シャツ、ゲーム、音楽
「九鳩市に行く」
息を切らしてそんな事を言う。
昼食を終えて間もなく楓が帰ってきた。
「暑い」と言って上着を脱ぎながら家に上がる。
「藤も一緒だから。準備して」
勝手に藤の部屋の衣装棚を開け服を取り出し始める。
状況が理解できず藤は楓の腕を出来る限りの力を込めて掴んだ。
痛みを訴える楓に藤は更なる力を込め「説明しろ」と凄んで詰め寄る。
「森崎さんから手紙預かってきた」
手を放すと楓は鞄を引き寄せ中を探りだす。
一通の封書を差し出されると腕をさする幼馴染みの顔をじろりと一瞥し奪うように受け取った。
「ごめん」
反省はしているらしい。
しかしそれには答えず綺麗な文字で綴られた文面に目を通す。
その内容は辻川藤に九鳩市へ短期派遣を請うものだった。
藤個人に対し副所長として協力を願っている。
森崎は管理棟所属の副所長にすぎず、貸し出しを決定できる権限などない。
そういった事情もあるだろうが、手紙の端的な文章には配慮が察せられた。
貸し出しではなく派遣と書かれているところも森崎らしい。
「行くだろ」
そうするのが当然と言わんばかりに楓が藤の肩提げ鞄を持っている。
手紙にはあくまでも藤の意思を尊重すると書かれていた。
派遣を請けるのも断るのも藤が決めていいのだ。
藤が手紙を読んでいる間に楓が勝手に衣類を詰めた鞄はやや膨れ気味だ。
楓が藤の手首を掴み「行こう」と部屋を出ようとする。
しかし藤の足は動かない。
「俺が拒否したら、お前どうする?」
手を振り払い睨みつける。
そのような反応が返ってくるとは予想していなかった楓は何も言えず立ちすくむ。
来てくれると信じていた。
いつか二人でこの都市を出て旅に行く。
繰り返し楓は藤に語っていた。
藤はいつも興味がないような振りをして本当は心惹かれていた事を楓は知っている。
今回の件は仕事であり到底浮かれた気分で行くものではない。
しかしこの一歩がその夢に近づく一歩でないとどうして言えるだろうか。
目的は違えど二人でこの都市を出たという事実がほしい。
(願いを現実のものとする為に)
落ち込む様子の楓にさすがに悪ふざけが過ぎたと藤は思った。
本当は行く意思がある事を伝える言葉を探していると、再び手首を掴まれた。
先刻よりもほんの僅か遠慮がちな指先だった。
「来てほしい。俺は藤と一緒に行きたい。だから来てほしい」
曇りのない真っ直ぐな視線が藤の色素の薄い瞳を貫く。
もう一度手を振り払い藤は楓に背を向けた。
「藤」
「お前、鞄に着替えしか入れてないだろ。ふざけんな。音楽プレイヤーとゲーム機は絶対持っていくからな」
背後から「うん、俺、着替えしか入れてないよ」と嬉しそうな声か聞こえた。
部屋を出て廊下を歩く。
足元が妙にふわふわして心許ない。
(何だ、この感じ)
いつもと変わらぬ廊下である。
首を傾げつつゲーム機を手に取り窓際へ行こうとした。
「あっ」
手から滑り落ちたゲーム機は床に落ちる寸前で楓が掴んだ。
「はい」と渡されたゲーム機を礼を言って受け取る。
眉間に皺を寄せて掌を眺める。
手に力が入らない。
手だけではない、全身だ。
藤がその原因が緊張からのものと気づくまで暫く時間を要した。
前回の続きで短くなりました。
次も読んでもらえる事を切に願っています。




