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ジラッフ  作者: 路傍の石
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砂の蟲

 デスフィースから10キロ程離れた場所に小さな村がある。

湖を囲むようにしていくつかの酒場と宿泊施設があるだけだが旅人たちが絶えず行き交うこの場所では貴重なオアシスの一つとして活用されている。

村は資産家の所有物であるため、ここで生じた売上金の一部がそのまま送金される仕組みとなっている。


「つまらない場所ね」


 リューイは葡萄酒の入ったグラスを少しずつ傾けながら開け放たれた酒場の窓の向こう、地平線の上に浮かぶ夕日を眺めていた。


「それで? どうやってジラッフを探すつもり?」


 ジンドは店内のリューイと壁一枚隔てた外側でナイフを磨いていた。


「勘だ」

「冗談でしょう?」


 リューイは窓から上半身を乗り出してジンドを見たが、そこではいつもと変わらず無表情の男が妖精銀の放つクリーム色の光を瞳に湛えているだけだった。


「いっそ自分はジラッフだとでも言ってみたら? 向こうからやってくるわよ」

「後手に回れば奴の思うつぼだ。こちらから仕掛けるしかない」

「へえ、知った風な口をきくのね」

「アサシンというのはそういうものだ」


 ジンドはナイフの刃の上に夕日を滑らせると納得したようにホルダーにしまった。


「ねえ、あなたがジラッフを狙う理由は? 懸賞金目当てならもっと楽な相手がいくらでもいるわよね」

「単なる好奇心だ」


 ジンドの言葉を聞いてリューイは手元のグラスを指で弾いた。


「利のある戦いしかしないんじゃなかったの?」

「ジラッフが死ねば世界の均衡が保たれる」

「あなたの口から世界の均衡なんて言葉が出るとは思わなかった」


 リューイは呆れたように再びグラスを口元へと運んだ。店内のソーサーや酒の入った瓶がカタカタと音を立てながら揺れている。静まったかと思えば再び振動し、時折木製のテーブルをも根元から揺らす程大きくなった。


「ねえ、さっきから揺れてるけど一体何なの?」


 不機嫌そうにリューイが酒場の店主に尋ねた。


「サンドウォームの仕業さ。でかい図体で砂の中を移動するもんだから、こっちまで揺れがくるんだ」


 倒れそうになるグラスをリューイはテーブルからほんの少しだけ宙に浮かせ、ぴたりと静止させた。


「サンドウォーム?」

「そうさ、それも特大の奴だ。最近急に現れてこっちもたまったもんじゃない」


 サンドウォームは本来人間を嫌い、砂漠の奥地や人の寄り付かない辺境の地で目撃される。性格も比較的穏やかで一日の活動時間は短く、日中に地鳴りを起こしながら激しく動き回るような魔物ではない。


「サンドウォームねえ……こんな場所で会えるなんて珍しい」


 リューイが椅子から立ち上がるとグラスは再びテーブルの上に戻り、カタカタと音を鳴らし始めた。


「あの虫、狩ったら何かくれる?」

「はは、あんたが? 面白い冗談だ」


 店主がリューイを見るとほんの少し傾けた帽子の下から不気味な真紅の瞳が独立した別の生き物のようにキョロキョロと動いていた。


「ああ、あいつのはこの町一帯が迷惑を被ってるんだ。狩ってくれたらそれなりの金を払うよ」

 

 店主は視線を外さずにはいられなかった。自分とは違った生き物、まるで捕食者に睨まれたかのように自然と指先に震えが走った。


「そう……ごちそうさま」


 店の外に出たリューイはジンドの隣に立って目の前に広がる砂の山を眺めた。遠くでボコボコと砂丘が生まれては崩れていく、サンドウォームがその巨体で地表近くを蠢いているようだ。


「ジンド、ちょっと出かけてくるわ。朝には戻るから」

「あれを狩るのか?」

「杖の良い材料が採れるのよ、遠出しないと中々会えない獲物だからね」

「手伝うか? 杖を駄目にした借りだ」

「いらないわ、一人で十分」


 リューイが軽く地面を蹴るとその体は綿毛のようにふわりと舞い上がり、気付いた時には数十メートル先に小さくその背中が見えた。


「……」


 リューイの力ならば心配をする必要はないのだがジンドは何故サンドウォームがこの場所にいるのか、その一点において妙な引っ掛かりを感じていた。普段と違う事象が起きている場合は特に警戒を強めなければならない、アサシンの職業病だった。


 赤い空を激しい風が吹き、薄い雲を更に薄く引き伸ばしていく。

ジンドはゆっくり立ち上がると音も無く砂の上を走り始めた。


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