プロローグ
その日は、朝から嫌な予感がしていた。
私は子供の頃から勘が良くて、嫌な胸騒ぎはよくあたる。
用心するのに越したことは無いと、注意深く過ごしていたけれど、やはりその日は散々だった。
朝から交通事故が原因の渋滞に巻き込まれて学校には遅刻するし、提出期限が今日までの宿題は家に忘れてしまったし、購買では嫌いな惣菜パンしか残っていなかったし、放課後は掃除当番を押し付けられたし。星座占いの最下位でもこんなに不幸は続かないよ、なんて何度ため息を吐き出したことか。
掃除当番を終えると、すっかり外は暗くなっていた。
今朝、交通事故が起こった交差点を跨いでかかっている歩道橋の階段をとぼとぼと登る。
道路脇を見れば既に花が供えてあり、事故が最悪の結果を迎えたことを物語っていた。
あの事故、もしかして、アレだったのかも……。
私は頭の隅で不吉なニュースを思い出した。
東京で失踪者が増えている、そんな内容のニュースが報道された。
失踪は現実の中に潜む身近な非現実として公表されていないだけで、結構な数が毎日起こっているのだけれど、この失踪はそれとは少し訳が違う。
失踪しているのは遺体だった。
死体荒らしではなく、死んだその瞬間にまるで手品みたいに消えてしまうらしい。
私はこの不気味な現象に、悪寒が走ったのだ。
そうだ、そういえば。
この嫌な予感はあのニュースを聞いた時から始まったのだっけ。
なんだか、眩暈がする。
私は不気味な話を思い出したせいで気分が悪くなり、足を止めた。
「白羽さん?」
急に名前を呼ばれ振り向くと、そこには同じクラス女の子が不思議そうな顔をして立っていて、蒼白な顔をした私を見て慌てて駆け寄って来る。
「どうしたの!?一人でこんな所に立っていたから、私気になって……」
その女の子と関わりはなかったけれど、どうやら心配してここまで来てくれたらしい。
女の子が私を気にかけてくれることなんて今までなかったので、嬉しくて、気分は優れなかったけれど、礼を言って力なく微笑む。
私の体調を気遣った彼女が停留所まで付き添うと申し出てくれた。
普段通りに歩くにはもう少し時間がかかりそうだった私は、有難くそれを受けることにした。
「白羽さん、飛び降りようとしているのかと思っちゃった」
体を支えてくれる彼女がそう言うと、歩道橋の上で蒼白な顔で立っていれば確かにそう誤解されても仕方がない、と苦笑を浮かべる。
違うよ、と否定しようと口を開く前に、遮るように彼女の乾いた声が人のいない歩道橋に響いた。
「迷っているなら、手助けしてあげようと思ったのに」
冷たく言い放たれた言葉を理解するのには数秒かかった。
目を見開いて隣に立った彼女を見ると、まるで汚いものをみるような視線でこちらを見ている。
しまった、と思っても、もう遅い。
逃げ出そうにも足が覚束ないままだ。
考える前に彼女は私の体を思い切り振り落してしまった。
抵抗することもできずに私は背中から重力に逆らえず落ちていく。
「白羽さんなんて、―――!」
今まで我慢していたものを吐き出すように激情を露わにする声を最後まで聞くことは叶わずに、私の世界は闇に包まれた。