皇帝の孫
2014年4月。北海道日高地方の牧場で1頭の牡馬が産声を上げた。非常に難産であったので、母馬はその仔を産んだ後、健康不良でなくなってしまった。この1頭の牡馬はいずれ日本競馬界の風雲児となるのであるが、そのことを今は誰も知らない。
「ん…?ここは…どこだ?」
競馬好きの大学生だった俺は、朝目覚めたときに違和感を感じた。見覚えのない部屋…いや、部屋と呼べるのであろうか?地面には藁が敷いてあり、家具は一切ない。そして何より驚いたのは自分が1頭の小さな馬になっているということだった…。
俺は競馬好きの大学生であった。だが勘違いしないでもらいたい。俺は競馬が好きというよりかは、馬そのものが好きだったんだ。小さい頃に両親に連れて行ってもらった乗馬体験。それがきっかけとなり乗馬にのめり込み、学校の長期休暇には必ず牧場に行って乗っていた。それがきっかけで大学に入学したときに馬術部に入部しようと高校卒業のときに心躍らせていたときに、不運が俺を襲った。ガンだ。俺はガンにかかっていたのだ。生まれつき体が強いということもあり、体調不良をほっといていたのがいけなかった。倒れて病院に運ばれていたときには既に手遅れであり余命2年を宣告されてしまったのである。そして長い闘病生活の終わりを感じていたときだった。
自分がどのような因果で馬に転生したのかは分からないけれど、もし、競争馬であったのなら、しっかりとG1優勝を狙っていきたい。どのような形であれ、もう一度生を受けた。しかも馬である。そう思ってまた眠りについたのであった。
「シキの2014はどうかね?金田牧場長」
その牧場の厩舎の外では二人の男が話し合っていた。
「良い、とても素晴らしい馬だと思いますよ、龍田社長」
白髪が混じった壮年の男性が笑顔を浮かべながらそう返事をしている。
「ほう…。どうだね、あの仔は将来英雄になれるかね?」
龍田社長と呼ばれた40台後半であろうと思われる男性が笑みを浮かべている。
「可能性は十二分にあります。彼は非常に足が長いです。そして大柄だ。足が長い仔馬は本来立ち上がるまでには非常に時間がかかることが多いです。しかし、彼はたった20分で立ち上がった。ほかの仔馬の三分の一の時間ですよ。まるで彼の祖父を見ているようでありました。そして非常に理知的な目ですね。母親がぐったりしているのを見て心配したのか、すりよっていました。我々がシキを緊急に移動させたときにもあの仔は騒がず我々のいう事を聞いていました。以上のことで、私はあの仔はほかの子よりはるかに素晴らしいと思います」
それを聞き龍田は満足げに笑った。
「それはよかった。私としても嬉しい。皇帝の系譜はもはやいない。トウカイテイオーももう亡くなり、皇帝の血筋を継ぐものがいなくなるのかと危惧したところだ。最後の力を振り絞って、シキに種付けし、生まれたのがあの仔だ。ラストクロップだな。そうだ、私はあの仔の名前を考えてきたのだよ。シキノテイオーというのはどうかね?
それを聞き、金田の目が見開かれる。
「シキノテイオーですか…?成るほど、母親のシキとトウカイテイオーの皇帝の部分をもらった訳ですね。異論ありません。あの仔…いや、シキノテイオーが無事もう一度皇帝としてターフに戻ってくるように我々が全力をつくしましょう」
「そうだな。皇帝の系譜ここにあり、ターフにはサンデーサイレンス系以外の英雄もいるということを皆に知らせたいと思う」
仔馬…いや、シキノテイオーに転生した彼は栄光の道を歩くことができるのか。