの正体を証明する事は出来るが、特殊な魔法道具は使用したくはない。ヘンリエッテさんの話によると、俺の指環はかなり貴重な物らしいからな。
「それではこうしましょうか。もしラインハルトが幻獣のミノタウロスを召喚出来れば、この魔物がフェンリルだという事を認める。どうですか? ビスマルク衛兵長」
「はい! まぁ不可能だとは思いますが、もしその小僧がミノタウロスを召喚出来れば、私は納得して職務に戻ります」
「それではラインハルト。ミノタウロスを召喚して頂いても?」
「お任せ下さい、姫殿下」
ミノタウロスを召喚すれば、ビスマルク衛兵長から開放されるのだ。もしこの場に姫殿下が居なければ、俺は執拗に衛兵長から絡まれていただろう。もしかすると剣を抜かれ、攻撃を仕掛けられていた可能性もある。
俺を信じてくれている姫殿下のためにも、ミノタウロスを召喚しよう。懐からミノタウロスの召喚石を取り出し、召喚に取り掛かる事にした……。




