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  作者: こここ
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対応所にて、二

事務所の業務は患者の入退所の対応と記録、学校もしくは職場へ提出する証明書の発行など行う他に水晶病の知識を広める啓蒙活動も含まれる。


「すごく大変な仕事がある」と言われ榛野について会議室に入ると目に飛び込んできたのは長机の上を隙間が無い程埋める紙の束だった。

長机は部屋の床の五割を占め残りの三割は段ボール箱が積み上げられていた。

榛野は段ボール箱の一番上を開け中身を確認すると振り返った。

「これが封筒」

「はい」

説明を聞き漏らさないと書いてあるような硬い表情で楓が頷く。

続いて卓上の書類を指差す。

「お知らせとちらし」

「はい」

華奢な体躯の前には丸いペンギンのキャラクターがずらりと並んでいる。

ペンギンの嘴の横には雲のような形をした吹き出しがありーあわてないで!水晶病 まずは対応所へ連絡しようーと書かれている。

公共施設の壁に必ず一枚は貼ってある張り紙の縮小版だ。

先ずは対応所へ連絡とペンギンは言うが実際のところ、殆どの市民は発症者を発見すると救急車を呼ぶ。

「宛名、印刷済み」

小さな紙を一枚取り上げる。

「ちらしとお知らせを封筒に入れ封をします。宛名を貼ります」

説明をしながらお手本を一つ作る。

どのような仕事だろうかと身構えていたがその必要は無かった。

「これを今日中に全て発送します」

「えっ」

楓はもう一度部屋を見渡した。

「大丈夫」

そう言った後で榛野は卓上へ怒りが滲む視線を走らせた。

「うん、なんとかしよう」

楓は「はい」というしかなかった。

「三時半までに郵便局の人が取りに来てくれるから、それまでに終わらせるのが理想」

あと一時間半しかない。

このような作業をしたことがない楓はどれくらいで終えられるものなのか見当がつかない。

「すぐに私も入るから、ちょっとの間だけ作業を先に進めてくれるかな」

「大丈夫です」

「ごめんね」

そう謝ると榛野は会議室を出た。

しかしこのような事態になったのは榛野のせいではなく、先刻電話をかけてきた所長が原因である。

これらは今週中に各所へ発送と副所長の森崎が計画を立てていたものだ。

ところが所長は電話口で明日各所へ到着しなければならないといきなり伝えてきた。

榛野が理由を問うもろくな返答は返ってこず一方的に電話は切られた。

いつもならば森崎が盾となってそのような理不尽な要求は通さないが、生憎と出張中で不在だ。

納得はできなくとも命令には従うしかない状態だった。

ちらしとはいっても一つ数十枚の束である。

一つ一つの封筒は大した重量にはならなくとも何通もまとめて運ぼうとすれば女性の手では辛いのでなかろうか。

(この時に帰ってきたのは本当に良かったのかもしれない)

少しは役に立てているかもしれない、その事がとてつもなく嬉しい。

(管理棟にいた時とは大違いだ)

単純作業をしているとやけに思い出してきた。

管理棟では自分よりはるかに年上の人々に囲まれていた。

専門性の高い研修に全くついていけない楓はまともに扱ってもらえず、その中であったいくつかの出来事は正にいじめと呼べるものだったと後になってから気づいた。

その最中はそれすら分からないほど追い詰められていた。

分かると今度は大人でもいじめをするという事に衝撃を受けた。

森崎の説明にあった研修内容とあまりにも違い何故だろうと疑問に思っていた。

しかし社会経験の無さは自覚していた楓はこういうものなのかと疑問を押さえつけてしまった。

様子を見に来た森崎が本来送り込むはずだった場所とは異なる所にいる楓に驚き研修期間の半分を過ぎてようやく手違いが発覚した。

冷静かつ一歩も退かない態度で手違いを認めても訂正を一向にしようとしない職員に詰め寄る森崎の姿に(そうか、交渉とはこうするのか)と妙に感心して眺めていた。

移された本来の研修先ではいじめなどはなく孤独ではなくなった。

けれど管理棟に来てから時折体の中をすきま風が吹くような感覚は無くならなかった。

(藤はどうしているだろう)

(藤もこんな気持ちだったのかな)

その度に幼馴染みの顔が脳裏をよぎった。

発送作業は結局三時半を過ぎて終了した。

途中から溝口がひょっこり現れ作業に加わったがいつの間にかいなくなっていた。

郵便局の回収に間に合わなかった分は榛野が事務所の車を出して送りに行った。

終業後「明日は入力がいっぱい待ってるよ」とキーボードに未だ慣れない楓を脅す榛野だかその笑顔は優しい。

明日も頑張ろう、楓は素直にそう思った。










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