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『優しい雨』

作者: 日暮栄光

少女は今日も夢をみる、幸せな、けれども悲しい夢を見る

 空が青い。

 一枚のキャンバスに絵具でばあっと、塗ったような青。

 毎日変わらないように見えて、刻一刻とその形を変えてゆく。決して立ち止まらず、時の流れとともに、また今も……ほら! 次の瞬間に進んでゆく。



 ピピピ、ピピピ。

 目覚ましの音がする。誕生日にママに買ってもらったうさぎさんの目覚まし。かわいらしく元気いっぱいのうさぎさんの声が、今日も朝の訪れを告げる。ママにそんな話をすると、いつも笑って美月の頭を撫でてくれる。

「朝よ、起きなさい。ご飯冷めちゃうわよ」

 ママの声だ。

 いつものようにパジャマを脱いで、自分で毎日ちゃあんとたたんでしまっている制服に着替える。昨日のうちに用意しておいたぴかぴかの真赤なランドセルをしょって自室のある二階から一階のリビングにドタドタバタバタバタと階段を小走りで下りる。リビングに入ると、決まってママは「あぶないから走らないの」と言う。「ごめんなさい」と謝ってから、少し背の高いダイニングテーブルのイスに「うんしょ、うんしょ」とがんばって登る。

 テーブルにはいつものようにママが作ったごはんがばっちり用意してある。ウインナーに目玉焼き、お味噌汁に、プリン。ぜんぶ美月の大好物だ。

 だけど、ママと一緒じゃなきゃだめなんだ。でもママは「お母さん、今日も仕事で夜遅くなるからね。いい子にしてるのよ……」と言って、いつも行ってしまう。

 美月は独りでごはんを食べる。美月がわがまま言ったらママを困らせちゃうから、ママは美月のためにお仕事がんばってるんだもん、美月もいっぱい勉強して、早くママにわく? 楽? させてあげるんだ! 

「ママ~~、いってらしゃあい!」

 ママは履きかけのおクツをとんとんっ、ってして振り返って、いつもにっこり笑ってくれる。美月はそれがとっっても嬉しくてしょうがないの!



 学校から帰ってきて、ママの言いつけ通り手を洗い、宿題をする。ほんとはミキちゃんの家に遊びに行きたいけど、ママに留守番を頼まれているから我慢する。

 宿題が終わったらご飯を食べる。今日はハンバーグの弁当。コンビニのお弁当もおいしいけど、やっぱりママのご飯が一番おいしい。

 だんだん暗くなってくる。そろそろ寝ていないとママに怒られる。ママが帰って来た時に起きてるとママ「早く寝なさい!」ってすっごいおっかない顔して鬼さんみたいに怒るんだあ。



 空が青い。

 隣にはママがいて、美月がいて、そしてパパがいる。

 三人並んでおててをつないで、にっこり笑ってお買い物。

 パパとママはお荷物半分こにして、余ったおててでわたしの手を握ってくれるの。

 お空にぽっかり浮かんだくもさんは、もくもくなんだかふかふかで、とっても甘くておいしそう。



 六月も中旬に入って雨の日が続くようになった。

 でも、美月は雨の日がいやじゃない。だって、ランドセルとおおんなじ真っ赤できれいな長ぐつだってはけるし、おきにいりのネコさんのポンチョだって切れる。通学路には青や紫や赤、いろんな色のきれいなアジサイさんだって咲いてるし、カエルさんたちがゲロゲロ大合唱。美月も一緒にげろげろげろげろ~って歌うんだあ~! クラスの男の子たちはきったねえからやめろ~、うえ~とか言うんだけど、美月はぜんっぜんそんなこと思わないの、なんでだろ?

 でもね、その日の朝はちょっとだけ、すぺしゃるでいつもとは違ってたんだ。

 ママが仕事に行くときに「今日は大事な日だから早めに帰ってきてね」ってそう言ったの。

「ねぇ、カエルさん……今日ね大事な日なの! だから、美月早く帰んなきゃなの!」

 通学路のアジサイの葉っぱには、カタツムリさんやカエルさんがいっぱいいて、そのひとりひとりにあいさつして、雨の道をピチピチ、ジャブジャブすすんでいく。



 家に帰るとママがいて、ランドセルを置いたら一緒に出かける。

 ママに手を引かれてあの場所に向かう。ママが手を引いてくれるのは一年のなかでこの日だけなんだ。

 家から通学路と向かって反対の方向に、ママと並んで歩くとあの場所に着いた。おっきい石のたくさんあるとこ。パパのとこ。


「ねぇ、あなた……美月も今年で6歳になるのよ。子供が成長するのって、早くてびっくり。あなたが亡くなってからもう三年になるのね」

 ママは、苦痛を我慢するような表情をする。

「ねぇママ、どっか痛いの?」

 そう言うとママは、

「違うのよ、美月。ママは、ママはね……」


 雨は降る。まるで、ママのきもちのように、


「それでね、あなた美月ったら未だに3人でピクニックに行った時のこと夢にみるんですって。おかしいでしょ」

 ママはそう言って。頬から、ポツリ、ポツリと雨を滴らせた……。


 でもね、ママ違うよ。だって、パパはずっとね――――

 

 パパはにっこりいまもほら、笑ってるの。

 今日の授業の宿題「あなたの名前の由来はなんですか? って」パパはねこういうの――――


『美月の名前はパパとママのふたりで付けたんだ、パパが良夜で良い夜。ママが秋子で秋の子供、そんなぼくらの間に産まれてきてくれたのが「美月」とってもきれいなぼくらのお月さまなんだよ……だからパパとママと美月はどこにいたっていつでも一緒なんだ。美月、いいね、パパはもうすぐお空にいくんだ。お空から美月たちのことをいつもちゃあんと見てるからね、だから美月もちゃあんといい子にしてるんだよ。ママを困らせちゃだめだからね』



 ――――ねえ、パパ。美月いい子にしてるよ。ママもパパがちゃあんと美月たちのこと見ててくれるから、ママもパパも美月もみぃんな一緒で……あれ、おかしいな。美月のほっぺたもぬれてるや、へえんなの! パパ、こんなに大きくなったんだ。身長だってすっごい伸びたんだよ! おべんきょうだって、美月さんはがんばりやねえって先生にほめられたんだ。だから、だからパパ。美月早くパパに会えるといいな。あれ? 変だね。今いっしょにいるのにね、ごめんねパパ。また会いに来るね!


 

 親子の間に降り注いだ雨は、しかしとてもあたたかくて。また今日も三人で手をつないで歩き出す。優しい雨のしずくはふたりのこころの大地を育み。また降りやめば、今日という晴れの日が始まり、彼の思いとともにあの、秋の夜空になるのだ。

 あの日、見た青空が、今日も二人を照らし続けるかぎり。



ちょっとした他作品とのつながりをつけました。幸せのカタチはこの作品をもとに考えたものだったので、まだわたし本人としては書き切れない部分が多くあるので、またちょっとだけつながりのある話を書きたいと思います。

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