消失
すみません
完全な完結ではありません
「どうして!」
母親の絶叫が室内に響き渡る。
「この子は帰ってきているのに、どうして、うちの子は帰らないの!」
まだ少年の面差しを残した青年へ掴みかかろうとする。
「やめなさい!」
妻を止めた男は飛び出して青年へ覆い被さり庇おうとした森崎へ声をかけた。
「出直します」
森崎は榛野へ遠野楓を預けると出ていった二人の後を追いかけた。
母親の状態が心配だった。
一先ず病棟へ二人を促す。
辻川藤の母親は泣き崩れ歩くのもままならない様子だが、気丈に父親が支えどうにか病棟へ着いた。
状況を察した看護師が空いている病室へ通してくれた。
病室の外で辻川の父親と二人で向き合う。
消毒薬の匂いが静まり返る廊下に満ちている。
市の発表から二時間が経とうとしていた。
すでに父親は疲れきった顔をしていた。
冷静さを保っているように見えるが、森崎は慎重に切り出した。
「今回の市の発表ですが、私たちの見解とは全く異なります」
「市の発表は間違いだと?」
森崎の言葉を遮り苛立ちを滲ませる。
「消失の確認は財団が行います。今回の辻川君は消失ではないと、財団は判断を下しています。断言できませんが、状況から見て誘拐の可能性も低く、」
「では息子は何処にいるのですか!」
顔を覆った父親の横で森崎は拳を握り締め立っていた。
「あなたを信じて息子は行った」
その絶望に身が砕かれる思いだった。
痛みに耐え森崎は声を絞り出す。
「全力で捜索にあたります」
落ち込む暇など無い。
拳を固く握り締めたまま森崎は病棟を後にした。
会合は間もなく始まろうとしていた。
少人数だとばかりおもっていたが、広々とした会議室の椅子は次々に埋まっていく。
九鳩市の関する非公式の会合と聞いている。
森崎が呼ばれた理由は意見を求められるのではなく、何らかの情報を吐き出させる為であろうと推察している。
(彼らにとってまだ私は利用価値がある、というわけだ)
それは交渉の機会がある事に他ならない。
(窓口は残っている。開けられぬ門は無い)
ただ使われるだけにはならない。
しかし対価を支払わせるつもりもない。
真に必要としているのは協力者であって利害関係ではない。
着席し参加者の顔ぶれを眺めていると隣に来た男から話しかけられた。
市議会の人間ではない。
予想通り企業から来た営業だった。
奇妙なのは差し出された名刺に印刷された勤め先だ。
時折、森崎が参加する会合にはどのような方法を使ったのか業者が入り込んでいる。
(でもどうしてこの会社から?)
その時、森崎の視線の端で携帯端末機が小さな光の点滅が繰り返していた。
青い瞬きは通話の着信だ。
私用の端末機に通話を求めてこられるのは緊急性が高いと判断した。
会話を続けたそうな男に侘びて外に出る。
発信者は財団に勤める日野だった。
旧知の仲であり今回の九鳩市の件でも力を貸してもらっている。
馴染みのある声は何時もとは違い固く小さかった。
「君が九鳩市に送った帰還者が行方不明になった」
一瞬思考が停止する。
詳しい事情を聞こうとしたが、日野は急ぎ連絡をしてくれたようでそれ以上の情報は持っていなかった。
日野も長くは話していられないようだった。
森崎は感謝を伝え通話を切った。
会議室のざわめきが背後から聞こえてくる。
「どうかしましたか?」
会議室へ戻ると隣の男が心配そうに訊ねてきた。
「いえ、急ぎの用件ができましたので失礼致します」
鞄を取ろうとして漸く手が震えていることに気がついた。
遠野の左頬は痛々しく腫れ上がっていた。
榛野から渡された冷却材は患部に当てられず、握ったまま手はだらりと垂れ下がっている。
「遠野君」
そっと肩に触れる。
「俺、行かないと」
立ち上がろうとする青年を森崎は半ば押さえつけるようにして留めた。
「どこへ行くの」
「俺だけ帰ってくるとか、意味がない。藤、藤を迎えに行ってきます」
再度留めようとした森崎を押し退け、ふらつきながら事務所を出ていこうとする。
「待ちなさい」
森崎が腕を掴もうとした瞬間、遠野の体は打撲音の後床に伏していた。
「だから帰還者と深く関わるなと言っただろうが」
殴り倒した遠野の首もとを掴み上体を引き上げた穂村は低い声でそう言い放った。
「柾君、やめて!」
これ以上の暴力を許すわけにはいかない。
二人を引き剥がすように間に入る。
呻き声すらあげない遠野へ必死に呼び掛ける。
口の端から血が滴り落ちる。
打ち所が悪かったのかもしれない。
怯えて固まっていた榛野に病棟から医師を呼んでくるように指示を飛ばす。
足をもつれさせながら榛野は走って行った。
穂村は九鳩市から遠野を連れ出す際にも殴っていた。
「柾君、暴力は一番いけないことよ」
事務所から出ていこうした穂村に森崎は静かに言った。
穂村は俯いて去っていった。
曇り空の下、枯れ草を掻き分け男が進む。
草の縁は驚く程鋭いものもあって、しばしば手の甲に赤く血を滲ませる。
手袋をするには未だ早い季節だ。
男は薄手の上着の隠しに手を突っ込み大きな歩幅でずんずん歩いていく。
度々振り返っては小さな同行者が付いてきているか確認する。
少し長めの灰色の髪が風に乱れる。
「矜持をその胸中に掲げろ、少年」
きょうじとは何かと訊ねようとしたが男はもう次の言葉を口にする。
「我々という存在が、あの場所にいる人々の平穏な生活を守っている」
男の腕は真っ直ぐに伸び荒野の向こうの都市を指差した。
歩き疲れて男の言う事はよく分からない。
困惑の表情で見上げる少年に男は笑った。
後々思い出すとあの笑顔には少し照れがあった。
紛れもなく本心だが率直に伝えた事に恥ずかしさがあったのかもしれない。
あの人の様に矜持を掲げろ、などと自分も言える日が来るのだろうか。
暗い隧道の中で藤は己に問う。
点在する照明は僅かに周囲を照らすばかりだ。
足元には二本の鉄の塊が長々と隧道に延びていた。
それはどう見ても「線路、だよな」思わず独り言を呟いてしまう。
藤はたった一人、線路の上を歩いていた。
足りない照明が線路を鈍く光らせていた。
船としてはこれで終わりです
次回からはBLでなくなるので完結としました
主役も替わります
楓と藤は出ます
すみません
完結詐欺で本当にすみません
次も読んで頂けるように頑張りますので、よろしくお願いします
続きは「すずらん記」となります




