私はパンツ
わたしはパンツ。ズボンじゃなくて、女性用下着のパンツよ。
桃色の肌に赤いバラの華を纏っているの。正面に付いた赤いリボンがお気に入り。後ろ姿はスマートで、レースが魅力的でしょ。
御主人様とは、長い仲よ。出会ったのは、もう1年ほど前になるのかしら。
それなのに、まだわたしを穿いてくれたのはたったの4度だけ。初めて会った日と、あとの3度はここ数週間のこと。
それまではずっと引き出しの中。お友達もかわいいこばかりで楽しいけれど、わたしだけどこか大人びているようで、少し距離を置かれている気がする。
それでもわたしは御主人様を嫌ったりなんてしなかったわ。時たま手にとっては、わたしを優しく撫でてしまってくれたんだもの。
大切にされていることはわかっているの。
そんなわたしに今日、5度目の仕事がやってきた。
御主人様は引き出しを開けるやいなや、迷うことなくわたしを選び出してくれた。
ウキウキと微笑む御主人様の姿に、わたしまで嬉しくなった。
わたしを穿いてくれた朝、御主人様は白いスカートを身に纏い、外へおでかけ。
黒いミュールを履いた細く美しい脚と、その下の地面が動いて行く。
久しぶりに見る外の景色にわくわくしてしまう。洗濯物に紛れた景色よりも、御主人様の足元から見る景色のほうが好き。
いったいどこへ連れていってくれるのかしら。きっとまたあの人に会いに行くんだわ。
しばらくコンクリートをカツカツと軽快に歩いていた脚は、ふとスピードを落とした。
目的の人を見付けたのかしら。 先週も、先々週も、その前の日にも、わたしを穿いて会いに行った彼。今回はズボンじゃなくてスカートだもの、やっとわたしの出番よね。
けれど、もう一人の足が見えることはなく、わたしの視界はくるりとまわり、地面が暗くなった。
どこか建物の影に入ったのかしら。
すると、ザーッいうと音が近付いてきた。途端に黒いコンクリートが一層黒くなっていった。
「はぁ…」
御主人様の溜め息が聞こえた。
落ち込まないで。わたしまで泣いてしまいそうよ。
あら、ほんとうにわたしは泣いているのかしら。
気付くと、わたしは湿っていった。
御主人様とより一層密着してしまっている。
濡れたら御主人様に不快に思われてしまう。はやく乾かさなくては。
そう思っていると、視界がぼんやりと広がっていることに気付いた。
あら?
不思議に思っていると、御主人様の前から一人の男性が小走りに近付いて来るのが見えた。
「ごめんごめん、待たせちゃったね」
男はすぐ隣まで来て言った。やはり、彼の声だ。
「もう、急に降ってくるんだもの。困っちゃうわね」
御主人様はそう言いつつも、声は軽くて嬉しそう。
「もう、服もびしょびしょに・・・あっ」
御主人様と目があった。
と言うことは、御主人様からもわたしが見えてしまっている…?
「あぁっ」
小さく声をあげた男の方を見て、わたしも声をあげそうになった。声は出せないけれど。
「あら…」
御主人様も気付いた様子。
男のズボンの開いたチャックから覗くグレーの彼に。
「ふふっ。お互い様だわね」
「うわっ、俺まで…っ」
指をさされて慌てて隠すと、二人は盛大に笑いあった。
それからは、男に上着をかけられて、二人がどんな様子なのかはわからなくなってしまったけれど、楽しそうな声だけはずっと聞こえていた。
そんな御主人様の気持ちが伝わっているのか、わたしはなぜだかドキドキとからだを火照らせていた。
再び視界が開けた時には、わたしも御主人様もすっかり熱くなってしまっていた。
そうして視界に現れたグレーの彼の伸縮するからだをピンと張った姿に、またドキッとするのがわかった。
彼の全身が見える。
ウエストのオレンジ色が素敵だわ。
わたしはすっかり、彼に心を奪われてしまったよう。
見とれていると、男は彼を脱ぎ捨てた。
やだ、待ってっ。
慌てるわたしを焦らすように、ゆっくりとわたしのからだを触り少しずつ脱がしてゆく男。
するりと御主人様の脚から離れたわたしは、そっと彼のもとへ添えられた。
二人の抱き合う傍らで、わたしたちも同じように愛し合った。
ばしゃばしゃと水が跳ねる洗濯機の中。わたしの大嫌いな場所。
ぐるぐると他のみんなに巻き付かれて、とても苦痛な時間。
けれど、これからはこれも好きな時間になるのかもしれない。現に今、幸せなのだから。
わたしたちは互いにからだを絡ませあい、一層愛を深めていた。