バーサーカー
「現在ガイナスの侵攻は止まっています。黙眼によればアメーリアを含めた前線部隊はほぼ無傷の状態、圧倒的な力の差があるようです」
”黙眼”(もくめ)というのは、他者の視覚を通じて同じ景色を共有する魔法にたけた特殊部隊である。視覚の共有には高度の技術が必要となり、一歩間違えれば術者及びその対象者の視力まで失うことにもなりかねない。
相手がディーヴァともなれば、その魔力の総量からして互いのバランスを取ることは非常に難しく、共有魔法にのみ特化した術者でなければ不可能だった。
「そろそろ白旗をあげてくる頃かしら」
「こっちから攻めれば一晩で終わるだろうぜ。どうしてさっさとやらない?」
ジャンクスの言葉を遮るようにサクヤが続けた。
「馬鹿だね。ガイナスの地下にはカタス結晶の鉱脈がある。その上では我々の魔力は半減だ、出来れば外で決着を付けたいんだよ」
エリザベスがニコリと微笑む。
「妙な因果を感じない? 本来カタス結晶は浮島にしか存在しえないもの、それが偶然にもガイナスの地中にあるなんて。まるでお互いが争い合う星の下に生まれたよう」
「それと、補足が一つ」
グリゼルダは表情を変えずに続けた。切れ長の目がゆっくりと瞬く。
「ガイナスにはバーサーカーの伝説があります」
ほんの一瞬の間があってからシュリが呟いた。
「バーサーカー……狂戦士か。ただの迷信ではないのか?」
「そうとも言い切れません。ガイナスの方向に強い力を感じます」
「どの程度の?」
黒い瞳のディーヴァ、レアンドラが初めて口を開いた。
長い黒髪が顔左半分を覆い隠し、右目の下から月桂樹の刺青が頬まで伝っている。
「それもわかりません。ただ、人というよりは魔獣に近い気配ですね」
「そうか」
レアンドラの刺青が青白い光を発したように見えた。
「あなたがまともに戦える相手ならいいわね」
「……」
レアンドラはエリザベスの声に無言で腕を組み、瞳を閉じた。
次の瞬間、勢いよく大聖堂の扉が開き、1人の男が息を切らして走りこんできた。
「黙目から連絡! アメーリア様のヴィジョンが消えたと!」
「ジャンクス!」
エリザベスの声に応えるようにジャンクスが額を抱えると、その体は風を纏って瞬時に消えた。
「サクヤはジャンクスを追ってアメーリアのもとへ。グリゼルダとシュリは壁内側の待機部隊のもとへ。グリゼルダは万一のために兵の準備を、黙目の対応も引き続きお願い。レアンドラとリューイは私と来て」
全員が立ち上がると大聖堂の巨大な鐘が鳴り響いた。
非現実的な重たく、冷たい音が、フラーモ全土を揺らす。
「全員の健闘を祈ります」
大聖堂を出たリューイの目に入ったのは不気味なほど晴れ渡る空だった。
いくつもの色を持っているはずのフラーモの町並みは、降り注ぐ強烈な光によって、どれも同じ色に見える。
目を閉じて立ちすくんでいたエリザベスが言った。
「そう急かさないでよ、あんたたちが全滅するのは決定事項なんだから」