砂の蟲 2
サンドウォームに近付くにつれて大地は激しく揺らめいた。
一向に安定しない砂の上ではまともに立つことも難しい、リューイは何度も地面を蹴りながら中空からサンドウォームの様子をうかがった。
流れる砂の螺旋を見極めて具体的な位置を把握すると、ジンドに向けた時と同じように両手首を付けて構えた。
掌の中心で圧縮された炎が渦巻き、発射されたそれは砂を抉って地中深くまで突き刺さると同時に、それまで続いていた地鳴りがぴたりと止んだ。
リューイはゆっくりと地面に降り立ち、帽子を目深にかぶりなおした。
「恥ずかしがらずに出ておいで」
風が止み、これまでになかった縦方向の揺れが足元からドラムロールのように沸き起こる。大地が割れたかのような轟音と共に長さ、太さ共に数百メートルはあろうかという巨大な鱗を纏ったミミズが地中から勢いよく飛び出してきた。
大量の砂が舞い上がり、上空から降り注いだがそれを右手で軽く払いのけながらリューイは颯爽と地中から長い胴体を引きずり出しているサンドウォームのすぐそばまで走り出す。高く、腹の底まで響く醜い鳴き声が平衡感覚を失わせる。
リューイは両手の平からそれぞれ小さい炎弾を発生させ、連続でサンドウォームの胴体に撃ち込んだ。鈍い音と共に巨大な鱗の一つが弾け飛ぶ。
「これだけ大きいとさすがに固いな」
サンドウォームの捩じった胴体が高速で降りかかって来るがリューイは右に飛び上ってかわすとその上に降り立ってゼロ距離から炎弾を撃ち込んだ。肉の焼ける臭いと吹き出た体液の臭いが充満し、リューイは顔をしかめた。多少の肉は抉れたものの、その巨体からみればかすり傷のようなものだ、幾つもの鋭い牙が円形に隙間なく並ぶおぞましい口元がリューイ目がけて突っ込んでくる。
砂煙が巻き起こり、小さな竜巻を発生させた。暁の空をサンドウォームの慟哭が包み込む。煙の中から空へ抜け出したリューイの右側から肉壁が押し寄せた。
「!」
空中で身動きの取れないリューイは両腕をクロスさせてその圧力を受けたが、無残にも数十メートルもの距離を吹っ飛ばされながら勢いよく砂の上に叩きつけられた。常人ならば原型を留めていられない程の一撃だったが、リューイは地面にぶつかる瞬間に背後に衝撃波を放つことで勢いを消し、致命傷を避けることに成功した。
あばら骨と右手の指の骨数本が折れ、鋭い痛みが信号となって脳まで届く。
「いたた、私としたことが」
帽子を失ったリューイは髪を後ろで一つに結い直し、ドレスの汚れを左手で叩いた。口元は切れ、舌に鉄の味を感じる。
「こんなことされるともっと欲しくなっちゃう」
リューイは両手の平をぴたりと地面に付けると目を閉じて集中した。サンドウォームはそのほとんどを地中で過ごすことから目が退化しており、獲物の動きと位置は超音波や振動から捉える。その点でこのリューイの行動は極めて有効といえた。
サンドウォームの叫び声と共にリューイは両腕に力を込めた。
「はっ!」
サンドウォームの真下の地面が轟音と共に振動し、その胴体を空へと突き上げる。リューイは鋭い眼でその姿をじっと見つめた。時間にして一秒ほど、その腹部に小さな黒い点を視認すると今自分が落ちてできた砂の窪みを思いきり両足で蹴って再びサンドウォームへとその距離を一気に詰めた。
リューイが確認した黒い点はサンドウォームの呼吸口だった。サンドウォームはその進化の過程で地上に住む種族と水中に住む種族とに分かれた経歴を持ち、腹部の呼吸口はその進化の過程の名残だった。地上で生活する分には全く必要は無い物だがその気管は未だに体内深くまで繋がっており、口部分が何らかの事象によって塞がれた際にのみ、第二の器官として働く仕組みになっている。
サンドウォームの巨体が地面に落ちる前にリューイはその真下に居た。
「壮観ね、醜い生き物だわ」
左手だけで作り出された巨大な炎弾はリューイの体を背後にのけ反らせながらソニックブームを伴ってサンドウォームの呼吸口へと吸い込まれていった。リューイはすぐにその場から離れ、砂を盛り上げた壁を作り体を小さく丸めた。
「ボン」
サンドウォームの体内から急速に炎が漏れ出し、その鱗の内側から幾本もの火柱が吹き上がった。甲高い断末魔とともに激しく爆発したサンドウォームの身体は体液をまき散らしながら千切れて四方に飛び散った。
リューイのもとにも肉片が飛んできたが、周囲に張られた防御魔法によってリューイを避けるように滑って遠くへ落ちていった。