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誰にも邪魔させない、私たちの青春。  作者: 青木ユイ
第一章 2016年度 高校一年生
3/35

に にど目が合えば

「……」


 気まずい……。

 私、佐野優樹菜。高校一年生。一目惚れしてしまった相手である桧原奏音くんと一緒に帰ることになりました。

 というのも、私が桧原くんと彼の友人尾川くんの会話を盗み聞きしている間に道に迷ってしまったのが原因。高校一年生にしてストーカー予備軍入りしてしまったこの悲しさは計り知れない。でも、そのおかげで一緒に帰れることになったから嬉しいかも? うーん、でも、なんだかやっぱりちょっとだけ複雑……。

 気まずいまま来た道を引き返していると、桧原くんが私の顔を右から覗き込むようにしながら言った。


「佐野さんの家って、もしかしてラスカの前のマンション?」

「えっ! な、なんで知ってるの!?」


 もしかして桧原くんって、超能力者!? 驚いて私が目を丸くしていると、彼はくすくす笑った。う、なんで笑われたんだろ……?


「中学の時にラスカから出て来た時に見た人が、佐野さんの後ろ姿と似てたからそうかなって。あと、四中だって言ってたから」

「あうぅ……」


 恥ずかしい。めちゃめちゃ叫んじゃった……。でも、そんなこと覚えてるなんて、記憶力いいなぁ。すごい。

 ちなみに、ラスカっていうのは私の家の前にある薬局の名前。うちは五階建てのマンションなんだけど、そこに入って行くのを見たことがあったそうで。それも、何回も見たらしい。うーん、出会いってわからないものだね。


「じゃあ、こことは反対だね。交差点の曲がり道を逆に曲がっちゃったんじゃない? 俺の家の前まで来ててよかったね」

「も、申し訳ないです~……」(本当はストーカーしてただけなんだけど)

「いいって。ほら、信号変わったから行こう」


 さりげなく手をひかれた。多分、今私はすごく顔が赤いと思う。制服の上から触れられたところが、熱い。頭がおかしくなりそう。熱が出た時みたいにぼーっとしちゃって、足元もおぼつかなくなってくる。

 ふらふらしていると、横を通った大柄の男の人にぶつかってしまった。上から、舌打ちが落ちてくる。びくびくしながら小さな声で「ごめんなさい……」と謝ったけど、多分聞こえていなかったと思う。私たちを睨んで「高校生のくせに」と吐き捨てるようにつぶやいていた。

 大人って、怖い。


「佐野さん」


 桧原くんが、こっちを振り向かないまま私の名前を呼んだ。


「は、はいっ」

「――――大丈夫?」


 桧原くんが、こっちを見た。目が合う。笑ってもなくて、怒ってもなくて、無表情ってわけでもない。真剣な目。

 その瞬間、私の中の何かが、音を立てて落ちた(・・・)。コトリ。

 私は、うつむく。これ以上彼を見ていたら、全部緩んでしまいそうだった。全部全部、落としてしまいそうだった。


「だ、大丈夫……です」

「こっち向いて()って?」


 右手は掴まれたまま。反射的に、ぎゅっと目を閉じた。脳裏に浮かんでくるのは桧原くんの笑顔。もう、だめだ。

 私は、ゆっくり顔を上げた。また、ばっちり目が合う。恥ずかしい。もう、我慢できない。でも、だめなんです。私、もう、恋しちゃったのかもしれない。


「大丈夫……です」


 すると、桧原くんがぱっと目を逸らした。私が何か嫌なことしちゃったのかと思って訊いてみようとする。けど、やめた。なんとなく、この横顔もいいなぁ、なんて思ってしまったから。

 私、どんどん欲張りになっていく気がする。でも、いいよね。恋しちゃったんだから。

 二度目が合えば、恋の音がする。……歴史の教科書風に言ってみた。


「な、ら、いいけど」


 桧原くんは手で口を覆いながら、ぼそぼそとつぶやいた。なにがそんなに見たくないほど嫌なんだろう?

 そのとき、突然彼に腕を引っ張られた。驚きで状況がわからないまま、桧原くんの右側に行く。すると、彼の左側すれすれを、自転車が猛スピードで通っていった。あれが、私にぶつかったりしないようにしてくれたの……?

 なんで。なんでそんなに優しいの? なんでそんなに、私に優しくするの? もう、私、どんどん好きになっちゃうよ。瑞樹ちゃんにはダメって言われたけど、恋って、簡単に止められるものじゃないから。


「佐野さん大丈夫?」

「だ、大丈夫」


 ふわふわした桧原くんの髪が、風になびく。私より少しだけ背が小さくて、でも私よりずっとしっかりしてて、かわいいのにかっこよくて、普通な男の子。私が一目惚れしてしまった、桧原奏音くん。

 絶対に、この恋は夢で終わらせたくない。眺めてるだけじゃもう物足りない。欲張りな私を許して、神様。


 しばらくまた無言で歩いていると、一瞬目の前が暗くなった。あれだ。咄嗟に立ち止まる。そしてしばらく一点を見つめていると、次第にその暗さはなくなっていった。よし。


「気分悪いの?」


 そう訊いてきた桧原くんに、私は「ううん、大丈夫」と首を横に振った。彼はまだ疑っていたけど、私は気にしないことにした。


「あ、見て」


 桧原くんが、唐突にそう言った。きょろきょろと辺りを見回す私の顔をくいっと上方向に傾けられ「あっち」と指差される。こっ、この体勢はっ……! 顔、支えられてる!

 恥ずかしさはあったけど、もう自棄になっていた。ゆっくりと桧原くんが指差した方を見上げると、そこには綺麗な飛行機雲がまっすぐのびていた。空が晴れているからか、余計に強調されて見える。

 すごい。さっきまで曇っていたのに、いつの間にか晴れてる……。


「綺麗」

「でしょ? 佐野さん、ああいうの好きかなって思って」


 今日会ったばかりなのに。そんなこと、一言も言ってないのに。それなのに。

 もう、敵わないよ。桧原くん、すごすぎです。


「うん。……好き」

「だろうと思った」


 桧原くんはにこっと笑った。かわいい。やばい、好き。好きすぎてすごいことになってる。もう無理だ。この人を、好きにならないでなんていられない。


「着いたよ」

「あ、えっ、」


 目の前には、見慣れたマンション。私の家。もう、着いちゃったのか……。手を振って別れようとした時、不意に後ろから聞き覚えのある声がした。


「優樹菜?」

「え、お兄ちゃん?」


 私の兄、佐野菜樹優(さきや)。眼鏡が似合ってる冷静沈着な同じ池谷高校の三年生。大学には行く気がないらしい。

 それにしても、お兄ちゃんがなぜここに……って、そっか。今日は三年生は始業式だけして帰ってきたのか。あと教科書とか配られて。で、私は寄り道してとろとろしてたから、遅かっただけなんだ。


「今日はお昼友達と食べに行ったのかと思ったよ。後ろの彼は誰だい?」

「うぇっ!? あ、私が道に迷っちゃったから、送ってもらった、の」

「え、えーと、桧原奏音といいます……?」


 突然のフリに私たちは動揺しながら答える。お兄ちゃんがシスコンじゃなくて本当によかったと感じる今日この頃。


「そっかそっか。それなら、お礼にお昼ご飯食べてもらおうか。お腹、空いてるだろう? あ、もしかして食べて来た?」

「あっ、いや、お気遣いなく! 食べて来てはいませんけど、でも悪いし……」


 しどろもどろになる桧原くんに、私が助け舟を出す。


「そっ、そうだよお兄ちゃん! 上がってもらったら変に遠慮しちゃうかもだしっ、私も恥ずかしいしっ!」

「そうか? でも、せっかくだから……」

「お、お気遣いなくっ!」


 マンションの入り口で口論を始める高校生三人組。どんなんだ。


「でも、せっかく優樹菜が連れてきた男の子だし、話したいな」

「お、おおっ、お兄ちゃん! そそっ、そんなんじゃないからっ! 変なこと言わないでよ!」

「そ、そうですよ! 俺ら、そんなんじゃないですから!」


 お兄ちゃんの一言に、いちいち動揺して必死に弁解しようとする私たち。お兄ちゃん、私たちが付き合ってるとか思ってないよね? だって今日、入学式だよ? それ、認めちゃう?

 うーん……あまりにもシスコンじゃなさすぎるのもそれはそれで厄介なのかもしれない。こっちが必死。


そういうの(・・・・・)じゃないって言うんだったら、上がってもらおうか」

「……はい」


 なんかわからないけど、詐欺的というか、騙されたというか、してやられたというか、そんな感じで家に強制連行された。ってか、桧原くんに迷惑でしょおおお! 桧原くん、ひいてないかな……。


「ひ、桧原くんごめん。あの、お兄ちゃんちょっと今恋愛関係にすごい興味あるみたいで。巻き込んで、ほんとごめん」


 スキップしそうな勢いで歩いていくお兄ちゃんの後ろをついて歩く私は、隣を歩く桧原くんにそう声をかけた。すると彼は笑顔で答える。


「大丈夫だって。楽しいし。あ、でも、なんかお兄さんに誤解されてたら解いておいてね? それだけよろしく」

「う、うんわかった。それじゃあ、今日はお昼食べて行って」

「やった。今日俺の家誰もいないから、面倒だと思ってたんだよ」

「なら、よかった」


 あはは、と愛想笑いする。前にお兄ちゃんの姿は見えなくなっていた。多分、舞い上がりすぎて早足になっちゃったんだろう。先に行ってるはず。

 今日、うちの親は二人とも出勤していて、帰ってくるのは夜中になると言っていた。だから、家には私とお兄ちゃんしかいない。まあ、正確に言えばもう一人、というか一匹、犬がいるんだけどね。あ、桧原くん犬アレルギーとかじゃないかな?


「あの、桧原くん」


 うちの玄関前まで来たところで、私は口を開いた。


「犬アレルギーとかじゃないですか?」

「え、うん。大丈夫。あんまり好きじゃないんだけど、アレルギーとかはないよ」

「そっか。ならよかっ――――」


 って、よくない! 桧原くん、犬好きじゃないんだ……。どうしよう! いや、どうしようもないな。


「ただいまー。あ、とりあえず入って」

「お、おじゃましまーす……」


 その瞬間、うちの愛犬サユが吠えた。鳴き声が響く。多分、音がしたからなんだろう。私は慣れてるけど、桧原くん大丈夫かな?

 振り向いたら、彼は固まっていた。やばいっ、これは……。


「ひっ、桧原くんごめん! 大丈夫?」

「だ、大丈夫。ごめん、ちょっとびっくりした」


 うぅ、お願いだから、サユ、少しだけ黙っていてくれないかなぁ……。

 私はリビングに入ってゲージの中のトイプードルに声をかけた。


「サユ、ただいま。今日は私の友達が来てるから、吠えちゃダメだよ」


 わんっ、といい返事。ただこのコ、ほんとに返事だけなんだよなぁ。すると、桧原くんがリビングに入ってきた。サユ、吠える。ここはだめだ……。場所を変えなきゃ!


「ごめっ、わ、私の部屋行こっ! お兄ちゃん、ご飯できたら運んでくれない? ほんとごめんね!」

「いーよいーよー」


 お兄ちゃんの返事は聞けたので、私は桧原くんの腕を引っ張って自分の部屋に入った。サユは頭がいいから、ゲージから出て私の部屋のドアまであけてくることもあるので鍵も閉めておく。よし、セーフ。


「ごめんね、桧原くん。犬苦手なんだよね」

「う、ん。大丈夫デス」

「全然大丈夫そうじゃないよ!?」


 桧原くんはすぐに手で顔を隠したけど、私は見た。彼の顔が青かったのを。無理させちゃったのかもしれない……。悪いことしたなぁ。

 でも、残念ながら私の権力(ちから)ではサユを静めることはできないので、未解決事件として終了、と。


「あー……かっこわる……」


 桧原くんのつぶやきが聞こえてくる。かっこわるくなんかなかった。むしろかわいかった。犬が怖いとか、もうなんかめっちゃかわいい。

 ギャップ萌えっていうのかなんていうのか、とりあえずかわいい! いや、かわいいを通り越してぎゃわいい! もう、めっちゃかわいい! おいしい! ……よし、落ち着け私。興奮するんじゃない、私。

 ってか、初対面の人を家に入れるお兄ちゃんって結構危険だな……。今回は私の同級生だったからいいけど、これからは勝手に知らない人を家に入れないように言っておかないと。お兄ちゃん、しっかりしてるようで緩いからなぁ。


「……なんか、ごめん」

「え、なにが?」


 桧原くんが突然謝るから、私は顔をあげてなぜか超フレンドリーな返事をしてしまった。うわあ、今のは私の中の黒歴史だぁ……。恥ずかしい。こんなの私のキャラじゃないよ! なんか、桧原くんの前だと調子狂う。


「いや、だって。急に押しかけたのに、犬苦手とか、なんか遠慮させちゃうようなこと言うし、気の利いたことできないし……」

「そ、そんなことないって!」


 むしろ、お客様である桧原くんにそんなことを考えさせてしまっている私たちの方がダメダメだよ! しかも、押しかけたんじゃなくて強引に入れられた、でしょ? なに謙遜してるんだ、悪いのは私たちです!


「ひ、桧原くんはお客さんなんだから、気にしなくていいの! あ、お兄ちゃんの漫画読む? 『ドリームトラベル』しかないけど」

「いや、いいよ」

「そう?」


 ドリームトラベルってのはあんまり面白くないのに無駄に長々と続いている漫画。お兄ちゃんは面白いって言ってるけど、私からしたらただの難しくて長ったらしい駄作だと思う。

 あ、そっか。桧原くんに駄作なんか読ませちゃいけないね。でも、私の漫画は少女漫画ばっかりだから読ませられないな……。どうしよう。桧原くん、つまらないよね。暇だよね。


「あのさあ」

「は、はいっ!」


 小さな部屋で反響する桧原くんの声にびっくりしながら返事をすると、彼はにっこり笑った。て、天使……。


「なんか話そう?」

「よっ、よろこんで!」


 さて、どうしましょう。

 私、佐野優樹菜高校一年生。今日は高校の入学式、四月八日。

 一目惚れした桧原奏音くんを家に招き入れ、お話することになりました。


 ……って、何を言えばいいのぉぉおっ!?

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