第十一話「クエスト」
酒場で食事を終えてからレッドストーンに戻ると、ロビンもダリウスもすっかり疲れてしまったのか、すぐにソファの横になって眠りに就いた。夜のギルドはファイアの魔法石が優しい光を放ち、古びた家具を照らし上げている。何とも言えない美しい雰囲気だな。この空間を、仲間達を、早くフローラに見せてあげたい。俺は努力を重ねて、幻獣のレッドドラゴンをも凌駕する力を身に付けてみせる……。
「ラインハルト。自分の家だと思って好きに使って良いからね。私は二階に居るから、用があったら上がってきてね」
「分かったよ。おやすみ、フローラ」
「ええ。おやすみなさい。ラインハルト」
ヴォルフはフローラの足に頬ずりをすると、フローラはヴォルフの頭に口づけをしてから、ゆっくりと二階に続く階段を登った。さて、暗殺者ギルド・ブラッドソードの対策をしなければならないな。俺は明日から本格的に冒険者ギルドのメンバーとして働くつもりだが、レッドストーンには受注出来るクエストが無い。
ギルドの知名度が低いから、地域の人達や町を訪れた人達が、レッドストーンにクエストの依頼をしないのだろう。まずはレッドストーンの知名度を上げる事。そうすれば依頼者は自然と集まるだろう。フローラに対して依頼が来れば、俺が正式にクエストととして受けて、依頼を遂行する。これを繰り返していけば、レッドストーンの知名度も上げられるし、お金も稼げるだろう。
「ヴォルフ。フローラが危ない時は、俺の代わりに彼女を守ってくれよ」
「……」
ヴォルフのモフモフした頭を撫でると、彼は何度も俺の顔を舐めた。ロビンやダリウスも頼れる仲間ではあるが、戦闘力はヴォルフの方が遥かに高い。ブラッドソードとの戦闘、ギルド間の抗争に発展する可能性は極めて高いだろう……。これからもヴォルフの力を借りる事が増えそうだ。
辺境の村や町を襲い、金品を強奪する様な集団が、やられたまま引き下がる訳はない。こちらからブラッドソードの拠点を探し出して叩いた方が良いだろうか。フローラの警護をロビン、ダリウス、ヴォルフに任せ、俺はタウロスと共にブラッドソードを壊滅させる。そうすれば地域のためにもなり、一気にレッドストーンの知名度を上げられるだろう。
しかし、この町の土地勘もない俺が、どうやってブラッドソードの拠点を見つければ良いのだろうか。衛兵ですら捕らえる事が出来ない暗殺者集団。フローラに対して『殺す』などと言う輩を生かしておくのは危険だ。明日からブラッドソードに関する情報を集めようか。
ヘンリエッテさんと合流して、アドバイスを頂くのはどうだろうか。彼女は行商人だから、俺よりも遥かに多くの情報を持っている。明日にでもヘンリエッテさんが所属するギルドに顔を出してみよう。
気持ち良さそうに眠るロビンとダリウスに毛布を掛け、魔剣と魔装の手入れをしながら今後の事を考える。やっと王国に辿り着いたんだ、これから冒険者としての生活が始まるというのに、暗殺者ごときに邪魔をされてたまるか。
魔剣と魔装の点検をしてから、魔装を部屋の隅に置き、魔剣を抱きしめながら椅子に座った。森では夜襲を警戒して満足に眠る事も出来なかった。アイゼンシュタイン王国に来れば安心して眠れるかと思ったが、安眠は暫くお預けのようだ。
椅子に座りながらギルドの入り口に意識を集中させ、目を閉じながら朝まで待つ。父の教えによると、『敵を仕留めるまでは寝るな』、『弱い敵ほど夜に姿を現す』らしい。幼い頃から魔王になるための教育を受けてきて良かったと、旅に出てから何度も実感した。力が無ければ愛する者も守れないからな。
俺が戦い方を学んでいなかったら、アーベルさんやカミラを救う事も出来なかったし、ヘンリエッテさんを助ける事も出来なかった。愛する者を守るために、更に鍛錬を積み、最高の冒険者を目指す……。
精神を集中しながら、朝まで魔剣を抱いて椅子に座っていると、流石体が疲れてきた。フローラが焼いてくれたパイをもう一度食べたいな……。早くフローラに会いたいと思うのは、俺が彼女に恋心を抱いているからだろうか。
暫くすると、ロビンとダリウスが目を覚ました。彼等は眠たそうに目を擦ると、心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
「ラインハルト。ずっと起きていたの?」
「ああ。そうだよ、ダリウス」
「僕達を守るために起きていてくれたんだね。ありがとう、ラインハルト」
「ロビン、ダリウス。俺の考えでは、近い内に暗殺者ギルドの連中と再び剣を交える事になると思うんだ。俺達はアイゼンシュタインに辿り着いた訳だけど、森の中に居る時と同様に、夜の間も奇襲の可能性を考慮しながら過ごさなければならないんだ」
「夜の見張りなら任せてよ。ラインハルト、一人で無理をしないで、俺とダリウスの事も頼ってよ」
「ありがとう。二人共、これからも俺を支えてくれるかな」
「勿論だよ。俺達はラインハルトの召喚獣なんだからね」
俺は小さなロビンとダリウスを抱きしめると、早朝から冒険者ギルドの扉が叩かれた。今は朝の六時頃だろうか。こんなに早い時間からギルドに用事がある人が居るのだろうか。
扉を開けると、メガネを掛けた二十代後半ほどの女性が立っていた。金色の美しい髪を綺麗に結び、手には銀製の杖を持っている。頭には白い帽子を被り、紫色のローブを着ている。
「朝早くからすみません。ここにブラッドソードの暗殺者を倒した冒険者が居ると聞いて来たのですが」
「おはようございます。クエストの依頼ですか?」
「そうですね……はい。クエストを頼もうと思います」
「それでは中にどうぞ」
俺は女性を室内に招き、彼女のために紅茶を淹れた。ブラッドソードに関するクエストの依頼をしに来たのだろうか。彼女は紅茶を一口飲むと、深呼吸してから俺を見つめた。意思の強そうな人だが、体からは優しい魔力を感じる。
「私は魔術師ギルド・ユグドラシルのギルドマスター。レベル40、魔術師のレーネ・フリートと申します。早朝から尋ねてしまって申し訳ありません」
「俺は冒険者ギルド・レッドストーンのメンバー。レベル29、幻魔獣の契約者、ラインハルト・カーフェンです」
「幻魔獣の契約者……? 書物でしか見た事が無い称号ですね。まだお若いのに幻魔獣を従魔にしてしまうとは……」
「たまたま気の合う幻魔獣と出会えたんですよ」
「道理でブラッドソードの連中を倒せる訳ですね。どうやらここに来たのは正解だったみたいです……」
「フリートさん。早速ですが用件をお伺いしても?」
フリートさんは紅茶を一口飲み、深刻そうな表情で杖を見つめると、静かに語り始めた。
「実は……私は三年前に妹をブラッドソードの暗殺者に殺害されたのです。それから私はブラッドソードの暗殺者を探し続けました。夜の町を歩き、この三年間で四度、ブラッドソードの暗殺者を見つけ出す事が出来ました。しかし、私の力では暗殺者を退けるだけで、傷一つ負わせる事が出来ませんでした」
「暗殺者に妹さんを殺されたんですか……?」
「はい。そんな時、ラインハルト様がブラッドソードの暗殺者を三人相手にし、一人に重症を負わせたと、衛兵から聞いたのです」
「昨日の夜、ここから近い酒場でブラッドソードの暗殺者と交戦しました」
「ラインハルト様。私の全ての財産を差し出します。どうか私の代わりにブラッドソードの暗殺者を殺害してくれませんか? これは正式な依頼です……」
レーネ・フリートさんが提示した条件は、報酬として七十万ゴールド。クエスト達成条件は、ブラッドソードの隠れ家を見つけ出し、暗殺者を殺害、もしくは拘束する事。アイゼンシュタインでは『ブラッドソード・被害者の会』があるらしく、七十万ゴールドは、被害者達が貯めたお金なのだとか。
被害者の会の方達は、ブラッドソードを壊滅させる力を持つ冒険者を探し続けているらしい。三年間で五回、腕の立つ冒険者にクエストの依頼を出したが、冒険者達は返り討ちに遭い、それ以降は誰もブラッドソードの暗殺者に歯向かう事はなくなったのだとか。レベル50を超える高レベルの冒険者でさえ、ブラッドソードには敵わなかったらしい。
もしこのクエストを達成出来れば、一気にレッドストーンの知名度を上げる事が出来る。それに、七十万ゴールドという高額の報酬も魅力的だ。まずはギルドマスターのフローラと相談しよう。個人的にクエストを受ける事も出来るが、それではギルドに所属している意味がない。
俺は二階に上がり、フローラを呼ぶと、彼女はゆっくりと階段を降りてきた。フリートさんから聞いた話を全てフローラに伝え、それから俺自身もブラッドソードを倒す必要があると力説すると、フローラは二つ返事で提案を了承した。
「王国を脅かす暗殺者集団を放っておく訳にはいきませんからね」
「それでは、正式にクエストを受けて頂けるのですね?」
「私は構いませんが、実際に戦うにはラインハルトなので、ラインハルトが今回のクエストを受けるかどうか決めてくれる? 私はあなたの決定に従うわ」
「それでは。冒険者ギルド・レッドストーンが今回のクエストを正式に受けさせて頂きます」
「ありがとうございます! 幻魔獣をも従える冒険者様がクエストを受けて下さるとは……! 今日は幸せな日です。被害者の会の方達にも、レッドストーンがクエストを受けて下さった事を伝えておきますね」
「確実に倒せるとは限りませんが、暗殺者からフローラを『殺す』と言われた以上、放置出来ない存在だとは思っていました。まずは居場所を突き止めて、迅速に行動を開始します」
フリートさんは大粒の涙を流し、俺の手を握りながら何度もお礼を言った。レッドストーン初のクエストが、王国の衛兵でも捕らえられない暗殺者の殺害、又は捕獲。ブラッドソードの暗殺者には懸賞金が掛かっているらしく、正式に討伐依頼を受けた冒険者は、賞金首を討伐する事が王国から許可されるのだとか。
随分難易度の高いクエストを受けてしまったが、被害者の方達のためにも、俺が暗殺者達に引導を渡すしかないだろう。ブラッドソードに関する情報をフリートさんから聞いた後、俺はヘンリエッテさんに会いに行く事にした……。




