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ジラッフ  作者: 路傍の石
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紫紺の槍 2

 男は大胆にもリューイに背を向け槍を地面から抜き取った。それに対してリューイは一向に攻撃を仕掛ける気配が無い。炎の魔法を瞬時に打ち消した男の鎧はカタス結晶によって造られていた。カタス結晶は浮島と呼ばれる天上を漂う大陸の地中からのみ発掘することができる晶石で、古くから伝説として語り継がれてきた稀少な存在である。


 その発生理由は未だ謎に包まれており、上空の薄い空気の中でのみ生育することのできる特殊な植物の分泌物が長い年月をかけて硬化したものとも言われているが、その事を証明して見せた人間は居ない。カタス結晶には魔力の伴った攻撃を全て分解してしまう特性があり、魔法使いたちの間では悪魔の晶石と呼ばれ忌み嫌われていた。


 リューイもカタス結晶の色や形、その特性は幼いころから教わっておりカタス結晶の武具を扱う敵とは決して争わないように釘をさされてきた。

しかし実際にはカタス結晶の武具を持つ人間に出会う可能性など無いに等しく、恐れて目を逸らそうとする魔法使いたちに冷ややかな視線を向けていた。


「カタス結晶だか何だか知らないけれど、出会ったら私が粉々にしてあげる」


 リューイは自らの慢心を戒めるように人差し指を噛んだ。暖かい血が歯を伝い舌を伝い、喉の奥へと流れていく。槍を構えた男が振り返り踏み込んでくる。至近距離で魂削りの魔法を使うしかない、リューイの心は決まっていた。


 しかし目の前に颯爽と黒い影が飛び込んでくるとそれは男の突進をぴたりと止め、リューイの前に仁王立ちした。


「何しに来たの?」


 ジンドはリューイの棘のある言葉に振り返ることなく答えた。


「様子を見ていたが手負いで分が悪いだろう、助けに来た」

「余計なことをしないで、どいて」

「杖も無く傷ついた体のまま死んでは後悔しないのか?」


 男は自らの槍の一撃を短いナイフ二本で止めるジンドからさっと一歩退いた。兜の下の表情は確認できないが僅かに動揺の色がうかがえた。


「死なないわ、まだ私は手の内を見せてない」

「その魔法、使えばお前もただでは済まないだろう。シュリと戦った俺にはわかる」


 リューイは何も言わずに頭を乱暴に掻いた。


「お前の雇い主は俺だ。今はおとなしく退け」

「さっきから何を話している、そこをどけ。その女は俺の獲物だ」


 男がジンドに向け再び槍を構えた。


「いくら魔女でも傷を負い、武器も持たない。全身を鎧に包んだ男が手を出す相手ではないだろう」


「ならば貴様を殺し、女も殺すとしよう」


 ごうと風を切る音が響き、ジンドは背後に飛び退いた。眼にも止まらぬ槍の一突き、後から強い風が来た。


「強いな」


 ジンドは口にバンダナを巻きつけると腰を落として逆手に妖精銀のナイフを持った右手を顔前に、左手を胸元に抱え込むようにして構えた。

再び男の槍が一直線にジンド目がけて突っ込んでくる。ジンドはそれを右手でいなすと槍の下に潜り込み、男の鳩尾に魔障石の刃先を突き刺した。

しかし鎧には僅かな傷が付いたのみで、男の追撃によりジンドは右側へ飛び退いた。カタス結晶は魔法を分解はするがそれ自体が魔力を伴っているわけではなく、魔宮虫が張り付くことは無かった。


「動きは速いが俺の鎧は貫けんぞ」


 男が足元の砂を蹴り上げ、ジンドの視覚を奪う。前方から飛んできた槍をかわすと今度は背後に回り込んでいた男が正拳を打ち込んできた。ジンドは驚異的な反射神経で男の指と指の隙間を視認し、そこにナイフを滑り込ませた。


「ぐ」


 そのまますらりとナイフを引き抜くと赤い滴が線となって上空に飛び上った。指を切り落とすまでとはいかなかったが自分の血を見た男は見るからに狼狽し、続けて大振りの拳をジンド目がけて打ち下ろした。

地面が深く窪み、巻き上がる砂の粒子の中でジンドは男の脇の下へとナイフを突き立てていた。流れるような動き、男が片膝をつく。血は半透明のカタス結晶の上を流れ、キラキラと輝いた。


「何者だ?」

「バウンティハンターをしている」

「まさか貴様がジラッフか?」


 男の問いにジンドは声色を変えることなく答えた。


「俺がジラッフなら最初の一撃で仕留めている」


 ジンドは男の足元に金貨の入った小さいずたぶくろを放り投げた。


「サンドウォームのせいで街に被害が出ていた。詫びはしないが代わりの宿代はくれてやる。拾うも拾わないも自由だ」


 ジンドは動けない男を不機嫌そうに見つめているリューイのもとへ行き、肩を貸そうとしたが冗談ではないと断られた。


「あなたが来なくても私はやれたわ、それを忘れないで」

「そうだな」


 強がってはいたがリューイはジンドの戦闘能力に嫉妬すら覚えていた。無駄が無く、まるで呼吸するかのように平然と戦うその姿はもはや神の領域にすら届きそうだった。人間離れした魔女としての自分が、ジンドの前ではただの凡人になり下がる、戦闘中にかじった指の傷はもう塞がっていたがリューイはその上に舌を這わせた。



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