雪の降る森
恋愛ものでは無いですが、ほのぼのとした雰囲気が出せていれば…。と思います。
深い深い森の中、人目に触れることもないその場所で、一人の少女が住んでいました。
少女は黒猫と共にひっそりと暮らしています。
少女の一族は代々不思議な力をもち、そのせいで、普通の人達とは相容ることは叶わなかったのです。
それでも少女は淋しいとは思いませんでした。
今はもういない母達も、ずっと一族だけで生きて来たのです。
自分もきっと同じなのだと、幼い頃に気づいた少女は、この森と、猫さえいればそれでいい、しょうがない、とそう思っていました。
ある日、少女の住む森に雪が降りました。
少女が雪を見るのは初めてで、それが何か解らぬままに洞窟の中から見つめていました。
”きれい…”
しんしんと降り続く雪を見るうち、少女はその白いものに触ってみたくなりました。
そぉっと手を伸ばし、地面に積もった雪にさわった少女は驚いて手を戻します。
”つめたい…。これはなんだろう……”
そして白くなっていく自分の世界を見つめているうち、少女の中にある気持ちが芽生えます。
”さ み し い ”
長い間忘れていた感情が…少女の胸を満たします。
そして、その気持ちを紛らわせようと、冷たい雪の降る中森を歩き始めました。
森の中をいくら歩いても、一面の白以外なにもみつかりません。
少女の腕の中にいる黒猫にも白い雪が舞い降ります。
少女はは知らず知らず深い森の奥から、入り口の近くまで来ていました。
目をこらすと前から青い色が近づいて来ます。
”そらのいろだ…”
少女は嬉しくなりました。
”さみしくなくなるかな?”
少しすると、その青い色は服の色だとわかりました。
その服を着ていたのは、少女と同じ年頃の少年でした。
少年は少女をみて尋ねます。
「こんな森の中でどうしたの?」
「……」
「僕はね、雪を見るのが初めてだったから、嬉しくてこんな所まで来ちゃったんだ」
「さみしかったの」
「え…?」
「さみしくて、さがしてたの」
「そっか、遊び相手を捜してたんだね」
「……」
「なら僕と一緒に遊ぼうよ」
「…うん」
少女には、遊ぶということがどんなことなのか、解りませんでした。
それでも、淋しくなくなるのならとうなずきました。
「僕、ハルキっていうんだ。君は?」
「わからない」
何年も一人で暮らすうち、少女は自分の名前を忘れてしまっていました。
誰も、少女の名を呼ぶ者がいなかったからです。
「わからないの…?じゃぁ、僕がつけてあげるよ。…今日の記念に『ユキ』ってどう?」
「ユキ?」
「そう、この降っている雪にちなんで」
「…うん。いい」
「よかったぁ。じゃあ君は今日から、ユキ」
「うん。ユキ」
「ユキ、遊ぼう」
それから2人はとても長い時間遊んでいました。
”楽しい”
ただそれだけが2人の頭と心にありました。
けれど、もともと寒い場所ではないので、2人は寒さに慣れていません。
すこしずつ、2人の顔は赤くなり、手はかじかんできます。
少女は、ふと思いつきます。
”あたたかいたべものを”
そう念じただけで、2人の目の前には湯気を立ておいしそうな食べ物が現れました。
少女の一族はこの力で生きてきました。
けれど、この力を人前で使えばたちまち人々は離れてゆきます。
自分たちにない力を使える少女の一族に嫉妬し、畏怖したからです。
少女はそれらを出してから、思い出します。
昔、母達がいっていたことを。
『森をでることがあったとしても、人前でだけは、力を使ってはいけないよ』と。
”ハルキもはなれていっちゃう?”
少女は、それまで楽しかった気持ちもしぼみ不安になりました。
「ユキ!すごい!こんなに一杯暖かいものを出せるなんて」
「…はなれていかない?」
「なにいってるの?離れてなんて行かないよ」
「こわくない?」
「うん。怖くない」
「きもちわるくない?」
「全然。だって、この力も含めて雪なんでしょ?それでいいんじゃないかな」
「…うん」
2人はその後、暖かい食べ物を仲良く食べました。
そして、体が暖まった頃には、空が暗くなり始めていました。
「雪、僕そろそろ帰らなきゃ。でも、明日もまたここにくるから」
「ほんと?」
「うん。だから、雪もきてよ」
「わかった」
「それから、今日はありがと」
「ありがと?」
「うん。嬉しい気持ちを伝えたいときは、ありがとうっていうんだ」
「じゃあ、ユキも、ハルキにありがと」
「そっか。よかった。それじゃあ、また明日」
「うん。またあした」
雪をみて淋しくなったのは、雪が少女と同じように、何も持たないモノだったから。
けれど、少女には『雪』という名前と、大切な友達が出来ました。
春樹と別れて1人になってからも、もう少女は淋しくありません。
外を見上げればまだ雪はしんしんと降りつもっていました。
end.
ここまで読んで下さって、ありがとうございました。
水乃霰拝