第十二話「フローラの決意」
「ラインハルト様。私は魔術師ギルド・ユグドラシルで待機していますので、作戦が決まり次第、ギルドまで起こし下さい」
「分かりました。それでは後日お伺いしますね」
フリートさんがギルドから出ると、俺とフローラはギルドで朝食を食べる事にした。ロビンはダリウスを連れて市場に行き、適当な食料品を買ってくると、俺は台所を借りて仲間達のために料理を振る舞った。
「朝ご飯まで作ってくれてありがとう。ラインハルト」
「どういたしまして。料理はあまり得意じゃないんだけどね……」
「私が料理を作れたら良いのだけど、私はパイしか作り方を知らないの」
「フローラのパイ、美味しかったよ。いつかまた食べたいな」
「本当? 誰もシュルスクのパイなんて食べたがらなかったのに……」
「シュルスク? アイゼンシュタイン王国の王妃様がシュルスクの果実酒で毒殺されたって仲間から聞いたけど、あんなに美味しい果実が人殺しに使われるなんて」
「そう。王妃様が亡くなってから、誰もシュルスクを食べようとはしなかった。私はお母様からシュルスクのパイの作り方を教わった事があって、ギルドを訪れた人達をもてなすためにパイを焼いていたのだけど、誰一人パイを食べてくれなかった……」
あの美味しいパイは毒殺に使われたシュルスクの果実を使った物だったのか。確かに、王妃様の殺害に使われた果実を不気味がるのは当然な話だ。フローラの話によると、シュルスクの価格が大暴落してから、現在ではタダ同然の価格で購入出来るらしい。
シュルスクの果実はマナポーションの原料になるらしく、聖属性の魔術師が魔力を込めて煮込んだ物が、魔力を回復させるマナポーションになるのだとか。市場では魔術師向けにシュルスクの果実が売られているが、一般の市民がシュルスクを購入する事はないのだとか。
「私はパイの作り方しか知らないけど、ラインハルトが食べたいならいつでも焼いてあげる。お母様もシュルスクのパイが大好きだったし」
「だったという事は……フローラのお母さんはご存命ではないの?」
「ええ。私の母は去年亡くなったの」
「そうなんだ。実は俺も父を失くしたばかりなんだ」
「私達って本当に境遇が似ているわね。ラインハルト。今日からブラッドソード討伐のために動き始めるのでしょう? 私もラインハルトを手伝いたいのだけど……」
「フローラは危険だからブラッドソードには関わらない方が良い。俺達が二十四時間、フローラの護衛をするよ」
「守って貰うだけの人間にはなりたくないの。ラインハルト、私に戦い方を覚えて頂戴。私もブラッドソードと戦うわ!」
フローラは立ち上がると、俺の手を握った。体内には強い魔力を秘めている様だが、今まで魔法や剣術の訓練をした事がないのだとか。
「私は昔から他人を守るために、魔法の訓練がしたかった。だけどお父様は、目が見えない私が魔法を学ぶ事を許さなかった。以前、お父様に隠れて魔法の練習をした事があったのだけど、その時は何度も頬を打たれたわ……」
「反対に俺の父は、戦う事しか教えてくれなかったよ。だけど、そんな父の教育があったから、暗殺者を前にしても普段通り戦えたのかもしれない。暗殺者よりも遥かに強い父と、毎日剣を交えていたからね」
「暗殺者よりも強い……? ラインハルトのお父様は高名な冒険者様なのかしら」
「冒険者では無いけど、戦闘技術はかなり高かったよ。決して高名では無いけど、名は通ってた方だと思う」
フローラに父の正体を明かす事は出来ないし、俺自身が第七代魔王である事を教える訳にはいかない。まずは信頼関係を作り、それから魔王の家系で生まれた事を暴露しよう。身分を隠しながら生きる事がこれ程までに大変だとは思わなかったな。
「私は魔法を学びたい! ラインハルトや、ブラッドソード被害者の会の方達の役に立ちたいの」
「それなら……フリートさんから魔法を学ぶのはどうだろうか。ただし、魔法を身に着けても、一人ではブラッドソードの暗殺者と戦わない事。約束してくれるかな? 俺はフローラを失いたくないんだ……」
「大丈夫よ、ラインハルト。決して無茶な戦いはしない。私は生まれてから今日まで、毎日家族に守られて生きてきた。そんな自分が嫌で、民を守る冒険者になりたくて、このギルドを立ち上げたの。これからは愛する人を守るために、魔法を学んで強くなるつもりよ」
やはりフローラは意思の強い女性だ。盲目ではあるが、非常に行動力があり、思考が前向きだ。常に相手を助ける事を考えているのではないだろうか。フローラの様な高貴な女性と出会えた事に幸せを感じる。これからも俺が彼女を支えてあげよう。
俺に出来る事は、自分の剣で仲間を守る事だけだ。大陸を支配するために学んだ戦闘技術を活かして冒険者になり、ブラッドソードの様な民を苦しめる者を討つ。それが、歴代の魔王が犯した罪を償う唯一の方法ではないだろうか……。
「フローラ、俺は知り合いにブラッドソードの件を相談しに行くから、フローラは先にユグドラシルに行っていてくれるかな? きっとフリートさんならフローラの魔法訓練を手伝ってくれると思う」
「分かったわ。それでは後で会いましょう」
「ロビン。ダリウス。フローラの護衛を任せても良いかな?」
「勿論だよラインハルト」
「任せてよ。僕達がフローラを守る。だけどヘンリエッテさんにも会いたいな……」
「後で連れてきてあげるよ」
俺はロビンとダリウスにフローラの護衛を任せると、ヴォルフを連れてギルドを出た。ヘンリエッテさんが所属している商人ギルド・ムーンライトに行かなければならないな。冒険者区を抜けて、商業施設が立ち並ぶエリアに入る。正門の付近にも様々な店が建ち並んでいたが、どうやらこのエリアがエイゼンシュタインで最も商業が発展している場所らしい。
商業区と呼ばれているエリアには、冒険者向けの店は少なく、一般の市民を対象にした店が多い様だ。飲食店や、酒場、日用品等を扱う店や、インテリアの店等。様々な店が立ち並ぶ商業区を進むと、俺達は『商人ギルド・ムーンライト』を発見した。
商業区の中でも一際大きな石造りの建物で、建物は倉庫の様な形をしている。複数の馬車が出入りしており、商人たちが忙しそうに働いている。俺がギルドの扉を叩くと、若い女性が対応してくれた。
「商人ギルド・ムーンライトへようこそ。冒険者の方ですか?」
「はい。実はヘンリエッテ・ガイスラーさんに用があって来たのですが」
「ヘンリエッテさんですね。少々お待ち下さい」
若い女性に案内されて室内に入ると、商人達が一斉に俺を見つめた。室内には女性の商人の姿が多く、どうやら男性の商人は殆ど居ない様だ。様々な商品が室内に置かれており、商人達は紅茶を飲みながら、昼食を摂っていたようだ。
「あれって……幻魔獣のフェンリル? 信じられない! あんなに若い冒険者が、幻魔獣を連れているなんて!」
「黒い魔装、肩まで伸びた銀髪。幻魔獣のフェンリルを連れた冒険者。もしかして、ブラッドソードを倒した冒険者じゃない?」
「確か三人の暗殺者を相手にして、傷一つ負わなかったのだとか」
既に俺がブラッドソードと剣を交えた事が噂になっているみたいだ。暫く待つと、部屋の奥からヘンリエッテさんが姿を現した。今日は鎧ではなく、深緑色のローブを身に纏っている。艶のある黒い髪を靡かせながら、颯爽と室内を歩いてい来る姿はやはり美しい。
「ラインハルト! 昨日別れたばかりなのに、昨日夜にはあなたの噂を聞いたわ。ブラッドソードの連中と戦ったんですってね」
「はい、ヘンリエッテさん。昨日の夜、酒場でブラッドソードの暗殺者と戦いました」
「一体どういう事なの? どうしてラインハルトが暗殺者に目を付けらている訳?」
俺はヘンリエッテさんに昨日の出来事を話すと、商人達もブラッドソードの連中に襲われた事があるらしく、半数以上の方は『ブラッドソード・被害者の会』のメンバーだった。俺が暗殺者の手首を切り落としたと報告をすると、商人達は歓喜の声を上げた。行商の最中に暗殺者から馬車を襲撃され、商品を奪われた人も多いのだとか。
「ラインハルトがブラッドソードの討伐クエストを受けてくれたのね。私達商人ギルド・ムーンライトは、以前からブラッドソードに狙われていたの。ブラッドソードの暗殺者に馬車を襲撃され、命を落とした行商人も多い……」
「商人の皆さん。何かブラッドソードに関する情報があれば、冒険者ギルド・レッドストーンまでお越し下さい、俺達が必ずブラッドソードを壊滅させます」
俺がそう宣言すると、商人達は喜びの声を上げた。それから俺はヘンリエッテさんに頼み、旅の間に得た魔法石や召喚石を買い取って貰った。魔石を専門に売買している商人も多く所属しているらしく、ムーンライトに魔石を持ち込めば、適正な価格で買い取って頂ける事が分かった。
ファイアの魔法石が十個、ガーゴイルの召喚石が五個。ゴブリンの召喚石が五個。合計で二万二千ゴールドになった。やはり魔石は稼げる。特に魔法石は買取価格が高い。召喚石は、希少な魔物以外は殆ど値が付かないが、魔物を狩り続ければ、高額で売れる魔法石を集められるだろう。
「ラインハルト。今日はこれからどうするつもり?」
「そうですね……ブラッドソードの暗殺者を誘き出す手段がないか、少し考えてみようと思います。それから、タウロスとヴォルフと共に訓練をしたいですね。更に強くならなければ、きっと暗殺者ギルドを壊滅させる事は出来ないでしょうから」
「そうね。私はギルドでの用事も終えて、暫く時間が出来たから、今日からまたラインハルトと一緒に居ても良いかしら? レッドストーンのフローラという女の子にも会ってみたいし……」
「またヘンリエッテさんと一緒に居られるんですね! それでは宜しくお願いします。ブラッドソードを壊滅させるための知恵を貸して下さい」
「ええ。ラインハルトは私の大切な仲間だからね。命の恩人でもあるし。私が出来る事ならなんでもしてあげるわ」
ヘンリエッテさんは柔和な笑みを浮かべ、俺を強く抱きしめてくれた。彼女の豊かな胸が俺の体に触れる。信じられない程柔らかくて温かい。やはりヘンリエッテさんと居ると落ち着くな。
ムーンライトの商人達も、ブラッドソードに関する情報を集めてくれる事に決まった。俺はヘンリエッテさんとヴォルフと共に、フローラが待つ『魔術師ギルド・ユグドラシル』に向かう事にした……。




