狂気の魔女 3
「あなた一人? 取り巻きの皆さんとまとめてでもいいわよ?」
「口の減らねえ女だな、こっちは店で恥かかされてんだ。その体で楽しませてもらうぜ」
サンドラは意気揚々と片手で巨大な青竜刀を振り回した。
筋肉で盛り上がった二の腕に幾筋もの血管が浮き上がる。腹の底まで響く風切り音、旋風で足元の砂が巻きあがる。
「どうだ、今謝るんなら無傷で済むぜ? ただし俺たちの慰み物にはなってもらうがな」
女は男の様子を呆れ顔で眺めながら黒いドレスのスリットから細長い杖を取り出した。杖には数センチ間隔で金色のリングがはめ込まれており、表面は紫と黒が水に溶けたような斑模様を描いていた。
「パフォーマンスはもう終わったの? あなた臭いから、振り回してたらこっちまで臭いが来るのよ」
女の台詞に周囲から笑い声が上がり、それと同時にサンドラは女に向かって走り出していた。
重量がある分速度はそれほどではないが、安定しない砂の上でも体軸に一切のブレを感じさせない。砂漠の街でハンター稼業を続けてきたサンドラならではの足さばきだった。
「むん!」
サンドラ渾身の一刀が女に振りおろされる。そこに躊躇はない、サンドラはもはや女を殺すつもりの一撃を放っていた。しかし女は避ける素振りを見せず、サンドラの大剣を直径五センチも無いだろう杖だけで受ける構えをとった。
砂が舞い上がる。周囲のハンターたちがあまりにあっけない終わり方にため息を交えながら立ち上がり始める中、ジンドはじっと巻き上がる砂の軌跡を見つめていた。片手に構えたたった一本の杖、その上でサンドラの剣先が奇妙に静止している。
「おい! まだ終わってねえぞ!」
一人のハンターの声に酒場へと引き返しだしていたハンターたちは、その足を止めて一斉に振り返った。
「くそ、どうなってやがる……」
サンドラは目の前の光景を理解できないでいた。これまでその一撃の重さ、パワーを売りとしてきた自分が、女の構えたたった一本の杖に軽々と受け止められている。上から更に力を込めるが細い杖もサンドラの刀も、ぴくりとも動かない。
「所詮ハンターなんてこの程度よね」
女が杖を振り抜くと同時に、サンドラの剣が玩具のように天高く飛び上がり、刀身に月明かりが反射する、一瞬の出来事だった。
「あ」
サンドラがその痛みに気づいたときには、女の杖先がその喉元からうなじまでを貫いていた。
「これを抜いたらあなた死ぬわね」
「た……けて」
気管を貫かれてはいるが、驚異的なスピードで首に突き刺された杖は隙間無くぴったりとはまっているため、サンドラの声は辛うじて聞き取ることができた。
「わかった、じゃあ抜かないであげる」
女がそう言った直後、ドンという重い音と共にサンドラの頭に青竜刀が突き刺さる。それは腐りかけの果物が二つに割れるように一切のひっかかりもなくサンドラの体を均等に分かった。赤い鮮血が火花のように飛び散る中で女は不敵に笑っていた。
「だって抜く必要が無いんだもの」
ジンドはその場で立ち上がると少しの間、両目を閉じた。周囲ではハンターたちがどよめきながら恐怖の表情を浮かべている。誰かの息を飲み込む音すらも聞こえる程に、夜の砂漠は静かだった。
「さあ、ジンド。あなたの番よ」
女が馴れた手つきで振った杖の先の地面から、徐々に砂の渦が現れ始め、サンドラの死体とその血で固まり、だまとなった砂が地中深くへ沈んでいく。あれほどの至近距離で人間が真っ二つになったというのに、女の肌や服には一滴の血の飛沫さえ見あたらなかった。
ジンドは瞼の裏でサンドラに対する黙祷を捧げていた。どれほど粗暴な人間であっても同業者であることに変わりはない。
「名前を教えてくれ」
両腰から二本のナイフを引き抜きながらジンドは女に尋ねた。
「名前、そう、まだ言ってなかったわね。リューイよ」
「リューイ、サンドラの命を取る必要はあったのか?」
リューイは驚きの表情を浮かべた直後、失笑した。
「ごめんなさい、随分青臭いことを言うもんだから。私が負けていたら犯されてたのよ? 条件は似たようなものだわ」
「相手の力量がわからない程弱くはあるまい」
リューイは被っていた帽子を投げ捨てると長い髪を後ろで一つに纏めはじめた。
「やあね、怒ったの?」
「いや、ハンターは殺すか殺されるかの仕事だ。普段から覚悟はしている。ただ共に旅をするのにその派手な性格は困る」
ジンドは首に巻いてあったスカーフをぐっと鼻まで上げて背が地面と平行になる程に低く体を落とした。
「あなたちょっとズレてるのね。でも心配いらないわ、あなたは今死んでしまうんだから」
リューイが杖を口元まで近付け、ふっと息を吐くと白い靄のようなものが徐々に広がっていった。
「霧か」
「ふふ、あなたには本気でやらせてもらうわ」
指揮棒を振りかざすが如く、リューイが激しく杖を動かすとジンドの目の前の砂が瞬時に舞い上がり、視覚を塞ぐいだ。が、次にジンドが取った行動は意外にもその砂の壁に正面から飛び込むことだった。