山道
車内には穂村が持ち込んだ珈琲の薫りが漂う。
楓は穂村に運転を代わると申し出た。
まだ免許を取得してはいないが、管理棟へ行っていた際に穂村から度々市外に連れ出されて運転を仕込まれていた。
しかし「お前にこの道はまだ無理」と断られる。
そうだろうか、このくらいなら、などと少しばかり不満だったが徐々にカーブはきつくなり心の内で白旗を揚げた。
確かにこの山道で穂村ほどの速度は到底出せない。
「このまま進めば夜明け前には九鳩市に着く」
到着後直ちに九鳩市の担当者に連絡を入れる手筈となっている。
これ程早く到着できるとは森崎も想定外だったのだろう。
直ぐに連絡を入れてもいいものかと悩む楓に穂村は告げた。
「九鳩市には俺から連絡をつける。お前達はすぐに遺跡へ入れ」
森崎から聞いていた手筈とは違うが、穂村から連絡を入れてくれるのであれば大丈夫だろう。
遠かった九鳩市が急に近く感じられ楓は緊張をその顔に浮かべた。
「何も心配するな。お前の仕事はそいつの傍に居続ける事だ。忘れるな」
穂村の言葉に引っ掛かりを覚える。
心配するな、とは何か不安になるような要素が発生しているのか。
状況を説明されないところを考えればそれを楓に打開できる能力はないと判断されたのだろう。
別に構わない。
自分の能力不足は思い知っている。
指示が与えてもらえるうちはただそれに向かって走るだけだ。
「いいか、絶対に離れるな。離れたらお前の隣のそいつは二度と十雪市に足を踏み入れられないと思え」
脅すような言葉は冗談ではなくおそらく真実だ。
「はい、離れません」
穂村のつまらなそうな横顔に照明灯の光の破片が貼りつく。
「やっぱりお前は十雪市に帰るべきじゃなかった」
「どうしてですか?」
「帰還者に深く関わると自分が辛いだけだ」
その声は平淡で感情を読み取れなかった。
ただ一瞬細めた眼が見つめたものはアスファルトの道ではなかったようだった。
「今のうちに休んでおけ」
相変わらず山間部を走るが直線の道が暫く経つ。
隣の藤は再び車へ乗ってすぐに眼を閉じていた。
いくら車体が振られても起きなかった。
今もまだよく眠っている。
申し訳ない気もするが言葉に甘える。
ミヤのような朗らかな面倒見の良さではないが、優しい人なのだと思う。
目を閉じると手足が重くなり身体はするりと暗闇へ滑り落ちた。




