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1話


この世には、パラレルワールドなんて呼ばれるものがあるらしい。

それがどんな世界かなど、俺の知ったことでは無い。

元は一人の人間であり、それなりの人生を全うしていたとしても、この世界を脅かす存在になり兼ねない来訪者は全て滅す。それだけのことだ。

俺はその為だけに生かされている存在なのだから。


「おい! 人の話聞いてんのか!」


ばんっ、と力強くテーブルを叩く拳のせいで、置いてあったカップから透き通った琥珀色の紅茶が零れ落ちた。

報告書に目を通しながら適当にあしらっていたが、いい加減制裁を加えねばこのまま事務所を滅茶苦茶にされかねん、と俺は目の前で噛みつくように睨み付ける黒緑の髪の男を一瞥した。


「シン、お前の話は嫌味が入りすぎだ。簡潔に話せ」


一人掛けソファーの手すりに片肘をついて言い放つ。

上から受けた命の内容を報告するだけであるのに、目の前の男はぐだぐだと嫌味ったらしく任務内容に口出しばかりで話が終わる気配がない。

しかし、その急かすような言葉が気に障ったのか、シンは零れてしまった紅茶のような琥珀色の瞳で思い切りこちらを睨み付ける。


「あのなあ……!」

「はいはーい、そこまで!」


更に文句を言おうとしたシンの声に被せるようにのんびりとした声が事務所に響いた。

にこにことした長身の茶髪男が俺とシンの間に立って、仲介するように笑った。その手には布巾が用意されており、デスクの上に零れた紅茶を慣れた動作で拭い取る。


「シンくんもカイくんもさあ、殺伐としすぎなんだよね。もっと気楽にやろーよ。数少ない仲間なんだし」

「は? ふざけんなよ、コウ! 俺はこいつなんか仲間って認めてねーからな!」


俺に向かって指をさすシンを鼻で笑う。

その態度に益々眉間の皺を濃くしたシンは、変わらず今にも噛みつきそうな表情でこちらを睨み付けている。

好戦的な奴だ。俺はカップを手に取り、残った紅茶に口付ける。零れてしまったから微量しか残らなかったが味は満足のいくものだった。


「もう、シンくんは血が上りやすいなあ。そんなじゃ任務失敗するよ?」

「まったくだな」

「カイくんも! あんまりシンくんを挑発しないの。ちょっとくらい愚痴聞いてあげるのも上司の役目でしょ」


こちらにまで注意が飛んできたので再び俺はふん、と鼻で笑った。

ティーカップをソーサーの上に戻せば、ソファーの手すりに肘を置き胸の前で手を組んだ。


「上が嫌味ったらしいからと言って、こちらで苦情を処理するのは管轄外だ。自分で飲み込むか、コウにでも頼め」


えー、とコウの不満そうな声が聞こえてきたが無視をして、足を組み直すと二人に向き直る。茶番に付き合う暇はないのだ。


「と、言うわけだ。シン、嫌味はコウに話せ。そろそろ、本題を聞かせろ」


ちっ、とシンは舌打ちをすると短く切り揃えられた髪をがしがしと掻き乱し、俺の目を見ようともせず、忌々しげに口を開いた。


「お前の望み通り簡潔に話してやるよ。今回のお達しは、異界人の()(しゅ)の保護及び監察、だ」

「……稀種?」


聞いたことのない単語に眉を寄せて聞き返す。

撃滅すべき異界人を保護だなんて、異例な話だ。


「最近、人の形を保ったままの異界人が現れたらしいんだよ。それで上はそいつのことを稀種って呼んでいるらしい。普通に意思疎通もできるらしいし、絶対殺すなってさ」


補足するよう流麗に話すシンを見て、ほう、と頷く。喧嘩っ早く生意気でさえなければ、頭が良く機転の利く奴だ。

しかし、稀種か。面倒な奴がでてきたものだ。これ以上仕事が増えるのは考えただけで気が削がれる。


「え、それって向こうの世界の記憶があるってこと?」


コウが驚いたようにシンに尋ねると、シンも面倒そうに頷いた。


「そんなの、襲わないんだし危険じゃないんだから、上がやればいいじゃないかって言ったらさ。あいつらなんて言ったと思う?いつ覚醒するかわからないからお前らで保護しろ、だってさ」


吐き捨てるようにそう言い終えるとシンは二人掛けのソファーに寝転んだ。

テーブルを挟んで、同じ種類の二人掛けのソファーにコウも腰掛けると面倒そうに背もたれに背中を預けて天井に向かって盛大にため息をつく。

ただでさえ、能力者が少なくて忙しいのに保護監察なんて時間のかかる任務を任せられると手が回らなくなってしまう。

特殊な仕事であるから、新しく人を増やすこともなかなか難しい。シンの嫌味がいつもより長かったのはこのせいか。


それでも、上の命ならばやらねばならんのだろう。


「保護監察は、一人でもできるな?」


俺の言葉に二人はがばっ、と体を起こして引き受けるなんて有り得ないといった表情でこちらを見ていたが、俺が表情を変えずにいると観念したように声にならない声で答え、再びソファーに沈んでいった。


「……あ、その保護した稀種、今日中に迎えに来いってさ」


ソファーにうつ伏せになっていたシンが絞り出すような声で、力なく言う。


「どこに」

「独房」


それだけではわからん、と詳しく聞き出そうとするも既にシンは寝息を立てており、ここ最近の仕事で疲労が溜まっていたのだろうとそっとしてやることにした。

独房と言えば、上のやつらが異界人を生きたまま捕えることができた際は、実験のために保護する施設を作ったと言っていた。

保護など建前上で、要は生け捕りして監禁する施設だろうが。つまり、実験棟か。


「気が進まんな……」

「実験棟にはルイがいるもんねぇ」


シンと一緒に寝たとばかり思っていたコウがからかうような口調でこちらを見つめる。

ぎろり、と見返しコウに役目を押し付けようかと思ったが、不穏な空気を察したのかすぐに自分は無理だといわんばかりに、ぶんぶんと首を振る。


「……ふん、お前をルイの所に行かせる訳にはいかんからな。代わりに業務報告終わらせとけ」

「げ」


苦い声をあげるコウに満足すると、アイボリーのトレンチコートを手に事務所を後にした。


表向きは、ただの雑居ビルの三階に構えた事務所であるが、ちゃんと政府が用意した仕事場である。

一階、二階も表向きは普通の写真屋、バー経営であるが同業者らしい。どういった同業かはしらないが。


コウは持ち前のコミュニケーション能力を活かしてそこら辺とも交流があるらしい。

必要が感じられないものの、人脈を作るのは一種の処世術みたいなものなのだろう。そういう部分はコウの元師匠に似ている。

コウの元師匠も、俺達と同じような能力者でありながらその役割を免除されている特異な存在だ。

能力よりも学力の面で評価され、上から研究職を勅命された。

人間性に難はあるものの、確かに優秀な科学者だ。

尊敬できるかと言えば、言葉を濁すがそれでも俺達にとってアイツはなくてはらない存在であると言える。


それでもやはり、アイツと会うのは出来る限り避けたいことの一つだった。

ここで留まってもいても仕方ない。

これも定めだと腹をくくり、俺は車にキーを差し込んだ。




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