九鳩市
(あれが九鳩市か?)
夜空の下では都市の様子はよく分からない。
山道は過ぎ、車体は今は平地の道を走る。
背の高い建物、低い建物、高架鉄道、それぞれの境界は溶け一つの影絵となっていた。
ちらちら点る灯りは少なく、これといった特徴は見つけられない。
十雪市と変わらないような気がして藤は正直なところがっかりした。
「この辺りの都市はどこも似たようなものだ」
慰めるような言葉を向けてきたのは穂村だった。
「今は無理だが、帰りならば市内を見て回れるかもしれない」
穂村の気遣いに藤は目を丸くして「ああ、そう」としか返せなかった。
無愛想な返答にも気を悪くした様子はなくミラーに視線を走らせると「間抜けた面してやがるな」と呆れるでもなく笑うでもなく単に事実を述べただけという調子で呟く。
その言葉で藤は気付いた。
目を覚ました時から右の頬に硬い髪の存在を感じていたが、馴染みのある感触だったのでついこの状態を許してしまっていた。
すっかり体を預けてきている楓を恥ずかしさから乱暴に揺らして起こしにかかる。
「まだ到着しないから、寝かせておいても構わない」
藤の気持ちを知ってか知らずか穂村は言う。
しかし熱を帯びた頬を冷ますにはどうしてもこの状況から抜け出さないといけない。
ようやく目を覚ました楓だが何か文句を言い再び目を閉じようとする。
これで起きなかったらもう諦めようかと思いながら、もう一度体を押しやった。
右半身の加重がきえた。
体を起こした楓はぼんやりとした顔でしばらく前を見つめていたが、急に前のめりになって「今はどこですか?」と穂村に尋ねている。
重みと共に暖かさも消え代わりに小さな喪失感が静かに落ちてきた。
きっとこれは日常とは異なる環境であるが故の高揚感が招いたものだ。
(きっとそうだ。でなければこんなもの感じることはない)
あの重さを心地好いものと思うなどどうかしている。
夜明けにはまだ僅かに早い。
再度打合せをする楓と穂村の声と車体の振動と駆動音が入り交じる。
帰還者に深く関わると自分が辛いだけだ。
穂村の言葉を思い出した。
あの時丁度ふと目が覚めてその言葉を聞いてしまった。
(本当にそのとおりだ)
同意でしかない。
(もっと言ってくれ。こいつの胸に突き刺さるように)
どんな色もはねのけるような真っ黒な髪と眼差しに陽射しの匂いのする肌を持つ楓は決して(都市の所有物なんかじゃない)と藤は暗い車内で拳を強く握りしめた。
頬に触れていたのは偽物ではない本物の黒髪だ。
誰もその事を疑いもしない。
(例え楓自身が否定しようとも)
車窓にうっすら姿が反射する。
(帰還者じゃない)
藤は窓硝子の自分の目を睨んだ。
(ただの一人の市民として生きていかせる)
久しぶりに更新できました。
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