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第十六話「賢者の素質」

 ギルドに入り、ファイアの魔法石を定位置に置く。二つの赤い魔法石が暖かく室内を照らし、幻想的な雰囲気を醸し出している。ロビンとダリウスはすっかり疲れてしまったのか、ソファに横になると、すぐに眠りに就いた。


 ヴォルフはまだまだ体力が余っているのか、室内を楽しそうに歩き回っている。俺はソニックブローの完成度を上げるために訓練を積み、ブラッドソードを崩壊させるための計画を練らなければならない。


 やらなければならない事は多いが、王国に来てから楽しくて仕方がない。人々と共に暮らす事、自分の力でギルドを盛り上げるために奮闘する事が、これ程までに面白いとは思わなかった。やはり俺は魔王には向かない人間なのだな。冒険者としてアイゼンシュタインを守るために、俺は更に強くなるつもりだ。


 フローラは魔法石を使って魔法の練習を始め、俺は剣に魔力を込める訓練を始めた。ヘンリエッテさんは風の魔法を操り、魔力の強化を図っている。フローラは驚異的な速度で魔法を習得している。十七歳まで魔法を一切使用した事が無かった様だが、既にサンダーの魔法と、ヒールの魔法を習得してしまったみたいだ。


 回復魔法、ヒールの使い手がパーティーに居れば、より安全に狩りが出来るだろう。明日にでもフローラを連れて王国の外に狩りに行こうか。タウロスを召喚してフローラを守って貰えば、フローラは危険な思いをせずに、魔物との戦闘を体験出来るだろう。


 人間を襲う悪質な魔物を狩れば、レッドストーンの知名度を上げる事が出来る。魔物の討伐依頼が来れば良いのだが、まだ『ブラッドソード壊滅』以外の依頼は来ない。確実に依頼をこなし、ギルドの知名度を上げてゆけば、ギルドのメンバーも増えるだろう。そうすれば、レッドドラゴン討伐の際の戦力になる。


「フローラ、そろそろ休みましょうか」

「はい、ヘンリエッテさん」

「一日で随分上達したわね。ヒールの魔法が使えれば魔物討伐も安全に行えるわ」

「そうなんですか?」

「ええ。パーティーに回復魔法の使い手が一人でも居れば、生存率は大きく上がる。回復魔法の効果は高ければ高いほど良いのよ。回復魔法の使い手は、狩りの間は魔力を温存しながら、仲間に危険が迫った時にのみ、魔力を使うのが一般的ね」

「なるほど。ですが、私も戦いに参加したいです。サンダーの魔法で敵を攻撃し、ヒールの魔法で仲間を回復させられる魔術師になります!」

「その戦い方をするには膨大な魔力が必要になると思うから、最低でもレベル35まで魔力を鍛える必要があるでしょう」

「という事は、あとレベル10上げれば良いんですね」


 どうやらフローラのレベルは25らしい。魔法の訓練もせずに、魔力が250もあるのだとか。ヘンリエッテさんの考えによると、フローラは生まれつき強い魔力を持っているらしい。魔力の初期値は人によって異なるが、何の訓練も積まずに魔力が250を超える人は殆ど居ないのだとか。


「いくら魔力が強くても、目が見えなければ対象に魔法を当てる事は出来ない。きっとフローラのご両親が魔法の使用を許可しなかったのは、誤って他人に魔法を当ててしまう可能性があると思ったからじゃない?」

「そうかもしれませんね……ヘンリエッテさん」

「だけど、ユグドラシルでは土の壁に対してサンダーの魔法を当てていた。どうして目が見えないのに魔法を精確に当てられたの?」

「それは……私は目が見えないから、魔力の雰囲気を感じ取って生きているんです。ユグドラシルでは、土の壁が持つ魔力を辿り、雷を飛ばして土の壁を捉える事が出来ました」

「盲目の生活が魔法能力を大きく上昇させていたのね。もしかすると、フローラには天性の才能があるのかもしれない。目を瞑って魔力を辿り、精確に対象に攻撃魔法を当てるなんて、並の魔術師には到底不可能。やはりフローラは賢者の様な偉大な魔術師になるのかもしれないわね……」


 ヘンリエッテさんが呟くと、フローラは顔を赤らめて俯いた。確かに、盲目のフローラが雷を正確に操れるのは驚異的だ。今まで魔力を感じながら暮らしていた事が、実はフローラを鍛えていたのだろう。フローラは自分の強さに気が付いていないのだ。


「そろそろ夕食にしましょうか。フローラ、キッチンを借りてもいいかしら?」

「はい。ヘンリエッテさんが料理をして下さるんですか?」

「ええ。ラインハルトとの旅の間も私が料理をしていたしね」

「そうだったんですね……私も料理を覚えたいです! ヘンリエッテさん、良かったら私に料理を教えてくれませんか?」

「勿論良いわよ、それじゃ一緒に料理を作りましょうか」

「はい! よろしくお願いします!」


 ギルドの一階にある小さなキッチンで、ヘンリエッテさんの料理教室が始まった。ヘンリエッテさんは一人暮らしが長いからか、慣れた手つきで料理をしている。フローラは目が見えないから、野菜の皮を剥くのにも苦戦している。フローラが魔力を感じ取れるのは、生き物や強い魔力を持つ存在に限るのだとか。敵が持つ魔力が強ければ強い程、フローラにとって簡単に敵の位置を探し出せるという訳だ。


 ヴォルフは退屈そうに俺の顔に頬ずりすると、俺は彼のモフモフした頭を撫でた。疲れた時はこうしていると気分が落ち着く。ブラックウルフが巣食う洞窟で、死をも覚悟してこの子を救ったのは正解だった様だ。ヴォルフはアイゼンシュタインまでの旅の間、命を賭けて魔物から俺達を守ってくれた。


 暫くヴォルフを抱きしめながら仮眠を取ろう。今日も夜の間は眠らないでブラッドソードの襲撃に備えるつもりだ。眠れる時に少しでも寝ておかなければ、体が持たない。昨日も眠気を堪えるのが精一杯だった。何か目を覚ます手段があれば良いのだが。


 一時間ほど仮眠を取ると、ロビンが楽しそうに俺の体を揺すった。どうやらフローラとヘンリエッテさんの料理が完成したらしい。ダリウスは露店で葡萄酒を買ってきてゴブレットに注いでくれた。疲れを取るために少しお酒を飲むとしようか。飲みすぎると判断力が鈍るから、ブラッドソードを倒すまではお酒の量を減らさなければならないな。


「フローラが手伝ってくれたから料理が楽だったわ。ラインハルトが露天商から貰った肉や野菜を使ってスープを作ったの。それから、以前ラインハルトがキノコにチーズを掛けた物を作ってくれたでしょう? なんだか懐かしくて真似して作ってみたわ」

「ああ、チーズの断面を直火で温めてから、ナイフで削いでキノコに掛けた料理ですね」

「そうそう。露天商が随分高級なチーズをくれたから、豪快にチーズを使ってみたわ」

「ラインハルトとヘンリエッテさんって、とても仲が良いんですね。二人はもしかして……お付き合いしているんですか?」

「フローラは焼き餅を焼いているのかしら。いいえ、私達はただの友人よ。アイグナーからアイゼンシュタインまで、ずっと一緒に居たから仲が良いの。ただそれだけよ」

「そうなんですね……」


 ただの友達と言われると少し寂しいが、俺はヘンリエッテさんよりもフローラの事をもっと知りたいと思う。ヘンリエッテさんは魅力的だが、頼れるお姉さんという感じだ。もしかしてフローラは俺に好意を抱いてくれているのだろうか……? まさかそんな事はないか。


「さぁ、冷めない内に頂きましょう」


 ヘンリエッテさんがゴブレットを掲げ、乾杯の音頭を取ると、俺達のささやかな宴が始まった。ヴォルフは露天商から頂いた乾燥肉の塊を一心不乱に齧り、ロビンとダリウスは、何やら二人で楽しそうに会話をしながら料理を食べている。


 目の見えないフローラのために、料理を食べやすいサイズに切って渡す。俺は試しに目を瞑って食事を摂ろうとしたが、これがなかなか難しい。早く彼女の目を治してあげたいが、レッドドラゴンを狩る以外に、不治の病を治す方法はない。


「フローラ、ラインハルト。今後の予定は決めているの? ブラッドソードを壊滅させるための具体的なアイディアとか……」

「実はまだ何も考えていないんですよ。衛兵ですら捕らえられない暗殺者集団を、どうやって誘き出せば良いのかも分かりません。当分の間は、深夜のアイゼンシュタインを歩き、敵の動きに警戒しようと思います」

「夜警をするという訳ね。確かにそれは良いアイディアだわ。私がレッドストーンを守るから、ラインハルトは外でブラッドソードを探して頂戴」

「はい! やっぱりヘンリエッテさんが居てくれると心強いです。いつもありがとうございます!」


 昨日はフローラを守るために、夜から朝にかけて寝ずに敵襲に警戒していたが、やはり外でブラッドソードを探して回る方が良いだろう。フローラはまだブラッドソード相手に戦える力は無いだろうが、ヘンリエッテさんとロビン、ダリウスがレッドストーンを防衛してくれるなら、俺はヴォルフと共に町を回る事が出来る。


 万が一、俺とヴォルフがブラッドソードと遭遇すれば、タウロスを召喚して戦闘に加わって貰う。幻魔獣のフェンリルと幻獣のタウロス、それから魔王である俺が居れば、数人の暗殺者に負ける事はないだろう。だが、敵の正確な数が分からない。


「ヘンリエッテさん。商人ギルドの方達もブラッドソードから襲撃された事があると言っていましたが、狙われた人に共通点とかはありますか?」

「そうね……共通点は馬車に商品を積んでいた事かしら。町を出て森に入った所で襲われたという人が多いわね」

「町中で商人が襲われた事はありますか?」

「露店を営んでいる商人が襲われたという話をよく聞くけど、商人ギルドに所属している行商人が町中で襲われたという話は聞いた事が無いわ。きっと外で襲った方が、衛兵や冒険者が居ないから安全なのでしょう」


 という事は、行商人の風貌で馬車に乗り、ブラッドソードから襲われるまで、アイゼンシュタインの周辺を走り続ければ、暗殺者を誘き出す事も出来るかもしれないな。既に俺は面が割れているから、フードで顔を隠して馬車を走らせれば、運良くブラッドソードの暗殺者に襲われるかもしれない。


 ブラッドソードがアイゼンシュタインから離れた村や町を襲撃する際には、住人を殺める事が多いが、町の周辺では基本的に殺人を犯さない。敵は初撃で俺の命を奪う程の攻撃はしないだろう。襲撃を受けて瞬時に反撃すれば、暗殺者を殺める事が出来るかもしれない。


 ヘンリエッテさんが作ってくれたスープを一口飲み、パンを齧りながら、ブラッドソード討伐のための具体的な計画を立てる事にした……。

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