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誰にも邪魔させない、私たちの青春。  作者: 青木ユイ
第一章 2016年度 高校一年生
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いち ひとめふためで恋をした

 ここは、平凡な公立高校の池谷高校。通称池高。

 私、佐野さの優樹菜ゆきなは、この高校に今日入学しました。


 細い路地を通ると、満開の桜が出迎えてくれる。そして、目の前にはおしゃれな校門。広いテニスコートが見える。

 校舎もとても綺麗で、これから始まる高校生活がとても楽しみ。毎日、この景色を見れるのか……。



 入学式を終えたあとの教室前廊下は、生徒でごった返していた。私はうろうろとそのへんをさまよう。


(一年A組、か……)


 さっき見たクラス発表のときのことを思い出した。一年A組。担任は吉川よしかわ久美くみというらしい。先輩らしい女子の会話から聞こえてきたのは、彼氏ができないという情報くらい。A組の他の生徒は、どんな人なのだろう。


「仲のいい友だち、できたらいいな」


 心の中でつぶやいたはずなのに、なぜか声に出してしまった。恥ずかしい……。誰かに聞かれてないかな?

 そのとき、なんの前触れもなく、めまいがした。そのまま、すぐそばにあった壁にもたれかかる。

 中学のときから、そうだった。人ごみの中に行くと、途端に視界が暗くなって頭がくらくらする。理由は分からないけど、とにかくいつ頃からかそんなことがあった。

 中学の頃を思い出しながら窓に耳をひっつけてみると、少しひんやりとしていて気持ちいい。しばらくそのままでいて、人が減るのを待とうとした。

 でも、また頭がぐらっとし出す。これはやばいと思った私は、すぐさまその場にしゃがみ込んだ。誰も、私のことなんか見ていない。それなら、こういうことをしていても、なんの恥ずかしさもない。

 注目されるのが苦手な私は、人ごみに紛れてしゃがみ、壁にもたれかかったまましばらくぼーっとしていた。


 時間が経っても、人は一向に減らなかった。ざわついた廊下。髪を染めた派手な子や、三つ編み眼鏡という地味な格好の子もいる。男の子ももちろんいるし、背がすごく高い人だっている。この中の誰と同じクラスになるのだろうか。

 私は、一年C組の前でしゃがんでいた。だから、C組に入っていく生徒を見ることができる。まだめまいは続いていたが、ぼんやりとした視界の中C組に入っていく生徒を観察し出した。

 私には初対面の人を観察してしまうという癖がある。つい、この人はこういう人なんだろうなーとか、私のことこう思ってるんだろうなーとか、そういうことを勝手に考えてしまう。別に迷惑じゃないと思うけど、観察されてたらやっぱり嫌だよね……。

 私はC組から目線を逸らし、両腕に顔をうずめた。そのとき。


「大丈夫?」


 声をかけられたのは、突然だった。今まで声をかけられたことなんてほとんどなかったから、動揺してしまう。私はぱっと顔を上げて、相手の顔を見た。


「お腹痛いの?」


 男の子、だ。一目見ただけで、なんか、どきどきしてくる。私はさらに動揺しながら、癖の観察を始めた。

 ふわふわしてそうな茶色っぽい髪に、人懐こい笑顔。一目で、人気者タイプだってことがわかった。いつも友だちに囲まれてそうな、スポーツはまあまあできるけど勉強は無理! って感じの男の子。スポーツは野球よりサッカーの方が似合いそう。

 結構かっこいいし、多分女の子にも人気があると思う。私なんかにも声をかけてくれるんだから、きっと男女平等に優しくて仲良くしてるはず。

 学ランのボタンはほとんど止まってない。中に着ているワイシャツみたいなのも上から三つもボタンが外されている。着崩しすぎ……。

 男の子は私と目線を合わせようとしてくれたのか、その場にしゃがんだ。


「顔色、あんまりよくないけど。大丈夫?」

「あ、うん。大丈夫」


 私はこくこくとうなずく。心配してくれてるんだ……。少し新鮮な気持ち。


「立てる?」


 すっと手を出してきた。これは、手を貸してくれるってことかな。

 私はまたこくこくとうなずきながら、その善意に甘えて手をとって立ち上がる。そのとき、驚いた。

 私より、五センチくらい小さい。身長が低い! 私が150センチとちょっとくらいだから、この人は145センチくらいってこと? うわー……。


「あ、俺、一年A組の桧原ひはら奏音かなと。よろしく!」

「一年A組の、佐野優樹菜です……」


 桧原くん、か。奏音って、なんかかっこいい名前。いいな。なんか、わからないけど、かわいくてかっこいいなって思う。

 てか、同じクラスだ……。嬉しい。


「おいカナ! お前遅いぞ! どこ行ってんだよ。ここ、C組だぞ!」


 A組の方から走ってきて桧原くんの肩をぐいっと引っ張り、顔を覗き込む男の子。さらさらヘアーでストレート。黒髪。しっかりした面倒見のいいアニキタイプって感じ。

 彼らは多分、中学から仲がいい友だちなんだろう。笑顔で会話している。それを見ているだけで、楽しい。


「やめろって、隆夜(りゅうや)。痛い」


 黒髪の彼は隆夜というらしい。苗字はわからないけど、同じA組なのかもしれない。だって、わざわざ桧原くんを迎えにきているし……。仲いいんだな。

 桧原くんは隆夜くんに耳たぶを引っ張られていた。痛そうにしている。離せとかなんとか言ってるんだけど、隆夜くんがやめる気配はない。何気にS……?


「あ、佐野さんもA組だよな。一緒に行こ!」


 やっと耳たぶを引っ張られなくなった桧原くんが、私の右腕を掴んだ。そのまま、引っ張られる。早くA組行かなくちゃ、遅刻なんだっけ。

 桧原くんの、というか、男の子の力ってやっぱり強い。きっと本人はそんなつもりないんだろうけど、腕の掴まれているところが少し熱くなっている。でも、なんか、これって。この状況って……。


「すいません! 遅れました!」


 A組に飛び込んでいく桧原くん。そして、引っ張られていた私。後ろからついてきた隆夜くん。わ、なんか、目立ってる……。


「早く自分の席に座って」


 吉川久美先生の指示。私たち以外の人はみんな、もう自分の席に座っていた。私の出席番号は16番。桧原くんは28みたい。それかは、隆夜くんは8番みたいだから……苗字、なんだろう?


「はい、全員揃いましたね。それでは、早速自己紹介いきましょう!」


(早っ!)


 私の感想は、それだった。早速すぎる! なにも考えてないよ……。

 吉川先生は、黒板に文字を連ねていく。


『自己紹介


 1.名前

 2.中学

 3.入りたい部活

 4.好きなもの

 5.自己PR


 注意:大きな声でみんなと目線を合わせて!』


 自己PRって……なんで!? いらないよ、自己PRなんて。なにをPRするの?

 他の人たちも、その文字を見て「え~」とぶつぶつ文句を言っている。やっぱりみんな気持ちは一緒なんだね……。

 五分後、自己紹介が始められた。出席番号順だから、私は真ん中の方。しばらく聞いていると、隆夜くんの番になった。


「二中生の尾川おがわ隆夜です。えーと……部活は、サッカー部に入りたいです。あと、えー……好きな人はあそこにいるカナです」


 その途端、どっと笑いが起きる。カナって桧原くんのことか。やっぱり仲いいんだなあ。桧原くんは「何言ってんだよ!」って怒ってるけど。

 尾川くんはしてやったり、というようににやにやしている。っていうか、尾川くんっていうんだ。やっと苗字知れた。


「あー、自己PRは、まあ、あれ。多分明るい方だから仲良くしてください」


 また、笑いが起きた。隆夜くん、じゃなくて尾川くんって、人気者なのかな? みんな、楽しそう。

 そんな中、桧原くんはぶすっとして頬杖をついていた。尾川くんのさっきの言動が気に入らないみたいだ。照れてるのか、ほんのり耳が赤くなっている。こっちを向いていないから表情はわからないけど、多分不満なのだろう。

 でも、そういうところ可愛いなって思っちゃうのは、多分、私だけじゃないと思う。って、なんなのこの気持ち……。


 そこからまた自己紹介があって、私の番になった。


「あ、えっと、佐野優樹菜です。四中です。入りたい部活は特にまだないです。好きなものは可愛いものです。えと、よろしくお願いしま、ふ」


 笑いが起きた。ぎゃああー! 噛んだっ、めちゃくちゃ噛んだっ! 私は顔を真っ赤にしてそさくさとその場を立ち去った。ゴーアウェイ!

 自分の席でみんなの自己紹介を聞き流していると、桧原くんの番がやってきた。てか、普通、高校でわざわざみんなの前で自己紹介なんかしたりする……?


「えーと、桧原奏音です。部活は、サッカー部に入りたいです。えー、あ。えっと、二中生で、す。好きなものはサッカーです。えーと、よろしくー」


 桧原くんが自己紹介をしている間、ひそひそと女の子たちが耳うちをしているのが見えた。多分「あの人カッコよくない?」とかそんなのだと思う。

 まあ、たしかに桧原くんはかっこいい。モテそうなキラキラのアイドルっぽい顔してるし、明るくてみんなの中心にいる太陽的な感じなのかな?

 結論を言うと、かわいいってことなんです。


「かーなーねーちゃん♪」

「誰がかなねだ! 女子じゃねえし!」

「あはは」


 すぐ後ろの席のポニーテールの女の子に背中をつんつんされたりして怒っている桧原くん。やっぱり、かわいい人は怒ってもかわいいんだなぁ。

 それにしても、桧原くんの後ろの人の自己紹介聞いてなかった。あの人、桧原くんとすごい仲良さそう。いいなー席が近くて。

 そのとき、後ろから背中をつつかれた。そう、桧原くんとあの女の子みたいな感じで。

 慌てて振り返ると、そこにはにこにこしたシロクマみたいなかわいい女の子が座っていた。やば、噛んだのが恥ずかしすぎて、この子の自己紹介まったく聞いてなかった!


「佐野優樹菜さんだよね?」

「あ、ハイ……。あ、の、ごめんなさい。名前……」


 もごもごと口の中でつぶやくと、女の子はにこっと笑って言った。


「うんうん、だよね。わかんないよね。聞いてなさそうだったもん。あたしは椎名しいな瑞樹みずき。しーなでもみずきでもみっちゃんでもなんでもいいから呼んでね!」


 椎名瑞樹ちゃん。かわいい名前。いいなぁ。苗字もかわいい。

 てか、聞いてなさそうだったって、結構はっきり言うなあ。まあ、本当のことだから反論は出来ないけど。


「ゆっきーって呼んでいい?」

「あっ、うん! なんでも!」


 とっさにうなずいたけど、そのあとに首を傾げた。なんで、ゆっきー? まあいいや、新しい友だちも新しいあだ名も手に入れられたんだから!


「ゆっきーは四中なんだね。あたしは二中! あの目立ってる二人と同じ学校だよ」


 そう言って彼女が指差したのは、桧原くんと尾川くん。なるほど、やっぱりあの二人は目立つタイプなんだ。


「それから、桧原にひっついてるのは南三中の廣山ひろやま宇美うみ。あんなにひっついてくなんて、絶対桧原のことが好きだね。あいつ。なれなれしいのは、多分、小学校とかが一緒だったんじゃない?」


 瑞樹ちゃん、棘のある声。女子怖い。

 廣山宇美さん。綺麗な人。整った爪にぱっちりした瞳。まつげも長くて、肌も綺麗。つやつやの黒い髪を高い位置でポニーテールにしている。そこまで髪は長くない。

 多分、面倒くさがりや。複雑なことは嫌いで、なんでもストレート直球でぶつかっていっちゃう、ブレーキのきかない女の子。ああいうタイプは、ライバルが現れると徹底的に潰そうとしてくる。

 中学の時もそんな子がいた。その子が好きな人はなぜか私が好きで、そのせいでちょっとだけ無視された期間があったんだよね。まあ、その男の子とは付き合ってもないし、高校も違うからあっちも忘れてるだろうけど。

 それにしても、廣山さんって本当に美人。入学式だからまだ付き合ったりなんかはしてないだろうけど、彼女は明らかに桧原くん狙い。うぅ、私、桧原くんが好きなのかな? それだったら、また無視とかされるのかな……。


「というわけだからゆっきー、桧原はやめた方がいいよ!」

「え、ごめん聞いてなかった」


 瑞樹ちゃん、うなだれた。ご、ごめんなさい……。


「だーかーら! 桧原はあんだけモテるけど、一回も女子とと付き合ったことないの。だから狙わない方がいい。傷つくのはゆっきーの方だよ?」


「う、そ、そうなんだ……」


 なんだろう、この気持ち。なんか、なんか……なんだろう。

 というか、なんで瑞樹ちゃんは私が桧原くんのこと気になってるってこと気づいてたの!?


「み、瑞樹ちゃん、なんでそのこと……」

「女の勘ってやつ! ……ってゆーのは嘘で、ただゆっきーがわかりやすいだけ」

「えっ!」


 わ、私、わかりやすいのかな……。そんな感じで楽しく話していると、先生が切り出した。


「それでは、今日はこれで解散です。明日からは授業があるので今配った教科書を忘れないように!」


 先生の言葉に私はクエスチョンマークを頭に浮かべる。教科書なんか配られてない……って!!

 私が後ろを向いておしゃべりしている間に、私の机に大量に乗せられてた! たしかにこれは私が悪い。でも、前の席の人も言ってくれたっていいのに。

 私は謝りながら後ろに教科書をまわした。



 せっかく最初にできた友だちの瑞樹ちゃんとは家が正反対の場所にあるから、私は一人で帰ることになった。でも、前には桧原くんと尾川くんの姿があったので、ちょっと安心。もっと大勢で帰るのかと思いきや、二人だけだ。余計に親近感を感じる。

 二中と四中は結構近いから、家ももしかしたら近くだったのかもしれない。私は足音を立てないようそっと歩き始めた。


「今日、お前後ろのやつになんか言われてただろ」


 尾川くんの低い声。次に、桧原くんの声が聞こえてくる。


「見てたんだ? 隆夜は本当に俺が好きだなー」

「調子乗んな、殴るぞ」

「怖っ」


 二人の会話は、思わず笑ってしまいそうになる。楽しくて、つい、ついていってしまった。


「じゃあなー」


 尾川くんが左の細い路地に入っていってしまったから、私はそっと桧原くんの後ろを歩いた。

 やっぱり私、桧原くんのことが好きなのかな? でも、会ったばっかりなのに、そんなのおかしいよね。


 しばらく歩いていると、だんだんと空が暗くなってきた。今にも雨が降り出しそう。それにしても、桧原くんの家ってこんなに高校から遠いのかな?

 だんだん知らない道になってくる。でも、覚えておけば帰れると思って、引き返したりはしなかった。それに、桧原くんのことを知りたいって思った。う、これってストーカー?


 桧原くんが家に入ったのを見届けると、元きた道を帰ろうとした。けど。


「あ、れ――――?」


 早速道がわからなくなってしまった。どうしよう、帰れない。なんかもうお腹空いたし、ほんとどうしよ……。

 そのとき、後ろから声がかけられた。


「佐野さん?」


 振り返った先にいたのは、さっきまで私が後ろをついていっていた桧原くんだった。なんで、いるの?


「あ、あの、私……」


「部屋の窓から外見たら、佐野さんが迷ってるっぽく見えたから……。もしかして、道に迷ってた?」


「あ、う、うん……」


 よかった。ストーカーしてたってことはバレてないみたい。もう、ついていったりしないようにしないと。


「そっか。なら、帰ろっか」

「え?」


 さらっと言う桧原くんに、私は戸惑った。帰ろうって、どこに?


「だって、迷ってるんでしょ? だから送るよ」

「でも、お昼ご飯……とか、は?」

「いーから。そういうのは気にしないで、女の子は素直に甘えとけばいいんだよ」


 女の子。その言葉に、なぜか顔を赤くしてしまった。

 桧原奏音くん。私より少し背が低くって、かわいくて、でも気遣いもできるかっこいい男の子。人気者で、人懐こくて、笑顔が素敵なひと。


 ――――そして私が、ひとめで好きになったひと。

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