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ジラッフ  作者: 路傍の石
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狂気の魔女 2

「ジンドさん、お仲間を探しているんでしょう?」


 薄笑いを浮かべながら女は目の前に出されたジョッキの中を人差し指でかき混ぜた。細く、長い上に関節の主張が無い美しい曲線を伴った指先から酒の滴が零れ落ちる様は、人間の男を惑わせるためだけに存在する光景のようにも感じられた。


「私なんてどうかしら?」

「……」


 ジンドは女と一度も視線を合わせることなく黙って正面を向いていた。


「シャイな方ね」

「目的は何だ?」


 ジンドの言葉に女は再び気味の悪い笑みを浮かべると濡れた人差し指にゆっくりと舌を這わせた。


「シュリを覚えてる?」


 それは一年ほど前に掲示板に張り出された賞金首の名前だった。今ジンドが居る酒場があるのは砂と太陽熱に包まれた街デスフィース、そこから遥か東に進んだ場所に魔術を扱う人々が住む小さい都フラーモがある。


 シュリはフラーモで生まれ魔術を学び、都を出てからはその腕を生かして傭兵として権勢を振るった。しかしやがてシュリは自己の能力に対する過信から横暴な行動を取るようになり、「シュリを雇えば戦に勝てるが次の戦は出来ないと思え」という格言めいたものまで生まれたほどだった。


「シュリは私の兄だった」


 女が帽子を脱ぐと漆黒の髪がふわりと床まで垂れ下がった。女の両目は白目と黒目の区別も無く、全て真紅に染まっていた。


「いけ好かない野郎だったよ。いつか殺そうと思ってた、でも先に誰かに殺された」


 女は肩を震わせながら笑っていた。


「ジンド、あなたが殺ったんでしょう? シュリを殺すことが出来るハンターなんてこの近くではあなたぐらいのものよ。あなたは名が売れないようにコソコソハントしているようだけど魔法使いにはそんなもの通じない。シュリの匂いがするもの」


 女はジンドの首筋をその真紅の瞳で食い入るように見つめた。


「怨恨か?」


 ジンドの一言に女はピタリと動きを止めた後、酒場中に響くほどの大声で笑い始めた。大気の震え、聞いているだけで戦慄するような狂気をはらんだその声は瞬時に荒くれ者たちの蒸した空気を凍りつかせた。ジンドだけが女の横で呆れたような表情を浮かべ、樽ジョッキの底に反射する蝋燭の光を眺めていた。


「シュリなんて死んで当然の野郎よ、ただ横取りされた感じで少しイラッとしただけ。だからこうして挨拶に来たの」


 女がテーブルをそっと撫でると木目の間から小さい植物の芽が顔を出した。黄緑色の若葉が小さくも力強く、細い茎で立ち上がった。


「私と戦っていただけない?」

「俺は利がある戦いしかしない」

「本当にそうかしら?」


 女がにっと口角をつり上げる。


「まあいいわ、腕の立つ仲間が必要なんでしょう? 私に勝てたら無償でジラッフを狩る手伝いをしてあげる」

「……」


 女が新芽の上に手をかざすと若葉は漆黒に染まりボロボロとその体を崩壊させた。黒い灰のようなものがテーブルに残ったが女がふっと息をかけると、それはあっという間に細かく空気に溶けた。


「いいだろう。場所を変えるぞ」


 ジンドがテーブルに2人分の酒代を置いて立ち上がると、女も一緒に店の入り口へと歩き始めた。ジンドはその間自らのベルトに触れ、ナイフの位置を確認する。いつもと同じ高さ、いつもと同じ角度、触れているだけで心が落ち着くのを感じた。


 突然ドア付近で飲んでいた大男が、ジンドと女の前に仲間を連れ立ってのそのそと立ちふさがった。


「おい姉ちゃん、こんなひょろっこい野郎とどこへ行くんだ?」

「ふふ、野暮なことを聞くのね。邪魔しないでくれる?」

「おお恐い。その赤い眼で睨むなよ、欲情しちまうじゃねえか。俺たちはキワモノも大歓迎だぜ?」


 取り巻き達から下衆びた笑い声が上がる。女は軽いため息をついてから言った。


「ブタに用はないんだよ、失せな」


 吐き捨てるような言葉に男たちの顔色が変わり、張り詰めた空気の中でそれぞれが得物を持ち出すと、ジンドと女にその切っ先を向けた。


「ちょっとばかし調子に乗りすぎたようだな。俺は剛剣のサンドラだ、知らねえわけじゃねえよな? この俺がお前を所望してるんだ、ちょっと付き合えよ」

「聞こえなかったの? 脂肪の塊に興味は無いって」

「てめえ!」


 サンドラが手に持った巨大な青竜刀を振りあげたとき、店の奥から一際大きい声が響きわたる。


「店ん中で殺しは厳禁だぜサンドラ、二度と来れなくなりてえか」


 言い放ったのは店主だった。サンドラが竦みあがると手に持っていた青竜刀が酒場の床に重い音を立てて突き刺さった。


「すまねえ、マスター」

「あらあら、急に子犬みたいになっちゃって」

「さっさと表に出ねえか! ぶっ殺してやる」


 サンドラは女に向かって叫ぶと乱暴にスイングドアを押し開けた。丸い月が四角い窓から顔を見せている。冷たい風が店内を通り抜け、中の男たちから不満げな唸り声があがった。


「余計な奴に構うな」


 ジンドの言葉に女は無言で笑顔を返す。


 細かい星が散りばめられ、まるで砂漠の石英が天上に反射しているようだった。サンドラと女は酒場から少し離れた砂丘の上に向き合うようにして立った。周囲にはサンドラの取り巻きとジンド以外にも数人のギャラリーが物珍しさに集まってきていた。

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